第四十八話 魔王の娘!
「えっと、これを、どうぞ」
「…………」
私は、通路で倒れている筋肉質の老人に持っていた回復薬を渡そうとする。しかし、老人は虚ろな目をしたまま俯いたままだった。この人は、ザッハの師匠だったはず。一体こんなところで何をしていたのだろう。
私たちが孤島に降り、狂獣と戦いながら辺りを検索していると、いかにもというような宿屋ほどの巨大な扉が、立ち塞がっていた。しかし、幸いにも巨大な扉の隅に、通行用と思われる小さな扉があったため、その扉を強引にぶち壊して、孤島の奥へ侵入した。しばらく走っていると、ザッハの師匠と、どこかへ連行しようとしている魔族二体と対峙することになったという訳だ。
「パンナちゃん、どう?」
前に出て戦っていたアンゼリカが私たちの所へ戻ってくると、少し不機嫌な顔つきで覗き込んでくる。まぁ、彼女の気持ちも分からなくもない。ザッハにあんな態度を取ったのを見ているのだから。
「アンゼリカ、そっちは大丈夫だった?」
「あ、うん、全然平気。四天王とかに比べると、めちゃくちゃ弱かったし……」
その言葉を聞くや否や、ザッハの師匠はアンゼリカに飛び掛かった。
「ひゃあ!!」
死人が突然アンデッドになり襲い掛かる……そんな感じの場面が目の前に繰り広げられていた。流石のアンゼリカも老人の動きがあまりの突然だったため、肩を掴まれ成すがままに揺らされていた。
「お前たち、あの四天王と戦って勝ったのか!? そんなにひ弱そうな女なのに!?」
……うーん、酷い言われようである。
「ちょ、ちょっと! いい加減、私の肩から手を放しなさいよ。触っていいのはパンナちゃんだけなんだから!」
鋭い眼光でアンゼリカは老人を睨む。女性といってもアンゼリカは、元王国の騎士だ。アンゼリカの気迫で萎縮してしまったのか、老人のアンゼリカの肩からだらりと手を放す。
「……ザッハを救ってやってほしい……急がなければザッハなきっと……」
苦しげな表情で老人はそう呟いた。
「ザッハの居場所を知っているんですね? ザッハは何処にいるのですか?」
私が確認すると、老人は奥の通路に目を向ける。
「……この先に、巨大な広間がある。昔魔王が使用していたという玉座の間らしい。そこに、カガという魔族と一緒にいる……」
「カガ?」
「……カガは魔王に一番近い側近といわれている……」
「なんで、そんな奴とザッハが一緒に……?」
「…………」
老人は答えない。目を瞑り、頑なに口を閉ざしている。
「ザッハちゃんに暴力を振るったり、今度は助けてと言ったり、一体何なのよ……」
アンゼリカは、老人の様子を見て少し怒りを露わにしていた。しかし、ここで押し問答をしていてもしょうがない。私は、老人を通路の隅まで連れていく。
「私たちは、ザッハを助けに行きます。孤島の外には狂獣がまだ沢山います。ここも、どんな敵が現れるか分かりません。できれば、どこかで身を潜めていてください」
私はそう伝えると、老人に背を向けて奥へ走り始める。アンゼリカは、老人の様子にやれやれといった表情をすると、すぐさま私の後を追いかけてきた。
そして、その場に残された老人は、私たちが走り去った後、弱弱しく呟いた。
「……ザッハを頼む……」
*****
奥へ進んでいくと、大きな黒い扉が私たちの前に現れる。扉に刻まれている嵐のような漆黒の模様は、とてつもなく禍々しい嫌な印象を私に与えていた。
アンゼリカが少し扉を押すと、鈍い音と共に、少しだけ扉が動いた。
「パンナちゃん……どうやら、カギみたいなものは掛かっていないようだよ?」
「……そうね……」
私とアンゼリカは、再度、万全の体制で戦えるよう自身の装備を確認する。扉の向こうから感じる覇気は、間違いなく四天王と同等のものだった。ミチバと会った時に比べれば、私もそれなりにレベルアップはしている。それでも実力差を考えれば勝てる可能性はかなり低いと思っている。……なので、可能であればザッハを連れて逃げたほうが得策だ。
勇者様は、ヘリコプターというアイテムは凄かったが、おそらくあの体では戦闘向けではないだろう。それに、いまだに姿が現れない所を見ると、狂獣が邪魔で地上に降りることが出来ないのかもしれない。
ザッハの師匠の様子を見れば、急いだほうがいいだろう。今は、私とアンゼリカでなんとかするしかない。
「アンゼリカ、いい? 隙があったら、どっちでもいいからザッハを連れて逃げるわよ? 正直、四天王クラスの敵と戦うのは、もうこりごりだから……」
「うん、分かった、パンナちゃん。うまく、勇者様のヘリコプターに乗れれば、きっと逃げられると思う」
私とアンゼリカはお互い顔を見合わせると、目の前に扉に両手を掛ける。そして、足を踏ん張り、両手に力を入れると黒い扉は、重い音と立てながら徐々に開いていった。
扉の奥は、王様が居るような広間になっていた。年季を感じる赤い絨毯が広間の奥へ続いている。その奥に誰かがいるように感じるが、ここからでははっきりと見ることができなかった。
幸いにも、身を隠せるような柱が何本も部屋の側面に建てられており、私とアンゼリカは左右に分かれつつ、柱に隠れながら、慎重に奥へ進んでいった。
入口の扉が開かれたのだから、何者かが侵入したのは相手も分かっているはずだ。しかし、いまだに何も起こっていない。そのことが、私に不安を与える。しかし、もし、これが相手が私たちを見くびっているためのものであれば、そこに隙ができるのかもしれない。
慎重に広間の奥に進んでいくと、広間の中央奥の玉座らしきものに何者かが座っていた。
漆黒の衣を身にまとい、玉座のような椅子にふんぞり返っていた。少し短めで波のかかった黒髪をした、老人というには少し若い感じのする中年の男の容姿だった。おそらくあれが【カガ】だろう。
しかし、私の目は、その横にいた少女に釘付けになってしまう。
カガの横に鉄製の首輪を繋がれ、一糸纏わぬ姿で四つん這いの黒髪の少女がじっとしていた。その少女の表情には、私たちと一緒にいた時の面影は全く感じられなかった。
「ザッハ!」
ザッハの信じられない姿を見て、考えるよりも先に体が動いてしまった。軽率だったと後悔するが、仕方がない。私は、できるだけこちらに注意を引き付けるように、目の前のカガと対峙する。
何とか隙を作って、アンゼリカに繋げるしかない。
「ほぉ……魔王様のご友人ですかな? 海には魔族結界が張っていたはずですが、どうやってここまできたのですかな……?」
玉座に座るカガは、私を細めで睨む。目が合った瞬間、背筋が凍るような感覚が走る。しかし、流石に四天王と何度か対峙したのが幸いしたのか、覇気に飲まれるようなことは無く体は思い通りに動いてくれている。
「……そこにいる彼女を助けに来たの、放してもらえるかしら?変態さん」
「ほぉ、この状況でこの私に臆しないとは、余程の戦いを得てきたと見える、すばらしい……! しかし、残念ながら、魔王様を返すわけにはいかないのです。お引き取り願いましょうか」
「……?」
先ほどから、カガは、魔王様と誰かを呼んでいる。私はカガに注意しつつ、辺りを見回してみる。しかし、カガとザッハ以外特に、この広間からは他の人物は見当たらなかった。(アンゼリカは、上手く身を潜めているようだけど)
「……くっくく……知らなかった……ということですか? いけませんね魔王様? ご友人に隠し事などとは、これは厳しい罰が必要ですぞ」
そういうと、カガは手に持っていた鎖を激しく手前に引っ張った。その鎖はザッハの首輪に繋がれており、四つん這いのザッハは、カガの方へ強引に引っ張られる。
「きゃあ……!」
小さな悲鳴が、広間に響き渡る。カガの足元で倒れているザッハは、虚ろな目でこちらを向くと、恐怖の目で私を見た。
「……なんで……パンナが……ここに……?」
ザッハは信じられないというような表情だった。
「魔王様、せっかくなので、魔王様の口から、ご友人に貴方の正体を打ち明けては如何でしょうか?」
カガの言葉を聞いたザッハは、両手で耳を塞いで頭を激しく振るう。その様子をカガは満足そうに眺めていた。そして右手を掲げ、持っていた鎖を上に引っ張った。ザッハは、半分首つりのような状態でカガの前で棒立ち状態になる。
「魔王様、もし、ご自身で正体を打ち明けたのでしたら、この者たちを見逃しても良いのですよ……?」
その言葉を聞いて、ザッハは涙を流す。しかし、その涙は直ぐに止まると、その瞳からは光が失われてしまった。
「……ごめん……なさい……私は……魔王の……娘なんです……」
「……魔王の……娘……!?」
「騙していて……ごめんなさい……パンナ……アイス……アンゼリカ……」
信じられなかった。でも、今の状況を考えると、信じざるを得なかった。これなら、ザッハがここに連れてこられた理由も納得する。
「人間の娘よ。分かったか? 魔王様との約束ですから、お前は見逃してやろう。今日の私は気分が良いい。早々に立ち去るが良い」
「……少しだけ、聞いてもいいかしら?」
衝撃の事実に戸惑うも、私はカガに話しかける。
「私に質問……? ほぉ……まぁよい、特別に答えてやろうぞ」
「……どうして、魔王様なのに、そんな格好にさせているの……? 魔王様だったら崇拝すべき対象じゃないの……?」
私の質問に、カガの態度は豹変する。
「く、くくく、この魔王様を……崇拝……ですか……?」
突然、カガは目の前に吊るしていたザッハの背中を勢いよく蹴り飛ばしたのだ!
「ぎゃあああ!!」
小さな悲鳴を上げ、ザッハの体は玉座の前の床に叩きつけられる。口からは、少しだが血が垂れているようだった。
「な……! ザッハに何するの!?」
ザッハへの酷い仕打ちに、そろそろ私の我慢も限界になっていた。カガは、そんな私たちを見て楽しんでいる様子だった。
「魔族を裏切り、【人と共存の道を歩もうとした魔王】の何処を崇拝するというのですか……?」
ザッハと私を見下すカガ。その発言からは憎しみの感情が現れていた。




