第五十六話 初めての定例会議!
これは、パンナがフロートと出会う前の、少し前の物語――。
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「それでは、本日の定例会議を始めます」
「はい、アンゼリカ先生!」
マカロン王国に戻ってきて数日が経った。私たちは傷の回復を待ち、しばらく宿屋で休息することにしていた。
そして、そろそろ傷が癒えてきたとある日の朝、アンゼリカに私はたたき起こされてしまう。まだ頭が寝ぼけていた状態だったので、流れに任せていたのだが、気が付けば自室のテーブルを囲って、謎の会議が始まりだした。
アンゼリカな、眼鏡(おそらく伊達眼鏡)の鼻にかかる部分を右の人差し指で持ち上げると得意顔に話し出した。成長したザッハは、真剣な表情でアンゼリカの話に付き合っていた。私は、とりあえず二人の様子を見ることにした。
……その前に、定例会議って、一度も私たちこんな会議したことないじゃない。
「本日のお題は、如何に人間と魔族が仲良くできるかというテーマです」
「はい、アンゼリカ先生!」
「良い返事です。ザッハさん! それに引き換えパンナちゃんはまだまだお眠でちゅか?」
少しイラッとしたが、ザッハがやる気を出しているので営業スマイルでスルーする。
「こほん……。えっと……、魔族というのは、元は人間という説があります。遥か昔、他国のお菓子の美味しさに嫉妬した王様は、悪魔の力に手を出してしまい魔王になってしまいます。全てを破壊しようとした魔王ですが、突如現れた勇者によって封印されてしまいます。その封印先で魔王の子孫が生まれ続け、魔族になった……という話です」
「希望と未来のおとぎ話ですね」
ザッハは目を輝かせる。
希望と未来のおとぎ話――。
一応この世界では、実際にあった話とされている。また、魔王、そして魔族との闘いの記録も古い書物に残っている。正直、ミチバから始まる戦いが無ければ、私も昔話の絵空事なんだなと思っていたと思う。
「そうです。つまり戦いの歴史によって、人間と魔族は同じ種族でありながら敵対している……ということですね。それでは、どうしたら仲良くなれるでしょう?」
辺りが静まり返る。ザッハは両手を頬に当て、悩んでいる様子だった。
「はい、それじゃあパンナちゃん!」
「え!? 私?」
いきなりアンゼリカが、私に向かって指を指す。無茶ぶりも良い処だ。しかし、とりあえず何か言わなければという気持ちになってしまい、とりあえず何か言ってみることにした。
「そうね……、狂獣と違って意思疎通はできるから……まずはみんなで話し合い?」
「ぷークスクス! いきなりみんなで話し合いなんて、パンナちゃんって結構世間知ら……痛ッ!」
今度は、かなりイラっとしたので、私は立ち上がるとアンゼリカの頭をグーで殴る。アンゼリカは頭を抱えしゃがみ込むと少し涙目になっていた。
「酷い! 今、本気で殴ったよね!?」
「いいから、話を続けなさいよ」
私は、自分の席に戻るとアンゼリカに話の続きを促した。アンゼリカはしょんぼりとしながら話を続けた。
「……そ、そうね、まずは話し合いの前に、今どきの魔族の調査よね。どんな考え方を持っているか、文化、生活、私たちと違うところを知ることから始めないと。私たちの先入観的には、魔族って狂獣以上の凶悪な生き物ってだからね。まずは、そんなことはないよ!っていう証拠集めをしないと」
「うん、うんうん、そうだねアンゼリカ!」
ザッハは更に目を輝かせる。……アンゼリカの癖に生意気な……とは思ったものの、私もその意見にはなるほど! と思った。
「それじゃあ、どうやって魔族の調査をするか……か。コウメちゃんだったら色々聞けそうだけど」
私は、色々考えてみる。コウメちゃんは考え方こそ違いはあるけど、特に人間に悪意を抱いてはいなかった。四天王ということで、地位的にも高く、話を聞くには適任者だろう。
とはいえ、私たちはコウメちゃんの連絡手段も住んでいる場所も知らない。そうなると、コウメちゃんが気まぐれに現れるのを待つしかないかもしれない。
「そうだね、パンナちゃん。コウメに会えればまた色々話を聞けると思う。私の提案だけど、チンやカガみたいに、人間の国に潜り込んで悪いことをする輩がまだいるかもしれないから、それを調査するってのはどうかな? 魔族の事を追っていればコウメに会える確率も高くなりそうだし」
「アンゼリカ! すごい、それとても良い案だと思う!」
ザッハは、アンゼリカに拍手喝采を送っている。確かに、その意見には賛成だ。アンゼリカの癖に生意気ではあるけれど……。そんなことを思っていると、入口の扉から誰かが叩く音が聞こえた。
「こんな朝早くに誰かしら?」
私は、席を立つと扉に向かう。そしえ、扉を開けると、底には宿屋の主人と、思いもしない人物が宿屋の主人の後ろで私たちの様子を伺っていた。
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目の前の金色長髪の青年を案内した宿屋の店主が、軽く会釈すると扉から離れていった。主人が姿を消すのを待っていたのか、にこやかに私に話しかける。
「やぁ、久しぶりですね、英雄パンナ殿」
「ラ、ラミンさん!? どうして、こんなところに!?」
ラミン――。シフォン王国の王子様、グラニュー王子の側近の方だ。シフォン王国の騒動では色々お世話になった。
そんな彼が、どうしてマカロン王国に居るのだろう?
「あ、すいません、とりあえず奥へどうぞ」
流石に王子様の側近の方に対して、立ち話はまずい。私は申し訳なさそうに謝ると、扉を大きく開け、ラミンさんを部屋へ招き入れる。
「やぁ、アンゼリカ、元気そうで何より」
「うぉ!? ラミン様!? な、なんでこんなところに!?」
流石のアンゼリカも、ラミンの突然の登場に驚いている。そんなラミンは部屋にいるもう一人に目を向けると、そちらに歩いていく。
そして、膝を着くと目の前の女性の右手をそっと手に取った。
「おお、なんと美しき黒髪の聖女であろう。私の名前はラミン。シフォン王国でグラニュー王子の側近を務めている者です」
「ど、どうも……」
ラミンの突然の挨拶に困惑しているのか、恥ずかしいのか、ザッハはもじもじとしながら受け応えている。しばらく、ラミンは自分についてザッハに語りだした。余程成長したザッハが気に入ったのだろうか、その勢いは既に口説きにいって結婚の申し込みをするかのような勢いだった。
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「ど、どうも、ありがとうございます……」
「いえ、貴方のような美しい女性に会えて、このラミン、本当に幸せです」
ラミンさんの長い長い語りが終わった。よくも、まぁ、あれだけの口説き文句をスルスルと話せるものかと感心する。アンゼリカも黙ってはいたが呆れ顔だった。
話が終わると、ラミンは部屋の様子を見渡し始める。誰かを探しているのだろうか。
「ところで、パンナ殿、貴方のご息女は何処にいらっしゃるのでしょうか?」
「ブッ!」
「な……ななな……!!」
突然のラミンの言葉に、私は吹き出し、アンゼリカは驚愕する。
「いえ!? 私、結婚してないし! 子供いないし、ザッハはラミンさんの目の前にいるじゃない!?」
「ちょ!? パンナちゃんのご息女!? ど、どういうこと! まさか隠し子!? 隠し子なの!?!?!?」
アンゼリカが、興奮しながらラミンさんの胸元を掴み、発狂したような意味不明の言葉を言い始めた。
余りの興奮気味のアンゼリカに呆然とするラミンさん。ザッハはおろおろと困り始め、私は頭を抱える。
全員が落ち着き、誤解を解くまでに、かなりの時間を要するのだった。
ラミンさん……まさか、貴方も、ザッハを私の娘と勘違いしていたなんて……。まだまだ若いと思っていたのだけれども、世間の目は厳しかった――。