第三十九話 お嫁に行けない!
私たちは、街の少し外れにある、魔物の迷宮の入り口の前に来ていた。
入り口といっても、特にそれらしい古代文明のような建造物のようなものはなく、一見すると普通の山道のようにしか見えなかった。しかし、入り口には大きな看板が立っており「この先、魔物の迷宮につき危険!」と注意が書かれていた。
それもそのはずで、何の知識も準備もなくこの魔物の迷宮に入ったが最後、迷って出てこられずに餓死するケースや、徘徊する狂獣に襲われ死ぬケースも、かなり多かった。ギルドの依頼にも、この付近で行方不明になったパーティーの捜索が多かったのを思い出す。
今回、私たちが依頼を受けたのは、この迷宮に住みついている狂獣の討伐だ。特に、この迷宮でしか見ない奇怪な種が多いとの事だったので、珍しい狂獣を数匹サンプルを持ち帰れば、それなりの報酬を受けられるとのことだった。
この件でいえば、ギルド側でも対応が後手後手になってしまって、迷宮の実態をまったく把握できていない感じだった。その為、今は何でも良いので情報が欲しいのだろう。
私たちが、この迷宮に挑戦するのは今回で7回目だった。毎回それなりに進んでいると思うのだが、偶に現れる狂獣もどこかでみたようなものばかり、その上、勇者様のタイムリミットで一人減ってしまった途端、進んでいるつもりが入り口に戻ってきてしまうという、まったく成果のない状況を繰り返してしまっていた。
この迷宮独自の罠のような、4人以上のパーティーでないと奥へ進めないという条件が結構いやらしい。パーティーによっては、迷宮からの脱出が困難になると、仲間が3人になるまで殺し合うことも珍しくないという話も聞いた。別名「パーティー・クラッシャーの迷宮」と冒険者の間では、噂になっている。
今までは、日帰り勇者様の影響で時間制限で戻されてしまっていたが、今回は違う。コウメちゃんがパーティーに参加してもらったため、慎重に進む必要があるだろう。今までのように時間が来たら、入り口に戻ってしまうこともないが、戻れずに全滅するリスクも高くなっている。
「それじゃあ、みんな準備はいい?」
私は、迷宮の入り口を指し示す特殊な磁石の道具を確認しつつ、みんなにも確認をした。
「……大丈夫……」
「僕も大丈夫だよ」
「…………」(キョロキョロ)
一人だけ、挙動不審な行動をしていた。短めのレザースカートを両手で上下で抑えながら、周囲を警戒している。頬は真っ赤になっていた。
「大丈夫よ、アンゼリカ。前回も殆ど誰にも会わなかったじゃない……」
「う、うん……。そ、そうだよね。パンナちゃんに見られるなら平気……かな……」
そういうと、アンゼリカはちょっと安心したようだった。
「うぅ……、でも、なんかスースーして落ち着かない……」
そんなアンゼリカの足元に、黒くて丸い小さな物体が転がって来た。
「あ、パンツのお姉ちゃん、それ魔法の触媒なんだけど、拾って貰えるかな。」
「あ……うん、これね」
もはや、パンツのお姉ちゃんと呼ばれても怒る気力が無くなるほど注意が散漫しているようだった。
アンゼリカが、足元の触媒を拾おうとしゃがみこもうとする。その時、偶然? にも後ろから男たちのパーティーがやってきた。
「お? 姉ちゃん達、また迷宮にチャレンジするの――か……」
その瞬間、男たちのパーティーの視線がアンゼリカの後ろ姿に集中する。
振り向いたアンゼリカは、男たちの視線が自分の尻辺りに集中していることに感づくと、みるみる顔を真っ赤にして、スカートを両腕で再び押さえつける。
「あ、あの……もしかして……みましたか……?」
アンゼリカは、恐る恐る後ろのパーティーに確認をする。 男たちは、無言のまま顔を振って見ていないことをアピールした。
「イイエ、ナニモミテマセン」
「ひっ! ……う……う……うわーん……!! もう、お嫁に行けないよ~~~!!」
アンゼリカは泣きながら、私が止める間もなく迷宮の中に逃げ込んでしまう。まぁ一人なら、しばらくすれば入り口に戻って来るだろう。
「あ……はい、私たちは後から迷宮に挑戦するので、お、お先にどうぞ……です。」
私は、来ていた男たちのパーティーに道を譲る。
「あ、ああ、じゃあ先に行かせてもらうよ……」
かなり気まずい空気だったため、男たちはそそくさと迷宮の中に入っていった。少しすると、男たちの話し声が聞こえてきた。
「あれ、絶対痴女だって―――!」
*****
「はぁ……」
私は、溜息をつくと、コウメに一応確認する。
「もしかして、アレ、ワザと?」
「違うよ。たまたまだよ」(ニコニコ)
どうやら、コウメちゃんはかなりの悪戯好きのようだった。
「……まぁ、程々にね」
私は、一応釘を指すと、コウメちゃんは頷いた。
*****
しばらくすると、入り口からアンゼリカがしょぼくれた様子で現れた。迷宮の罠により、戻されてきたようだった。元王都騎士の面影は全く無く、濁ったような死んだ目をしていた。
「ア、アンゼリカ……、大丈夫?」
「……ふぇぇ……」
どうやら、かなりの重症だった。他人には性的行動を気にせず色々するのに、自分がされると途端に打たれ弱いのが弱点といえば弱点かもしれない。このままでは、戦闘に支障がでるかもしれないので、私は奥の手を使うことにした。
「……分かったわ、アンゼリカ。無事に帰ってこれたら頬に、その、キス……してあげる」
その瞬間、アンゼリカが私の手を握りし締めてきた。
「ほ、本当? 本当だよね!? もう嘘っていっても駄目だよ! じゃあ早速迷宮に挑戦しようよ!」
この単純で立ち直りの早いところは、アンゼリカの長所かもしれない。頬にキスで、立ち直ってクエストに集中してくれるのであれば、私も安心することができる。
「じゃあ早速、魔物の迷宮に挑戦しましょうか! みんな、気合を入れてね!」
準備が整った私たちは、魔物の迷宮に踏み込んだのだった。




