第六十話 希望に胸を膨らませ!
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プティング王国の近くにある小規模の街、そこにある小さなお屋敷でした。
お父様は、その街である程度権力を持っていて、お母様と私三人で暮らしていました。
特にお母様は、私のことを可愛がってくれて、私ですら過保護と思うくらい溺愛していたと思います。
しかし、そんなある日、お母様が、突然の事故で亡くなってしまいました。
お父様の落ち込みようは酷く、かなりの間、自室に閉じこもったままでした。街の方も何人か心配になりお屋敷の様子を見に来てくれました。
最初は、使用人の方たちも頑張ってくれていたのですが、時が立つに連れて、使用人も辞めていってしまい、最後は一人になっていました。
最後に残った使用人は、お母様の面倒をよく見てくれた、優しい老執事の方でした。
そしてしばらくの時が経ちました。
突然、閉じこもっていたお父様が、私の目の前に現れました。そして、私に言ったのです。
「すまなかった、フロート。二人でどこか遠い所で一緒に暮らそう」……と。
お父様が元気になられたことを嬉しく思い、私はそれで構わないとお父様に伝えました。
それから数日後、私と老執事は、先に移住先に向かうことになりました。
移住先はマカロン王国の近くにある、小さな街とのことでした。
お父様は、少し用事あるとのことで、後から私たちに追いつくとおっしゃられました。
そして、老執事が馬車の御者をし目的地に向かう運行途中で、私たちは大勢の男達に襲われました。
野盗……だったかと思います。老紳士は、私を助けようと男たちと交渉するも、目の前で首を跳ねられてしまいました。
再び私が気がついた時には、高い高い石の壁の部屋で檻に閉じ込められていました。折の中に着ていたドレスはすべて剥ぎ取られ、一緒に奴隷用の服が置かれていました。
それから……それから……、私は奴隷としての躾を黒服の男から徹底的に教わりました。
そして……、厳しい躾が終わった私達には、ここに来るご主人様へのご奉仕という仕事が与えられました。
そんな、生活がもう何日も続いたある日、私はご主人様に粗相をしてしまいました。
殺される……! と思った私に、ご主人様はチャンスをくれました。
「もし俺たちの狩りから逃れられることが出来たら、お前は自由だ――」……と。
死にたくない……と思った私は無我夢中で、あの時のことは余り覚えていません。気がついたら、私は、パンナ様、メイコ様に助けられていました。
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私は、自分が思い出せる限りの経緯を、パンナ様、メイコ様に話す。話し終えると、パンナ様が、私をぎゅっと抱きしめてくれた。まるで、お母様に抱かれている時のことを思い出すような、そんな優しい感触だった。
「……ねぇ、メイコ、プティングに寄る前に、その街に行きたいんだけどいいかな?」
パンナ様がメイコ様に問いかけると、メイコ様はやれやれといった様子で、返答する。
「かしこまりました。パンナ、まずはフロート様のお屋敷確認後、必要であれば街のギルドに事情を話して保護してもらいましょう」
「ええ、ありがとう! メイコ。フロートちゃん、それじゃあ今日はゆっくり休んで、明日、フロートちゃんの家に行ってみましょう!」
私は、パンナ様に抱きしめられたまま返答をする。
「ありがとう……ございます……」
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私は深い深い眠りについていた。死に怯えることのない、安息した眠りは、いつ以来だろう……。私は、窓から差し込む光で目を覚ます。
「日の……光……」
それは、本当に久しぶりの朝日の光だった。私はベッドから起き、窓の近くへ行くと、全身を大きく広げる。とても優しく、温かい光を私はたっぷりと浴びたのだった。
それから、私はパンナ様とメイコ様と簡単な朝食を取ると、宿屋を出て馬車に乗って、プティング王国近くの街まで向かうことになった。馬車は旅人や冒険者が利用するためのもので、大きな屋形には、既に何人の冒険者と思われる装備をした人たちが乗っていた。
私たちも、その屋形に詰めるように乗り込むことにした。乗っていた冒険者や旅人の方々は、物珍しそうに私を凝視する。いや、私だけではなくメイコ様も注目を浴びていた。
確かに、この屋形の中で、この支給服は相当目立っていた。少し恥ずかしい気もしていたが、メイコ様はまったく、視線を気にしていない様子だったので、私はメイコ様に寄り添うように座ることにした。
しばらく座っていると、御者の合図とともに馬車がゆっくりと動き始める。
徐々に、その速度が早くなり道路の凹凸による振動が激しくなってくると、その振動に共鳴するかのように私の心は高揚していきました。
もうすぐ、お父様に会える――。そんなことを思いながら。
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移動の間、私はずっと空を見上げていた。
長い間見ることのできなかったこの空を、取り戻すかのようにずっと見ていた。
空に広がる果てしなく続く青い色――。それは、自由という言葉がぴったりの風景だった。
あの、小さな雲は、もしかしたら檻からでた私かもしれない。自由に空を、ゆっくり、ゆっくりと動く小さな雲。
そんな雲に私は憧れる――。
そんなことを考えて空を見つめていると、御者から大きな声が聞こえてくる。
「もうすぐ、パウンドの街に到着するよ。降りる方は準備して下さいね」
パウンド……という地名に懐かしさを覚える。
ああ、本当に戻って来れたんだ。この街に……!
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馬車から降りた私たちは、早速街に入る手続きを行うことになった。もっとも私は、後ろから手続きするパンナ様とメイコ様の姿を見ているだけだけど。簡単な持ち物検査等を受けると、特に問題なく街に入ることができた。
パウンドの街は、昨日宿泊した宿屋があった街に比べると一回り大きい感じがして、木造建築の建物よりも石造りの建造物が多い感じがした。
整備された石畳の街道には、何台もの馬車が行き来しており、街の活性化が伺えた。
パンナ様とメイコ様と一緒に、街を歩いていく。私は、記憶を頼りに、街のあちこちを見回していた。お母様は、あまり外に出たがらなかったので、私もお屋敷で過ごすことが多かったが、それでも偶に一緒にお出かけすることもあった。当時の私のとって街へのお出かけは、とても特別なものであり、楽しみでもあった。昔に比べると、街の雰囲気はより活気溢れるものへと変わっていたが、それでも街のいたるところに思い出と一致する場所が見受けられていた。
そして、少し街の外れまで歩いていくと、石畳の道の向こうに少し大きな建物が現れる。
「あ……!」
この道は、お母様とお屋敷に帰るときに一緒に歩いた道だ。そして、あの建物は、お父様、お母様と一緒に住んでいたお屋敷だ。間違いない!
「もしかして、あれ? フロートちゃんのお家って……?」
「……はい……、あの……お屋敷です……」
お母様との思い出の詰まった、私の家。私は、つい我慢できず、お屋敷まで駆け出していた。
外壁から見たお屋敷の外見は、私が暮らしていたときよりも少し綺麗になっている気がした。建物の窓には、支給人の姿が見えていた。少なくとも廃墟などにはなっておらず、誰かが住んでいるのだ。
きっと、お父様がまだここに住んでいる! 私はそう思った。
外壁を辿ってお屋敷の正門が見えてくる。正門には、一台の小さい気品ある馬車が停止しており、誰かを向かい入れるため扉を開けていた。私は、馬車の少し前で立ち止まると、その馬車に乗ろうとする長い帽子を被り礼服に身を包んだ少し老いた男性を凝視する。
「……お父……様……!」
私の声に気づいたのだろうか、その男性は私の姿を見ると、帽子のつばを上げ、驚きの形相をする。
「フロートちゃん……? もしかして……? この人?」
私に追いついたパンナ様が私に声を掛ける。
「は、はい……」
私が最後に見たお父様とは若干老けていたが、目の前にいる男性は、私の記憶の中にあるお父様だった。お父様は、もしかすると私の為に、この場所で待ち続けてくれていたのかもしれない。
しかし、目の前の男性は、つばで顔を隠すと私にこう言葉を掛けた。
「……その、ご汚い少女は、君たちの連れかな? 失礼だが、早々に立ち去ってくれ――」……と。