第五十一話 ありがとう!
「はぁ……、やっと外に出れたわ……。これでやっと生きた心地を実感できるわ……」
私たちは何とか、戦いを終え孤島の外にでる。日の光は既に海の水平線に没しようとしていた。入口の近くには停止しているヘリコプターと勇者様が、私たちを出迎えるかのように立っていた。そういえば入るときには数多くいた狂獣が今は周りに一匹もいない。もしかしたら、勇者様が全て倒してしまったのかもしれない。うーん、単純に自分たちの巣穴に戻ったのかもしれないけど……。余りおじいちゃんが無双している姿は想像できないのよね。
「ほっほっほっ、良かった無事で何よりじゃ!」
「は、はい、勇者様……無事ではあったんですけど……」
「……ふむ……、何かあったようだの……」
「え、ええ……」
コウメちゃんがカガの首を切り落としてから、あの場にいた全員が、その後全くしゃべっていない。
その後、ザッハは魔法でその広間に人が入れるほどの穴を掘ると、屍となったカガを穴に埋め丁重に葬り始める。ザッハに応えるように、私とアンゼリカもその手伝いをする。
コウメちゃんは、そんな私たちをその場でずっと見続けていた。
埋葬が終わると、ザッハはカガが埋葬された場所に手を合わせる。
そして、呟いた。
「……ごめんなさい、私は貴方を守ってあげることができませんでした……」
ザッハは、コウメちゃんを責めることはしなかった。正直にいえば、コウメちゃんがしたことは、今後の私たちにとってはプラスだと思う。
カガという男は、やはりどう考えても改心する余地は少なかったと思う。傷を癒し、再び私たちの前に現れれば、私たちが全滅する可能性が高いだろう。だから、私もアンゼリカも文句をコウメちゃんにいうことがしなかった。戦いには勝利したが、後味の悪い結末になってしまった。
そんな重い空気を読んだのかどうかは定かではないが、勇者様がザッハに向かって手招きをする。
「……勇者……様?」
勇者様の仕草と視線に気が付いたザッハは、勇者様にゆっくりと近づいて行った。
「あ……、勇者様……? 私が、分かるのですか……?」
「んんん? もちろんじゃとも。姿は変わっても、人の本質は変わらないからのぉ」
「そう……ですか……」
ザッハは少しだけ安堵した様子だった。
「それじゃあのぉ。少ししゃがんでくれんかのぉ」
「しゃがむ……ですか……?」
勇者様が何をするのか分からないといった表情のザッハだったが、その言葉に素直に応じ勇者様の前で右ひざをついてしゃがむ。勇者様は一歩前にゆっくり前進すると、そのよぼよぼの手をザッハの頭に載せると、ザッハはその手を追うかのように、じっと自身の頭上を見上げている。
「ザッハちゃんよく頑張ったのぉ。やっと本当の自分を向き合うことができたようじゃの」
勇者様は、ゆっくりとザッハの黒髪を撫でる。
「これから先、今日以上の困難がきっと何度も襲ってくるじゃろう。だがな、お主には自信で答えを導きだした強い信念がある。そして、心から信じられる仲間がいる。疲れた時には仲間を頼り、疲れた仲間がいたら支えになってあげると良い。今のお主にならきっとこの世界を良い方向へ導くじゃろう」
「……はい、ありがとうございます……勇者様」
ザッハは勇者様の言葉に頷いて涙を流す。そして、勇者様はそんなザッハは少しの時間ずっと優しく頭を撫でていたのだった。
*****
「コウメ……さん、お話があります」
勇者様の言葉で落ち着いたのか、ザッハはヘリコプターに興味深々に観察しているコウメちゃんに声を掛けた。
「何? ザッハお姉ちゃん?」
ザッハの問いかけに振り向いたコウメちゃんは、私たちが一緒に冒険した時と同じ様子でザッハに応えた。
「コウメさん、私は……人間と魔族が共に共存できる世界を導きたいと思っています……。それで……、どうか貴方の力を貸して頂けないでしょうか?」
「それって、魔王としての命令……?」
「……いいえ、これは魔王ではなく、私、ザッハ=トルテからの友人への願い……です……」
コウメちゃんは、少し考えている様子だった。コウメちゃんの返事に、周りのみんなが注目している。
「……ザッハお姉ちゃん。憎しみっていうのは、人によって様々なんだよ。ザッハお姉ちゃんのように両親の仇を目の前にして、それを見逃す……、そんな真似ができるのはきっとごく少数だとは思うんだ」
「はい……それは、先ほど痛感しました……」
「人間と魔族っていうのは、互いに反発する憎悪の塊のようなもの。そのしがらみはそうやすやすとは外れないよ。もしかすると両社の憎悪が、ザッハお姉ちゃんに向くかもしれない。それでもいいの?」
「はい。それが、私の望み……私がなすべきことだと思っています。この先、私が生きている限りその歩みを続けたいと、そして新しい世代に伝えたいと、そう思っています」
「ふうん……そっか、なるほどね」
そうつぶやくとコウメちゃんは、またヘリコプターの前に戻り、その表面を物珍しそうに手で触り始める。
「…………」
ザッハは待ち続ける。コウメちゃんの返答を。
「僕はね、別に人間が嫌いじゃないんだよ。サンデも……そして、ザッハお姉ちゃん、パンナお姉ちゃん、パンツのお姉ちゃんも好きだと……そう思っているよ」
「ちょ、ちょっと! 私はパンツじゃ……もがもが!!」
私は、抗議しようとザッハとコウメちゃんの会話に割り込もうとするアンゼリカを押さえつけて、口を手で覆う。ごめんね、アンゼリカ。今だけは、コウメちゃんを許してあげて。
私が目で懇願すると、アンゼリカは諦めたように肩をすくめ大人しくなった。
「……いいよ、僕にできる事であれば協力するよ。でも、僕の大切な人を傷つけるようなら、僕は容赦なく、そいつを殺す。それは忘れないで」
「ええ、分かったわ。コウメさん。……ありがとう……」
ザッハはその場で、深々と頭を下げお礼をいう。照れ臭かったのか、コウメちゃんは振り向かず、そのままヘリコプターの表面を触り続けていた。
「うん、コウメちゃんありがとう、大好き!」
私はコウメちゃんのところまで走ると、そのまま彼女を抱きしめる。
「べ、別にお礼をいわれるほどの事は、してないよ!」
コウメちゃんは、少し困ったような表情をしていた。
*****
「それでは、私たちは勇者様が召喚した、このへりこぷたーといもので街へ帰ります。コウメさんはどうされますか?」
「ああ、僕は大丈夫だよ。一度魔王城へ戻ろうかと思うんだ。四天王も僕一人、カガもいないんじゃ少し大変なことになっていると思うからね。メイコも心配だし」
「メイコ……さんですか?」
「ああ、僕の大事なメイドさ」
「メイド……。そうですか、コウメさんにも大事な人がいると知って安心しました。ふふ、今度、是非ご紹介下さい」
「うん、魔王城に来た時には、紹介するよ」
そして、私たちは握手をする。それは、これからの夢を実現するための第一歩になるだろう。
その後、コウメさんが口笛を吹くと、空から一匹の魔物が現れ地上に降りてくる。巨大な鳥のような顔と大きな翼を持ったその魔物は、空に舞い上がる炎のような感じがした。
「うおお、すごい!これって狂獣……? それとも魔界の生き物なのかな?」
「これは、魔物のグリフォンちゃん。僕のお気に入りなんだ」
そういってコウメさんがグリフォンちゃんに乗ろうとするが、何かを思い出したようでこちらに向かってくる。どうやら私にではなく、勇者様に用事があるようだった。
*****
「そうそう、勇者……さま? でいいの?少し聞きたいことがあって」
「んんん? なんの用かのぉ?」
「ああ、特に大したことじゃないんだけど、なんで、それだけの力をもっているのに、お姉ちゃんたちを助けなかったのかなと思って」
「なるほど……。実はな、ワシはこの世界の人間ではないのだ。今回の戦いはこの世界の命運を賭けるものであったからのぉ。ワシは少しだけ手を差し伸べただけ。決着はこの世界の者同士でつけるべきと思ったのじゃよ」
「みんなが死んじゃっても?」
「もし、そうなってしまったのなら、それも【運命】なのかもしれんのう。だがな、ワシは信じていたからのぉ。あの三人の娘たちを」
「そっか、なるほどね」
「まぁ、あのへりこぷたーとか見ちゃったら、別の世界から来た人間っていうのを信じるしかないかな。うん……納得した」
「それじゃあね、異世界の勇者様」
「うむ……お主も達者でな」
「……」
「……」
「……」
「おお、しまった! どうしてあの者が男の娘の恰好をしているのか、聞き忘れたわい」
*****
コウメちゃんを乗せたグリフォンちゃんが、空高く舞い上がると、それは炎の流星のように孤島の向こうに消えていった。私たちは、グリフォンちゃんが消えるまで、ずっと手を振り続けたのだった。
コウメちゃんが空に消え、私は両手を上げ背筋を伸ばすと、一人姿の見えない人物を思い出した。
「ああ……! そういえばザッハの師匠……、あの人どこいっちゃったんだろう?」
「そ、そうでした! 師匠は確か魔物に連れていかれて……もしかしてどこかに幽閉されているのでは!?」
「ああ、それは大丈夫。魔物はアンゼリカが倒して、私たちが助けてあげたんだけど……。外に出るまでに出会わなかったよね……?」
「し、師匠――!? ここに居るのですか?」
ザッハが大声で呼びかけるも、反応がない。
私たちは、狂獣のいなくなった孤島の周りを探索してみたが、狂獣も人影も見つけることができなかった。そろそろ日が落ち、暗くなってきた。夜行性の狂獣が出てくる可能性も否定できない。そろそろ脱出しなければならないだろう。
「……師匠……」
「大丈夫だって、ザッハ。あの筋肉おじいちゃんがそう簡単にくたばることは無いって! 死んでも死ななそうだし……」
「ふふ、パンナ酷いです……。ですが、そうですね。師匠なら心配はいらないでしょう」
「ええ、そうね」
「それじゃあ、パンナ、街へ帰りましょう!」
ザッハは私の手を握りしめると、笑顔で走り出したのだった。