第四十六話 勇者様の職業!
熱く湧き上がる血の呪縛から、私は何とか自分の体を取り戻そうと試みる。しかし体中が激痛に苛まれる中、どんなに意識を集中しても体の自由どころか指一本私の思い通りには動かなかった。ただ、唯一目だけは自由に動かすことができた。自分の無力様を痛感し、私は涙を流しながらカガに懇願する。
「(どうか――、勇者様を殺さないで下さい――)」……と。
そんな私の懇願姿を見たカガは不敵な笑みを浮かべると、宝玉に翳していた右手を少しだけ遠くに離した。その途端、私の体はその場で壊れた人形のように停止する。
「あ……、はぁ……はぁ……」
「魔王様、取引といきましょうか?」
「……え……と、取引……?」
「はい。いえ、簡単なことです。これより先、私と共に大人しく着いてくる……のであれば、その老いぼれの命だけは助けましょう。如何ですか?」
悩む必要なんて無かった。私だけ犠牲になれば、勇者様の命は助かるのだから。
「……分かりました……貴方の言うとおりにします……」
弱々しく応えると、その様子に満足したカガは、宝玉から完全に右手を離す。周りの瘴気はみるみる宝玉に吸い込まれていき、しばらくすると、この場所は元の静かな森林の姿に戻っていった。
「それでは、参りましょう。魔王様」
カガが、私に向かって右手を上げると、私の体が宙に浮かび始める。私は、その魔力を黙って受け入れる。
「パンナ……アンゼリカ……そして勇者様……ごめんなさい……。いままで、ありがとう……」
私は、誰にも聞こえぬ謝罪と感謝を呟いた。そして、私の体は、カガの横へと引き寄せられた。
「それでは、参りましょう。魔王様」
「……待って、ゆう……いえ、あのおじいちゃんは本当に……助けて……」
「もちろんですとも、大人しくあの老いぼれが、この場を去れば……ですが、私はこれでも、魔王様の補佐を勤めてていたものです。人間との約束であっても必ずお守りしましょう」
「……分かった……私も……約束は守る……」
私は、黙って目を瞑ると顔を伏せる。カガは私の肩を掴むと宝玉を天にかざし、空高く舞い上がっていく。上空へ行くに連れて、強い風が体に吹きつけてくる。私は、細目を開けて、辺りの様子を確認する。すると、突如目の前に、地上では見たこともないような巨大な黒竜が現れる。恐らく、魔界から召喚された竜なのだろう。
「それでは、しばらく空の旅をお楽しみ頂けますでしょうか、魔王様」
竜の背に乗せられた私は、カガの隣で弱々しく頷くことしか出来なかった。
*****
「おい、このジジイどうするんだ?」
竜の顔と人の体を持った魔物二体が、倒れた勇者の周りを囲んでいた。
「一応、島に到着したら処分していいって、カガ様がいっていたな……」
「くそ!なんで俺たちが、こんなジジイの後始末で、こんな所に残んなきゃなんねーんだよ」
二体の魔物は、不満そうな顔をしながら愚痴を溢していた。そして魔物たちは、しばらくの間辺りを警戒しながら周り歩いている。
「……おい、なんか妙に静かじゃねーか?」
辺りが異常に静かな事に気がついた魔物が、首を傾ける。
「……そういえば、生き物の声どころか、風の音すらも聞こえねぇぞ……」
二体の魔物は、背を合わせる様な配置を取ると、辺りの警戒を更に強める。
「!? お、おい、ジジイが居ないぞ!?」
「な、なんだと?」
先程まで勇者が倒れていた場所には、最初から何も無かった、誰も倒れてはいなかったように静まり返っていた。
「疾風に勁草を知る……お主自身、自分の価値に気がつくことが出来るかのぉ……」
突然、背後から声がして、慌てて振り向く魔物達。そこには、ザッハが連れて行かれた空を眺める勇者が悠然と立っていた。
「このジジイ、いつの間に……!?」
魔物たちは武器を構え、勇者との距離を少しずつ縮めていく。そんな魔物の警戒などお構いなしに勇者は、魔物の方へと振り向く。
「さて、それでは申し訳ないが、お主達には、ザッハちゃんが何処に連れて行かれたか聞くことにしようかのぉ……」
小さく儚い年寄りの体とは対象的に、魔物を見るその眼光からは恐ろしい覇気が発せられていた。
*****
「ゆ、勇者様、何処にいってらっしゃったのですか!?」
息を切らせながら、宿場町に戻ってきた勇者様を見つけ、私は胸を撫で下ろす。
「ほっほっほっ、少しばかりザッハちゃんと、あの山で森林浴をしておったのじゃよ」
「そ、そうなんですか……あの、出来れば今度出かける時は、何か書き置きをして頂けると助かります……」
疲れた顔で、私は勇者様にお願いをする。
「おお、すまんかったのぉ」
勇者様は相変わらずの笑顔で、私に頭を下げる。毒気を抜かれた私は、やれやれといった思いだった。
「あ、パンナちゃん! 勇者様見つかったんだね!良かった~~~!」
手分けしてザッハと勇者様を探していたアンゼリカが、私の傍らにいる勇者様の姿を見ると、安心した様子でこちらに合流する。手元には何やら、袋のような物を持っていた。
「はぁ……やっと落ち着けるよぉ~~、王都中をひたすら駆け回っていたから疲れちゃったよ」
そういうと、アンゼリカは持っていた袋から、何かの果物の実を取り出す。
「探している途中で、マカロンの商人さんが実演販売していてさ、美味しそうだったから買って来ちゃった。この街の特産品だって!はい、パンナちゃん、勇者様もどうぞ!」
手際良くアンゼリカは私と勇者様に、果物の実を渡す。
「あんたねぇ……。あら、美味しいわね」
私は呆れつつも、果物の実から発せられるほのかな甘い香りにつられて、一口かじり付く。濃厚な甘みのと、ほのかな酸味、そしてスッキリとした果汁が、走り回って乾いていた喉を潤わせてくれた。
「……もぐもぐ……おお、これ美味しいね~~~。あれ、そういえばザッハちゃんは? 勇者様知ってます?」
「おお、ザッハちゃんなら、魔王の幹部に連れ去られてしまったぞい!」
「ぶっ!!」
「ぶっ!?」
その言葉を聞いたとたん、私とアンゼリカは口に入れた果汁もろとも吹き出してしまう。
「ちょっ、ちょっと!? 勇者様、それは本当なのですか!? ど、どこに!? ザッハは何処に連れて行かれたのですか!? それに魔王の幹部って、いったい何者ですか!?」あまりの急展開に私は混乱するも、勇者様の肩を掴み激しく揺らしながら、まずは事の真相を確認しようとする。
「こ、これ、余り年寄りを揺らすものでは無いぞ……行き先は、親切な魔物が教えてくれたから、大丈夫じゃよ」
「……し、親切な魔物!?」
勇者様の話す内容はツッコミどころ満載な状況だったが、まずはザッハの安否が心配だ。私は勇者様にザッハの行き先を確認する。
「そ、それで、ザッハは何処に?」
「聞いた所によると、どうやら、この街からずっと北に向かい海をでた先にある孤島とのことじゃ」
「孤島……ですか? アンゼリカ、何か分かる?」
あまりマカロン王国に詳しくなかった私は、アンゼリカに確認する。
「確か、魔物が出やすいって噂の誰も居ない無人の島があったはずだけど……そこじゃないかな……?」
「そう、そこまで、どれ位で行けそう?」
「乗り物を使っても海際まで、山を越えないと駄目だから二日はみないと……、それに、そこから船ってなると……そもそも、船が出ていないハズだから、そこから島まで行く船を見つけないと駄目かも……」
「そ、そんな……」
魔物たちは、何か飛べる狂獣を準備していたのかもしれない。生憎だが、今の私たちに、直ぐにザッハを助ける手段は無かったのだ。
ああ、こんな事になるなら、ザッハを一人にしておくんじゃ無かった!私は、ザッハを一人にしておいたことを激しく後悔した。
「ふむ……それなら……何かワシの力で使えそうな者はないかのぉ……」
落ち込む私に、勇者様が声をかける。
「勇者様の力……ですか?ちょ、ちょっと調べて見ます!」
私は、魔導書【攻略うぃき】を手元に召喚すると、勇者様の特技の項目を探し始める。
……SR以降のレア勇者様の場合だと、職業別などで細かい能力やスキルが分かり易く魔導書に記載されていた。
「そういえば、勇者様って、職業はなんですか?」
「ん?ワシか、ワシは元天皇で、いまはただのじいさんじゃよ」
「てんのう……てんのう……ですか……ちょっと調べてみます」
私が調べていると、横からアンゼリカが勇者様との会話に割り込んでくる。
「勇者様、てんのう……ってどんな職業なんです?」
「ああ、そうじゃのう……こちらの世界でいえば、国王という感じかのう……」
「ぶっ!!」
「ぶっ!?」
またしても、勇者様の発言で私たち二人は吹き出してしまう。
「えええええ!? 王様? おじいちゃん異世界の王様なの?」
驚きのアンゼリカ。いや、私もまさか異世界の王とは思わなかったので驚愕しているけど。
「ほっほっほっ、元じゃが、そうじゃよ、凄いじゃろ?」
そんな私たちの驚きを知ってか知らずか、勇者様はその場にしゃがみ込むと、アンゼリカが持ってきた果実を食べ始める。悪いけど、とても異国の王様という感じには見えなかった。
「あ……! あった!」
そんな事を思いながら、魔導書で配当項目を探し続けた私は、【天皇】の項目をやっと見つけ出すことができた。しかし、解説は異世界の言語だろうか……?難しい文字が立ち並び、私にはほぼ理解できなかった。
【疾風迅雷】……ってなんだろう……。
私はその場でしゃがむと、果物を食べている勇者様に魔導書の該当ページを見せる。
「ねぇ、勇者様、この辺で何か使えそうなスキルってありませんか?」
果実を食べ終えた勇者様は、私が開いている魔導書を覗き込む。
「ふむ……ふむ……」
私とアンゼリカは、不安な表情をしながら、勇者様の様子を見守る。
「ほうほう、これならいけそうじゃのう……」
一通り目を通した勇者様は、何か良いスキルを見つけたらしい。
「勇者様! 島に行ける何か良さそうなスキルがあったんですね? 飛ぶ魔法? それとも転送魔法かなにかですか?」
興奮気味に私は、勇者様に問いかける。
「ふむ、そういったスキルではなく、1日1回異世界の道具をこちらに召喚できるとスキルというものがあるとのことじゃ!」




