第五十八話 新しいパートナー!
目の前の女性は、肩に掛かる程度の黒髪とフリルの付いたカチューシャ、少し太めのフレームの黒ぶちの眼鏡が印象の女性だった。それは、まるで、とある豪華なお屋敷で働く清楚な使用人を連想させる。
「それじゃあ、お客さん、ごゆっくり」
宿屋の主人は呑気にそういうと、また軽く会釈すると扉から離れていった。宿屋の主人が見えなくなると、目の前の女性は、辺りを見回し始める。
明らかに普通の人間とは違う気配。私は、彼女の行動に注視していた。私だけじゃなく、ザッハもアンゼリカも警戒している。
そんな私たちを見回した後、目の前の女性は満足そうに微笑んだ。
「これは、失礼しました。ザッハ様、パンナ様、そして……」
私たちのことを知っている!? 一体この女性は何者なんだろう……?
「……パンツ様」
この女性の一言で、緊張した部屋の空気が一気に晴れる。
「い、いやいやいや! 私はパンツじゃなくて、アンゼリカだってば!」
緊張の糸が途切れたアンゼリカは、疲れた表情で抗議する。
「……アンゼリカをパンツ呼ばわりするってことは……、もしかしてコウメちゃんのお知り合いですか?」
「はい、私はコウメイ……いえ、コウメ様にお仕えするメイドのメイコと申します。先ほどは大変ご無礼な態度を取ってしまいまして、申し訳ございません」
メイコとなのる女性は、深々と頭を下げる。
「しかし、流石コウメ様が認めた冒険者の方々、素晴らしい実力をお持ちのようですね」
メイコさんは、ザッハの方を見る。
「お初にお目に掛かります。魔王様。今回は魔王様にお願いがありまして、このメイコ、こちらに参上させて頂きました」
メイコさんが膝をつき、頭を下げる。ザッハは困惑した様子だった。
「あ、あの、とりあえず頭を上げて下さい。あと、ごめんなさい。私の事はザッハと呼んで頂けますでしょうか」
「かしこまりました、ザッハ様」
とりあえず、メイコさんはコウメちゃんのお抱えメイドらしいので、敵ではないようだ。それに、これはコウメちゃんと連絡が取れるまたとないチャンスだ。私たちは、早速、メイコさんから話を聞くことにした。
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「皆様、こちら、魔界で取れた茶葉を利用したお茶でございます。お口にあえば宜しいのですが」
なぜか、お客様であるはずのメイコさんが、私たにお茶を入れている。流石に悪いとは思ったのだが、メイコがどうしてもとお願いされ、お茶を入れて貰うことにした。
部屋中に、くせの少ない芳醇な香りが充満する。お茶の見た目も少し赤身の掛かった、おいしそうな色をしている。
私たちは、とりあえず紅茶に口を付ける。
「……美味しい……!」
「美味しい!」
「なにこれ、美味しい!」
私たちは、同時に声を上げる。宿屋の主人には悪いんだけど、食事で出されるお茶とは次元が違う美味しさだった。こんなお茶を入れて貰えるコウメちゃんがちょっとうらやましい……。
こうして、全員でお茶をしばし楽しんでリラックスした後、話の本題に入ってもらうことにした。
「本日、お伺いしたのは、先ほどもお話ししました通り、ザッハ様にお願いがあったからです」
「ええ、どんなお願いでしょう?」
「はい、ザッハ様に一度魔界に来ていただきたいのです」
「ま、魔界に……?」
ザッハは少し首を傾げる。メイコは、穏やかな口調で話すものの、少し焦っている様子が私には感じられた。
「急な話ね……。魔界……に何かあったの?」
私は、メイコさんに尋ねてみる。
「はい、実は魔界で大きな暴動が起きそうな兆しがあるのです」
「暴動!?」
「四天王はコウメ様だけになり、実質最高指揮官だったカガも亡くなってしまいました。そのため、魔界中に不安が広がっています。中には人間達の侵略が始まったと思い始める者もおりまして……」
私たちが、四天王を倒してしまったことにより、魔界は結構不安定な状況になってしまっているようだった。メイコさんは困り顔で話しを続ける。
「コウメ様も頑張ってはいるのですが……、その、なにぶん、コウメ様は、人徳が少ないというか、まとめ役というか、そういうのが苦手でして……。事態はどんどん悪くなってしまっているのです」
……なるほど、確かにコウメちゃんは、自身が興味ないものは無関心だから、他人をまとめる役とかは苦手かもしれない。
「はい、そこで、ザッハ様には是非、魔界の混乱を収めるための力をお貸しして頂きたいのです」
「わ、私が……?」
ザッハは驚いた様子で、しばらく考え込む。そして考えがまとまったのか、メイコさんに確認する。
「私で……力になれるのでしょうか?」
ザッハなりの前向きな返答に、メイコさんは少しだけ笑顔を見せる。
「はい、まだ力としては完全に覚醒していないようですが、魔王様復活となれば魔族の不安も和らぐでしょう。それに今後人間との闘いを回避するのであれば、ザッハ様にとっても良い機会だと思います」
私は、メイコさんに確認する。
「メイコ……さんは、人間と共存は賛成なのですか?」
「私は、コウメ様の考えに賛同致します」
「な、なるほど……」
つまり、コウメちゃんが人間との闘いを選んだとしたら、きっと私たちの敵になるということだ。ということは、今回魔界にいってコウメちゃんを助けるということは、非常に大きな一歩になるだろう。
しかし、困った事になった。ラミン様のプティング王国の調査の件もある。どちらも疎かにすることはできない。私は、メイコさんにプティング王国の調査の事を話すと、メイコさんはしばらく考えたのち、私たちに提案をしてきた。
「それでは、二手に分かれる……というのは、如何でしょうか。私が見たところ、皆様の実力は二手に分かれても十分対応可能と考えております」
「ああ、なるほど」
「プティング王国の調査に関しましては、私が参りましょう。私であれば、魔族の些細な気配も探れますのでお役に立つと思います。ザッハ様には、魔界までの道筋と手紙をご用意いたします。魔界の入り口に私の妹のマイコが居りますので、手紙を見せて頂ければコウメ様のところまで案内できると思います」
「うん、じゃあ、私はメイコさんと一緒に行くわ。アンゼリカは、ザッハをお願いできる?」
私の言葉に、アンゼリカは動揺する。
「え!? ちょっと待って!? もしかして、私、パンナちゃんと離れ離れになっちゃうの!?」
アンゼリカは信じられない、そんなことしたら私死んでしまいます見たいな表情で私を見る。私は、少しため息をつきながら席を立つと、アンゼリカの所まで移動し、耳元で囁きかける。
「……こんど、デートしてあげるから、ザッハの事をお願いね」
「……で、でも! パンナちゃんと離れるなんて!」
私と離れるのがとっても嫌なのか、デートの約束をしても、アンゼリカは納得できない様子だった。どうやってアンゼリカを納得させようと考えていると、ザッハが声を掛けてくる。
「……アンゼリカ……そんなに私と一緒は嫌……なのですか……?」
ザッハが目に涙を浮かべながら、アンゼリカに声を掛ける。
すごい、すごいわ、ザッハ! 昔とは見違えるほどの迫真の演技力! これならアンゼリカも嫌とは言えないだろう。
「い、いやいやいや! 全然そんなことないから! 嫌じゃないから! ……分かったよ! 私、ザッハちゃんと一緒に行くよ!」
ザッハの涙の破壊力は凄まじく、アンゼリカはそれ以上駄々をこねることはなかった。
「……パンナちゃん、デートの約束、絶対に守ってよね……」
アンゼリカは、小声で私に念を押した。
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今後の行動についてまとまったので、私たちは早速旅の準備を始めることにした。
「それじゃあ、これからよろしくね。メイコさん」
「私の事は、メイコと呼び捨てにして頂いて構いません。パンナ様」
「……じゃあ、メイコ。新しいパートナーとして宜しくね! あと、私の事もパンナでいいから。様付け禁止!」
こうして、二手に分かれた私たちのそれぞれの旅が開始されるのだった。




