第四十五話 魔王復活の前兆!
「……私は、魔王の娘……」
私は、ヨボヨボの小さな体の勇者様に、ポツリポツリと話し始める。
この話は、アンゼリカやアイス、パンナにも話たことは無かった。知っているのは、きっと私と師匠だけだろう。
「……本当の話かどうか……、それに、どうやって生まれてきたのか詳細は分かっていません……」
「ふむ……」
「……でも、私が魔法を使う度に感じるんです……。自分の中にある魔物に……。天性の魔力というのは、親の魔力が強大で無いと生まれないといいます」
「……私は物心付いたころから、他の魔道士が修練して得るくらいの同じくらいの魔力を持っていました。それに数々の闇魔法を使う事ができた……。それは間違いなく、人の力を越えた強力な物です……」
私の話を、勇者様は驚くことも無く黙って聞いてくれていた。
「……だから、私が魔王の娘という師匠の言葉を聞いた時も、ああ、そうなんだってすんなりと受け入れる自分がいました。魔王は世界中の人々を沢山傷つけてきた。だから、もし私が娘であるというなら、罰をうける時が来たのかな……」
私は、森の木々に囲まれた空を見上げて、師匠と喧嘩別れしたときの事を思い出す。
*****
私は、物語に出てくる勇者様に憧れていた――。
いや、正確には、勇者様が行う『行為』に憧れていたのだろう――。
幼い心に強大な魔力と黒魔法を扱えた私は、人助けという甘美な誘惑に誘われてしまっていたのだ。
この力を使えば、皆を助けられる。そして、皆が私に感謝してくれるって。
そんな想いを胸に秘めていた私は、ある日、旅に出て困った人たちを助けたいと師匠に相談することにした。
師匠は、私の志を喜んでくれると思っていた。しかし、結果としては、全く真逆だった。師匠は今まで見たこともない形相で激怒し、私の話を聞くこと無く施設の外れにある重謹慎室に放り込んでしまう。
重謹慎室は魔力が封じられた結界で出来た狭い牢獄のような建物で、当時まだまだ未熟だった私は、部屋の中で泣きわめきながら師匠に許して欲しいと訴えて続けた。
そして数日後――。私はやっと重謹慎室から開放された。
それから、私は考えた。どうして、師匠はあそこまで激怒したのだろうか。ああ、きっと私がまだまだ未熟で、驕り高ぶっていたのだろう――。そう結論づけた私は、それからは師匠に内緒で、独自の黒魔法の修行を始めることにした。
最初は上手く行かなかったのだが、毎日毎日、何百何千という魔法鍛錬を試行錯誤していく内に、どんどん魔力が上がっていくのを実感することができた。もちろん、師匠にはバレないように魔力を制御する修行も怠らなかった。
そして、あの日――。私は、師匠に再度申し出ることにした。
『世界を旅して、困っている人を救いたい』と。
師匠は、あの時と同じように激怒すると、拘束魔法を使って私を拘束し再び重謹慎室に閉じ込めようとする。
しかし、あの時とは決定的に違う事があった。それは、私の魔力が、師匠の力を既に越えてしまっていた事だった。
私は、師匠の拘束魔法を自力でぶち破ると、その足で師匠の元に行き問い詰めた。
「……師匠、どうして私が世界の人々を救っては駄目なのですか……?」
床に倒れた師匠は、弱々しくもハッキリと呟いた。
「……それは、お前が魔王の娘だからだ――。その力を使えば、魔王に飲まれてしまうのだ!」
「……!? 魔王の娘……?」
突然の師匠の言葉に、私は動揺する。その後、師匠を問い詰めるも、師匠は私に目を背けると、『その力は絶対に使ってはならないと』と繰り返し同じことを喋るだけだった。
でも、その時の師匠の態度、そして自分自身が感じている自分の魔力が、『魔王の娘』という師匠の言葉が嘘ではないとうことを証明していると悟るには十分だった。
結局、私は、その後、直ぐ師匠の養成所を飛び出して一人旅を始めることにした。
それは、師匠や養成所の皆に迷惑をかけたくないという想いと、決して魔王の力に溺れない実力を身に着けたいという想いからの行動だった。
しかし、魔力が強いだけでは、生きていくことは難しかった。そんな自分に嫌気が差した頃だった。あの二人に会ったのは――。
パンナとアイス、私の信頼する冒険仲間だ。
それから二人と一緒に数年、私はこの力に飲み込まれること無く冒険者を続けてきた。だからだろうか、今度は師匠は認めてくれる――、そう思ってここに戻ってきた。
*****
「……えっ……?」
気がつくと、勇者様が私の目の前に、ヨボヨボな手で真っ白なクロスを差し出してくれていた。
「ほっほっほっ、可愛い顔が台無しじゃよ」
「勇者……様……?」
私は自分の頬に手を当てる。そこには温かい涙が、瞳から零れ落ち続けていた。自分でも気がつかない内に、過去を思い出していた私は泣いてしまっていたのだった。
「……ぐすぅ……ありがとう……勇者様、くちゅん……ずずず――……これ、後で洗って返すね……」
私は、涙と鼻水で汚れたクロスを、服のポケットにしまう。
「今の話、二人には話さないのかね?」
勇者様の言葉に、私は顔を左右に振る。
「……怖いの……二人が師匠と同じように離れていってしまうのが……」
「ふむ、そうか……ワシの見立てでは、あの二人なら良い相談相手になってくれるとおもうのじゃがのぉ」
「……うん……パンナとアンゼリカ……二人を信頼していない訳じゃない。……でも、やっぱり怖いの……もしも、師匠の様に私の見る目が変わると思うと……」
「ふむ、そうか……、それでは、このまま二人には話さないでおくのかのぉ?」
「…………」
そこで、私と勇者様の会話は途切れてしまう。私自身、この力を、これからどうしたら良いのか分からなくなってしまっていたのだ。
日差しが差し込む森林に、静寂が訪れる。私は、これからの行動に答えを見つけることが出来るのだろうか……。
「……えっ……!」
突然、周りの樹木が大きく揺れ始めると、この森林全体がざわめき始める。
「……な、なに……?」
私は辺りを警戒する。とてつもなく強力で嫌な感じの魔力が、この森林全体を覆い始めているようだった。
「……勇者様、ここは危険……!」
私は、勇者様の手を取り、急いでこの場を離れようとする。しかし、そんな私たちに突然の突風が襲いかかってくる。
「キャァ!」
その凄まじい衝撃に、私は勇者様と繋いだ手を離してしまい、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「……勇者……様……」
何とか勇者様を助けようと、飛ばされた勇者様に手を伸ばし、体を引きずり動こうとする。すると、あれほどまで吹き荒れていた突風は突如消え去り、背後から何者かの声が聞こえた。
「――何処に行かれるのですか? 魔王様――」
その声は、とても低く冷たく、冷徹な響きだった。私の全身の毛穴から冷たい汗が吹き出るような、それほどまでの恐ろしいまでの殺意が感じられた。これほどまでの殺意は、戦った魔王の四天王との戦いでも感じる事はなかった。恐らく、私の後ろにいる者は、魔王の四天王と互角以上の力の持ち主に違いないだろう。
横目で遠くの勇者様の様子を見る。 微かだが呼吸をしている様子で、どうやら、気を失っているだけのようだった。直ぐに殺さないということは、何か目的があるのだろう。そう考えた私は、なんとか勇者様だけでも助けようと、その場で立ち上がると後ろを振り向いた。
「……私たちに、何か用ですか……?」
震える手を抑えながら、私は目の前にいる者と対峙する。
目の前には漆黒の衣装を身に纏った人物が立っていた。見た目は人間でいえば30代位だろうか、金色の長い髪、冷徹で鋭い眼つきを持った青い瞳、そして何より左手に浮かんでいる恐ろしいまでの魔力を持った宝玉が、彼の強さを表していた。
「おや、これは失礼いたしました。私の名はカガといいます。是非お見知りおきを、魔王様」
「……魔王様……って私のこと……? それは勘違い……」
「ほぉ、そうですか? ふむ、なるほど、では、これでどうでしょう?」
カガと名乗った男は宝玉に右手をかざすと、宝玉からは黒い霧のような物が噴出し、私の周りを包み込んでいく。
「……! がぁ……あああ……」
突然、私の体が悲鳴を上げる。体が焼けるように熱くなっていき、呼吸すら満足に出来なくなってしまう。あまりの苦しさに、私はその場にひざまずいてしまう。
「これは、魔王様の復活の際に利用する瘴気なのですが、貴方の中に眠っていた魔王の力も少しは目覚めたはずですが、如何でしょうか?」
「う……ううう……」
私は両手で自分の肩を抱きしめるように握り掴む。気を許せば、何かに意識を持っていかれそうだった。意識だけは何とか持っていかれまいと、集中する。
集中力が増し意識を保とうとすればするほど、体中の血液が沸騰し骨のあちこちが軋むような激痛が私を襲ったのだ。
「ほう……流石ですね。確か人の娘と混血児と聞いていましたが、人の体も中々強靭ではないでしょうか。正にトレビアーンでしょう!」
「……う、うう……」
「それでは、もう少し瘴気を強くしてみましょうか?」
カガの一声を聞いた私は絶望する。きっと、これ以上の苦しみには私の精神が耐えることができない。
そう思った矢先、体が引き裂かれるような一瞬の痛みと共に、私の意識は闇に飲まれてしまったのだった。
*****
「…………?」
どの位時間が経ったのだろうか。
私は意識を取り戻す。私は立っていた。でも、何処かおかしい。私の手、足、体は動いている。私の意思とは無関係に。
「どうですか、闇の正気に体を奪われた感覚は? とても居心地が良いのではないでしょうか?」
「う、うう……」
必死に抵抗しようとするも、微かな呻き声を上げるのが精一杯だった。自分の意思とは無関係に体が動くことが、こんなに気持ち悪いなんて思わなかった。
「ふむ、どうやら、まだ抵抗する気力は残っているようですね」
不満そうな顔のカガは何かを考えていたが、やがて遠くに倒れている勇者様に目を向けると、不敵に微笑んだ。
「そうですね、それでは魔王様、そこの老いぼれを始末して頂きますでしょうか。何人か同方を殺せば、魔王様も踏ん切りがつくでしょう」
私の体は、私の意思とは無関係に、黒魔法を詠唱し始める。しかも、その魔力は、自分でも驚くほどの強大な魔力だった。もしも、このまま魔法が放たれれば、勇者様もろともこの辺り一体吹き飛ばしてしまうだろう。
「(……お願い、誰か……止めて……!)」
涙を流すことすら出来ない私は、ただひたすら自分の無力を呪い、誰かの助けを求めるのだった。