第四十一話 それは優しいキス!
冒険者にとって、冒険中に命を落とすということは他の誰のせいでもない、自己責任だ。
冒険者になって、冒険に出るということは、そういうことなのだ。
どんなベテランの冒険者であっても、簡単な罠に引っかかったり、自分より力の弱い狂獣に倒される事も当然ある。
それは、仕方のないことなのだ。
*****
コウメちゃんの言葉に、私の動きが一瞬止まる。その瞬間、狂獣の鋭い触手が、私に襲いかかっってきた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
強い衝撃が襲うと、私は、そのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。
―――ああ、私、死んでしまったの……?
そんな考えが頭の中を一瞬よぎると、耳元の大きな声で我に帰る。
「パ、パンナちゃん! 大丈夫!?」
覆いかぶさるように、アンゼリカがうずくまっていた。触手が襲いかかる寸前、アンゼリカが身を挺して庇ってくれたのだ。
「ア、アンゼリカ! あ、ありがとう……」
「パ、パンナちゃんこそ、大丈夫? 動きが変だったよ、た、たて……」
アンゼリカは、立ち上がろうとしや矢先、そのまま倒れてしまう。
「ア、アンゼリカ!」
倒れたアンゼリカの背中を見ると、背中がざっくりと切り裂かれ、大量の血が流れ出していた。先程の鞭のような触手の攻撃にやられてしまっていたのだ。
私の顔から血の気が引いていく――。
【早くアンゼリカを助けなければならない】
周りの見えなくなってしまった私は、全ての魔力を集中して、アンゼリカの傷を治そうとする。しかし、その隙きを、狂獣は見透かしたように数本の触手が、うねりをあげて私たちに襲い掛かってくる。
「……パンナ! アンゼリカ!」
少し距離を置いて後方支援をしていたザッハが、何とか魔法で触手を追撃しようとしたが、触手のスピードはザッハが放つ魔法よりも素早く動き、当てることができなかった。
アンゼリカの治療のことで頭がいっぱいだった私は、ザッハの声で気がつくも触手は既に私の目前に迫り、もはや避けることすらできそうになかった。
――そう、冒険者にとって、ちょっとしたミスや混乱が死を招いてしまう。
「アンゼリカ!」
私は、反射的にアンゼリカを庇うように、覆いかぶさった。
せめてアンゼリカだけでも!そう思った私の体は、勝手に動いてしまっていた。
「――!!――」
その瞬間、突如巨大な熱風が覆いかぶさっている私の背中を襲う。背中に熱い油を注がれる直前のような、そんな熱さを感じた。しかし、感じるのは熱風だけで、体を打たれたような衝撃や、貫かれたりするような痛みは全くない。
私はアンゼリカの無事を確認すると、顔をあげて熱風を感じる方向を、手をかざしながら振り向いた。
そこには、巨大な黒い闇の渦があった。見ているだけで、闇に吸い込まれそうな漆黒の渦の球体。いままで、たくさんの冒険をして沢山の魔法を見てきたが、これほどの魔法は見たことがなかった。
「あまり、調子にのらないでほしいな」
そこには、先程の感情の無い目をしたコウメちゃんが立っていた。そう、その漆黒の渦の球体は、コウメちゃんの右手から放たれていたのだ。そして、その大きさは更に大きくなっていく。
「消えちゃえ!」
低い声で、コウメちゃんが叫ぶと、その球体はコウメちゃんの右手から放たれ、触手が出現した洞窟の入り口目掛けて、一直線に進んでいった。洞窟からでていた狂獣の触手は、その漆黒の渦の球体に触れた途端、蒸発したように消えていく。洞窟の底からは、今まで聞いたことのないような、狂獣の断末魔のような怒り狂った声が鳴り響いている。
その漆黒の渦の球体は、洞窟の入り口すらも飲み込んでいく。そして、洞窟に更に巨大な穴を開け続け少し経つと、狂獣の断末魔が聞こえなくなった。どうやら、狂獣の本体も飲み込んでしまったようだった。
「大丈夫? パンナお姉ちゃん?」
コウメちゃんは、私に手を差し伸べる。ただ、その目はやはり、感情はないように感じた。私は、差し伸べられた手を握ると――
「ごめんなさい――」
そう、話しかけるのが、やっとだった。
コウメちゃんを見上げると、キョトンとした表情で私を見ていた。
「……まさか、謝られると思わなかったよ。てっきりさっきの冒険者もろとも消しちゃったから、すごい勢いで怒られると思ったんだけどね」
「ううん、ごめんなさい。コウメちゃんがいなかったら、少なくとも私もアンゼリカも死んでいたと思うから……」
これは、私の失態だ。他人を助けるために、仲間を危険な目に合わせてしまったのだ。助けられると思って指示を出してしまった、私の怠慢だ。
それに、もしかしたら、躊躇せず戦っていれば、誰か一人くらいは助けられたかもしれない。
私は、「――もしも――……だったら――」という無限の後悔に陥っていた。
「こら! コウメちゃん! パンナちゃんをイジメたら、駄目じゃない!」
私の回復魔法で立てるくらいまで、回復したアンゼリカが、コウメちゃんに詰め寄って抗議していた。
「え? で、でも! パンツのお姉ちゃん!」
アンゼリカに詰め寄られたコウメちゃんは、いつものコウメちゃんに戻っていた。
「いい?コウメちゃん。冒険者ってのは、助け合いも大事なのよ。そりゃぁ、今回のようにどうしようもないケースがあるのはしょうがないけどさ、最初から見捨てるような考えは、私は感心しないよ」
「でも、死んじゃったかもしれないんだよ?」
コウメちゃんは、少し怒ったように抗議をする。
「まぁ、そうだね。でも、私は恨まないよ、それで死んじゃっても。だって、端から人を見捨てるようなパンナちゃんだったら、私はここにいないしね」
「……うん……そうだね……」
私たちに合流した、ザッハが、頷いていた。
「ふぅん……。なるほど、そういうものなんだ……」
コウメちゃんは、少し気難しい顔をしつつも、ある程度は納得のいった顔をしていた。
「でも、ありがとね、コウメちゃん。パンナちゃんを助けてくれて。あの冒険者達には悪いけど、助けられる状況じゃなかったし、しょうがないよ」
アンゼリカが、そう締めくくると一気に緊張の糸が切れ、私はそのまま倒れてしまった。
「パ、パンナちゃん!? 大丈夫!?」
「うん……少し疲れちゃった……」
私は、そのまま目を瞑る。
「そうだね、もう狂獣の気配は感じないし、少しゆっくりしていいんじゃないかな」
コウメちゃんはそういうと、その場にしゃがみこんで、荷物の中から水の入った筒を取り出して飲み始めた。
「……じゃあ、少し洞窟があった場所を見てくる。何か報告できるような狂獣の残骸があるかも……」
そういうと、ザッハは大穴の空いた洞窟の中に入っていった。
*****
それから、しばらく休んだ後、私たちは迷宮を出ることにした。触手の狂獣を倒したことで、【魔物の迷宮】の効力が無くなったのか、すんなり私たちは迷宮を出ることができた。
誰一人喋ることがないまま、街につくまでただひたすら歩いた。
街に戻ると、ザッハはギルドへ報告をしにいった。
残念ながら、私たちより先に進んでいった男たちのパーティーの遺品らしき物はなく、狂獣の触手の切れ端のみを討伐の証拠として、ギルドへ提出することにした。
私たちは、ギルド前に設置している、長椅子に座り込む。会話はなく、ただザッハの帰りを待っていた。すると、アンゼリカの隣にいたコウメちゃんが、立ち上がった。
「いろいろあったけど、良い経験が出来たよ。僕は、一度知り合いの所に戻る事にするよ」
「うん……分かった……」
私は顔をあげ、コウメちゃんに頷く。
「もし、また機会があったらまたパーティーに入れてね」
そういうと、コウメちゃんは、そのまま街の外の方に走っていってしまった。私は、ただ呆然とコウメちゃんが去っていった方向を眺めていた。そして、私は重要な事に気がつく。
「……あ……! 報酬分配していないのに!」
いつもは日替わり勇者様とのパーティーだったので、分配を気にすることはなかったのだが、うっかりしていた。
「また会えるんじゃない? その時に渡すようにしたら?」
「そ、そうね……アンゼリカ……」
私はそういうと、また深い溜め息をつくのだった。
*****
夕食後、私は宿を抜け出し、少し開けた場所でしゃがみこんで空を見上げていた。 街の灯りも少なくなっていて、星が一段と輝いて見えていた。
星をみていると、少しだけ心が落ち着く。
「あ、パンナちゃん、ここにいたんだ!」
地面にしゃがみこんだ私を見つけたアンゼリカは、私の横にくると座り込んでくる。
「横、いいかな?」
「いいも何も、もう座ってるじゃない……」
「まぁ、そうなんだけどさ」
他愛もない会話だったが、なんとなく元気付けられている気がした。多分、アンゼリカなりの、気配りなのだろう。
「……背中の傷……大丈夫?」
「あ、うん!パンナちゃんが応急処置してくれたから、もう普通に動かせるよ」
アンゼリカはニコニコしながら、両手をぐるぐると回す。
「そう、良かった……」
私は、再び空を見上げる。
「ねぇ、アンゼリカ……私は、良かったのかな……」
私は、アンゼリカに問いかけてみる。
「え……?ああ、まぁ良かったんじゃない? さっきもいったけど、仲間を思ったり、他人を助け合う心は大事だと思うんだよね。まず、みんなを助けようと思ったパンナちゃんは、私は間違っていないと思うよ」
アンゼリカのその言葉を聞くと、少しだけ目がうるっとしてしまう。 私は、顔をアンゼリカの肩に寄せる。
「パ、パンナちゃん!?」
突然、私が寄り添ったので、アンゼリカは驚いてしまった様子だった。
「……ありがとう……少しこのままでいい?」
「……う、うんうん、いっ、いくらでもどうぞ!!」
そして、少しだけ私は、アンゼリカの温もりを感じさせてもらった。
「……あ!そういえば、パンナちゃん、約束……!」
「約束?」
「そうそう……ほ、ほらキスしてくれるって……!」
そういえば、そんな約束をしていた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……どこに……してほしいの?」
「……え? ……あ、うん、じゃ、じゃあ…お口にしてもらおう……かな?」
半分、冗談交じりで話すアンゼリカ。
私は、そっとアンゼリカの唇に唇を近づけ、そして優しくキスをするのだった。