第六十二話 私のご主人様!
メイコ様が、私と対峙してしまう。私はメイコ様の姿に気づき、輝く剣を手から離そうとする。しかし、そんな想いとは裏腹に、私の両腕は輝く剣を握りしめると、メイコ様の持つ長斧を力任せに弾き飛ばす。
「はぁ……、はぁ……」
一体、私の体はどうしてしまったのだろう。まるで、メイコ様が倒さねばならぬ敵かのように、私の意思とは無関係に体が動き始めた。
メイコ様は再び、長斧を構えて、私を鋭い目でじっと見つめている。その無言の圧力に反応するかのように、私の右足が力強く一歩前に出ると、その反動で一気に距離を詰める。そして、今度は狙ったかのように、先程当てた長斧の刃の部分に、再び輝く剣を打ち込む。私の勢いに、メイコ様は防戦一方でジリジリと後ろに下がっていく。輝く剣は、何度も何度も同じ場所を狙って打ち込まれていく。
そして、何度目かの打ち込みの際に、遂にメイコ様の持つ長斧の刃の一部が、刃同士がぶつかりあう甲高い音と共に欠けてしまう。そのタイミングを狙ったかのように、私の体は一気にメイコ様との距離を詰めて、輝く剣を振り下ろそうとしている。
「駄目――! メイコ様――! 逃げて下さい――!」
唯一、私の意思が通じた口からありったけの大声を上げる。
その刹那――。私の腹部に強烈な激痛が走ると、そのままメイコ様の真横に吹き飛ばされ、先にあった木に全身を打ちつける。
「ぎゃっ!」
その衝撃で、私の両腕から輝く剣が流れ落ちると、私の体は、私の意思で動くようになった。
「うう……、ううう…………」
腹部の痛みで、呼吸すらままならない私は、その場で痛みが和らぐまでうずくまってしまう。なんとか顔を上げると、そこには、心配そうにしているパンナの顔が微かに見えた。
そして、私は、自分がしでかした事を再認識する。四人の人間を殺し、メイコ様まで殺そうとしてしまった。そんな自分の行動が信じられなかった。でも、これは事実だった。
今まで死にたくないと、何度も思っていた。
でも、今回は違った。
メイコ様を殺そうとしたことを、私は死にたいと思うほど後悔した――。
「――て下さい……」
私は小さな声で、パンナ様に懇願する。
「私を――、殺して下さい――。私は――メイコ様に償えない程の事をしてしまいました――。もう――生きていたくない――」
そんな私に、パンナ様が近づいてくる。私は覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じる。しかし、頬に感じたのはパンナ様の温かい手の感触だった。そして、上半身をゆっくり起こされると、私の体を優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫だよ、フロートちゃん、私もメイコも、あなたの事、好きだから――」
その温かい言葉に、私は涙する。
「――ですが、私は――!」
「フロートちゃんは、お父さんのことでちょっと混乱しちゃっただけ。だから少し休んで、これからの事を考えていこ? 大丈夫、きっと大丈夫だから。フロートちゃんなら大丈夫! 私たちが、きっとなんとかしてあげるから!」
私はパンナ様の瞳を見つめる。その瞳は慈しむような輝きだった。私を一人の人間として見てくれていることを感じることのできる強さがあった。そして私は、パンナ様に抱かれたまま、私は謝罪の言葉を繰り返す。ごめんなさい、ごめんなさい――と。
*****
――それから、私はその場で寝かされると、パンナ様に先程蹴られた傷の手当をしてもらうことになった。
「ごめんね、思いっきり蹴けっちゃって」
「――い、いえ、悪いのは自分ですから――」
メイコ様は、少し周りを見てくるといって森の中に入っていってしまい、今はパンナ様と二人きりだった。メイコ様には早く誤りたかったが、正直、話すのが怖いという気持ちが強かった。もしも、拒絶されてしまったらどうしよう。そんば不安で押しつぶされそうになってしまう。
「どうやら、敵はもういないようですね」
しばらくして森の奥から、メイコ様がこちらに歩いてくる。その顔は既に、いつものメイコ様に戻っていた。
「かなり手慣れた者たちのようでしたね。手がかりになるようなものは、仮面くらいで――」
「ご、ごめんなさい、メイコ様! 私、メイコ様に――!」
「…………」
沈黙――。まるで、死刑囚が死刑を待つような気分だった。私はただ目をつぶりその場で顔を下げ続ける。
「顔を上げなさい、フロート」
「は、はい……」
恐る恐る顔を上げると、頭にメイコ様の拳が軽く当てられる。私は呆然としながら、メイコ様の顔を見る。そのメイコ様の瞳も、パンナ様と同じように人間として私を見てくれていた。鋭い眼光はちょっと怖いけど。
「貴方が心配するような事は何もありません。むしろ、貴方の力量が図れて良かったと思いますよ」
「……は、はい……。……り、力量……ですか……?」
「それに、貴方が私を襲っや理由も、なんとなく分かるような気がしましたらかね」
そういうと、メイコ様の視線が別の場所に注がれる。私はメイコ様の目線を追うと、その先には輝く剣が落ちていた。いや、いまあったのは、私が持っていた時とは違い、錆びついた感じの古びた剣に変わっていた。
「パンナ、私はフロートをとりあえず、宿に連れて行きます。貴方は、その剣を何とかしてくれますか」
「ちょっ、なんとかって、どうすんのよ?」
「そんな、物騒なものをここに放置しておく訳にもいかないでしょう。フロートを殺しに来た連中の仲間がやってくるかもしれませんから、お願いします」
「きゃぁ!」
突然、私の体が宙を舞う。そして、メイコ様の顔がみるみる目前に近づいてくる。私はメイコ様に抱きかかえられてしまったのだ。
「あ、あの……! じ、自分で歩けますから……」
「駄目です。また、逃げられでもしたら厄介ですから、今はおとなしくじっとしていて下さい」
「……はい……」
私の小さな抗議はメイコ様にあっさり却下される。私は大人しくメイコ様に抱かれながら、また、あの宿屋に戻ることになったのだ。
*****
宿屋に戻った私は、再びお風呂で体を洗われてしまう。やはり、少し恥ずかしかったのだが、今日は大人しくメイコ様の指示に従い、大人しくされるがままにすることにした。そして、ゆっくり浴槽に入り浸かっていると、メイコ様も私と同じ浴槽に入ってくる。
「メ、メイコ様……!?」
「どうしましたか? フロート」
「い、いえ……」
大人の魅力というか妖艶というか、そんなメイコ様の女性としての体が、私の目の前に現れる。そして、私の貧素な体と違い、おっぱいはとても大きかった。お母様を思い出してしまうほど――。ただ、メイコ様のおっぱいは、お母様よりもずっとずっと大きかったけど。
「あの……」
「なんでしょう?」
「メイコ様は、どなたかにお使えされているのでしょうか?」
「――ええ、私には、私の一生を捧げるに相応しいご主人様が居ります。私は、その方に仕えてとても幸せですよ」
メイコ様は躊躇わず、そういう言い切った。形だけじゃない、そう言い切ることのできる信頼できるご主人様がいることが、とても羨ましかった。
「――私も――、メイコ様のように成りたい――」
私は、浴槽から浮かび上がる湯気を目で追いながらそう呟いた。
「……なら、成れば宜しいでのはないでしょうか?」
「えっ? で、でも、私と一緒になってくれるご主人様なんて……」
「そうですか、私には心当たりがありますけど、本来なら放おっておいてもよかったのに、助けたいと首を突っ込んだ、おせっかいな人間を一人……」
「…………私を受け入れてくれるでしょうか」
「いいですか、最初から信頼関係が成り立っていることはありません。まずは出会い、お互いを知り、同じ時を過ごして、初めて信頼関係が生まれるのです。貴方にその覚悟があるのなら、私も協力しましょう。ただ、私の教育はかなり厳しいですよ」
「……! ほ、本当ですか!? メイコ様!?」
私は、メイコ様の言葉に驚き、その場で勢いよく立ち上がってしまう。
「……フロート、浴槽の中で暴れるのは余り良い行動とはいえませんよ……」
「ご、ごめんなさい、メイコ様、つい嬉しくなって」
私の目の前に、これから生きるための希望が見えた気がした瞬間だった――。
*****
「ただいま……、はぁ疲れた、まぁ扱いやすい勇者様で良かったけど……」
パンナ様が疲れた様子で、宿屋に戻ってきた。ちょっとお酒臭い。外で飲んできたのだろうか?
「あ、フロートちゃん、ただいま。フロートちゃんの持っていた剣、この部屋の奥の棚にいれといたけど、危ないから絶対に近づいちゃだめだからね」
「はい、分かりました。パンナ様」
理由は分からなかったけど、パンナ様の命に私は従うことにした。
「……フロートちゃん、少しお化粧している?」
「あ、はい、メイコ様が特別な日なのでと……」
「特別な日?」
よく分かっていないパンナ様に、メイコ様が手招きをしている。
「パンナ、こちらにきて、この椅子に座っていただきますか?」
「? う、うん?」
パンナ様は、若干、私たちの様子に戸惑っている様子だった。
「こ、これでいい?」
「ええ、それではフロート、こちらへ」
「はい」
私は、パンナ様の前に立つと、先程メイコ様に教えられたとおりに振る舞うことにした。
パンナ様の前に膝を付き、パンナ様の右手を取る。それは、まるで騎士がお姫様に忠誠を誓うように――。
「え、えっと、フロートちゃん?」
「パンナ様――」
「は、はい……」
「私、フロートは、パンナ様の従者としてお仕えしたいと思っております――。どうか、その願い聞き届けて頂けませんでしょうか――」
目の前のパンナ様は、一瞬何が起こったのか分からない様子だったが、私の伝えた意味を理解すると、メイコ様に講義し始めた。
「ちょ、ちょっとメイコ! 貴方の仕業ね! これはどういうこと!?」
「私はフロートの意見を尊重し、少しお手伝いをさせて頂いたにすぎません」
「いや、いやいや! そんなの絶対おかしいよ! だって私、ただの冒険者だよ? もっと相応しい人間が――」
「パンナは、フロートをなんとかしてあげると、約束したではありませんか? もしかして、気ままに助けて後は、他の誰かにでもお任せつもりだったのですか? それこそ無責任ではありませんか?」
「え……ええ……」
「それに、見た所、フロートには戦闘の才能もあり、メイドとしては原石です。このメイコが責任を持って輝く宝石に致しますので、安心して下さい」
「いや、そういうことをいってるんじゃなくて……」
ここで、メイコ様からもうひと押しだと合図が出る。
「パンナ様は、私ではパンナ様に不釣合いだと思われているのでしょうか、それだったら、それだったらずっと放おって置いてほしかった――」
私は、メイコ様にいわれたとおりの台詞を感情をこめてパンナ様に伝える。更にここで涙を流せばイチコロだといわれたので、少し心が痛むも頑張って悲しいことを思い出し涙を流す。私の様子を見て、頭を抱えたパンナ様だったが、しばらくすると吹っ切れたように頭を上げる。
「ああ、もういいわよ! 勇者様の面倒も毎回見ているんだし、メイドの一人位、面倒見てあげるわよ!」
その言葉を聞いた私は、いままで感じたことのないような幸せな気分になった。この人となら、きっと幸せな主従関係で生きていける……と。
そして、私はパンナ様の右手の甲に、口づけをする。
「パンナ様、私のご主人様――。このフロート、ご主人様にメイドとして一生ついていくことを誓います――」




