第五十三話 最下層の生き物
新章ですが、最初の方は結構表現がグロイかもしれません。
苦手な方はご注意下さい。
――ここは、最下層の生き物が恐怖に耐えながら生きている……そんな場所――
私は、ほんの少し前は裕福で不自由ない暮らしをしていた。でも、そんな生活は一変、悪夢と化してしまう。
ここは、おそらく地下室なのだろうか……? この部屋の壁は高い高い石の壁で作られていた。天井近くにある小さな窓から微かな日の光が零れ落ちている。日の光を体いっぱいに浴びたのは何時だっただろう……。つい最近のような気もするし、遥か昔の事だったようにも感じる。
そんなことを思いながら私はゆっくりと目を覚ます。私が入っている檻の入り口には、今日の食事が差し出されていた。小さなパンの欠片と容器に入った少しばかりの水。
私は檻の中を四つん這いになって入口にたどり着くと、パンをゆっくりと食べ始める。パンはとても硬かったが、その方が良かった。何度も何度も噛むことで、パンをいっぱい食べた気になるからだ。
私が食べ始めてしばらくすると、周りからもパンをかじる音が聞こえてくる。周りには、私が入っている檻と同じものが、数十個無造作に置かれており、その中にはボロボロの奴隷服を着た、私と同じくらいの少女が入っていた。
檻の高さは私の背の高さの半分ほどしかなく、立つことはできず四つん這いになって何とか少し動けるような小さなものだった。
「あ……」
気が付くと、手に持っていたパンは既に無くなっていた。そして、食事が終わると、私は自分の名前が呼ばれるのを、檻の中で待ち続けることにした。
*****
誰かがこの部屋に入ってくると、私の檻の前で足音を止める。
「28番、お前に指名が入った。すぐに支度しなさい」
その言葉に気が付き、私が檻の中から顔を上げると、黒い服を着た男が私を見下ろしていた。檻の入口前でしゃがみ込むと檻に設置されている重い鍵をゆっくりと解錠する。
檻の扉が開かれると、私は四つん這いでゆっくりと扉あら外に出て、ゆっくりと立ち上がる。
長時間立つことが許されないので、昔はよく転んで折檻されたりしたが、最近では転ぶこともなくなった。
【28番】――。それは私のここでの名前。
親に名付けてもらった名前はあるが、それはここで名乗ることは許されない。なぜなら、私たちは人間と見なされていないからだ。
「28番と35番は、体を清め、28番は101号室へ、35番は102号室へ行くように」
黒服の男は私に支持すると、この部屋から出ていった。
横を見ると、私と同じくらいの背丈だろうか? 髪を束ねた少女が立っていた。その目は、私以上に生気がなく焦点が合っていない感じで、ずっと正面をどこかを眺めていた。
「35番……行こう……?」
私は話しかけると、35番はこちらにゆっくりと振り向き、少しだけ頷いた。私は、35番の荒れた手を握ると、身を清めるために部屋の向こうにある、お風呂場に向かった。
お風呂といっても、石で作られた巨大な水がめのようなものが部屋の中央にあるだけで、私たちは部屋に置かれている木桶で水を汲み、その水を使って体の汚れを洗い流す。寒い時期には体に応えるが、寒さよりも水で体を洗えるということの方が、私は嬉しかった。
体を清めた私たちは、出口に置かれていた新しい奴隷服を着用すると、私たちを指名したご主人様の待つ客室場へ向かうことにした。
客室場は、長い廊下があり、廊下の左右には沢山の部屋の扉があった。そして廊下のもっとも奥には、ご主人様や黒服の男が入ってこられる扉があった。
私たちが行く部屋の場所は、入口に近い場所だった。私は、35番の手を引くと、部屋の入り口に向かって歩き出す。
「……私は、101号室だから……」
部屋の扉の前までくると、35番の手を放す。そして、ゆっくりと深呼吸をする。
私たちのお仕事は【ご主人様にご奉仕】するお仕事だ。
ご奉仕といっても様々だった。性的なものから、拷問まがいの虐待まで。ご主人様が満足するまで虐げられる、それが私たちの仕事だった。
そして、その仕事の報酬として、私たちは幾ばくかの食事と生きることが許されることになる。
私が部屋に入ろうとしたとき、私の横の入口の扉が開かれる。
別のご主人様が入ってきたのだろうか? ご主人様と廊下で鉢合うのは良くあることだった。その場合、ご主人様に失礼がないよう廊下の隅で頭を下げ、ひざまづくのがここでのルールだった。
ご主人様と黒服の男が何か話をしながら廊下側に入ってくる。そして、扉を閉めようとしたとき――。
「あ……!」
隣にいた35番が、その扉に向かって勢いよく走っていく。そして、閉められようとした扉の隙に体をいれると、そのまま外へ出ていってしまった。
私は、その様子を呆然と見つめていた。そして、恐怖した。
「28番気にせず、自身の仕事を全うしなさい」
「……は、はい……申し訳ございません……」
黒服の男は、35番が出ていったことなど気にすることもなく、そのまま一緒に居たご主人様と廊下の奥へと歩いて行ってしまう。
私は頭を数回振ると、101号室の扉の前に立つと扉を数回叩き、ゆっくりと扉を開ける。そう――、この後の35号に起きる末路に比べれば、ご主人様にご奉仕する行為なんてものは、何でもないことなのだから。
******
その夜、私たちは檻から全員だされると、とある部屋に集められる。ある者は、恐怖に怯え、ある者は既に泣き出していた。
これから起こる事は、それほどまでに私たちの心をえぐる程のものだからだ。
部屋に集められた私たちは、部屋の奥にある小さな舞台の前で整列させられる。舞台の上には人一人が寝れるくらいの台があり、その上には全裸の少女が身動き一つできないように拘束されていた。
「……やっぱり……35番……」
そう、そこには先ほど逃げ出そうとした35番の姿があったのだ。
黒服の男が舞台にあがると、拘束されている35番の頭を思い切り蹴り上げた。
「ぎゃっ!」
35番が悲痛な声を上げるも、男はゴミを見るような目で見下すと私たちに話し始める。
「皆さんには、いつものようにこれから、ここから逃げ出そうとした奴隷の処刑を一部始終を見て頂きます。いいですか? 皆さんもこのような間違った行動をとらないよう、重々気を付けて下さい」
そういうと、黒服の男は35番の口枷と目隠しを施す。35番は曇った声で何かを呻いている。すると、横から別の黒服の男が舞台に上がる。体は最初に上がった黒服の男よりも大きい大男だった。手には巨大な狂獣と戦うような大きな斧を持っていた。
そして、躊躇なく拘束された35号目掛けて、その斧を振り下ろす。
「ううう!! うーう!! うーぎゅおおお!!」
部屋に、35番の声にならない呻き声が響き渡る。黒服の男は何度も何度も斧を振り下ろす。その都度35番の呻き声が聞こえた。……10回程度振り下ろされた頃だろうか、35番の呻き声はぴたりと止んでしまう。
私は涙を流してその様子を見ていた。周りの少女達もその様子をじっと見つめている。目を逸らせば今度は自分があの場所に拘束されることになるかもしれないからだ。
以前、黒服の男が、これは教育だといっていた。私たちがここから逃げられないように徹底的に恐怖を植え付けるための教育だと。
この教育を私は、どれくらい見ただろうか。
もう、私の中では、ここから逃げ出そう――。などという恐ろしい考えをすることは無くなっていた。
そして、今日も私は、この場所で生きながらえることができたのだった。