第四話 しゅちゅじんちゅる!
勇者様チェックを終えた私たちは、拠点にしている街の宿屋に戻ると、今回請け負う狂獣討伐の準備を進め始めた。
私たちが宿泊している宿屋は、この街では少し豪華な宿だった。部屋も広く、三人一緒に過ごすには十分な広さを持っている。拠点としては、理想的な場所だろう。宿泊費が高いことを除けば……。
「ふぅ……」
私は、部屋の奥にある窓を開けて空気を入れ替える。暖かく優しい風が部屋に入り込んできた外気は、とても気持ち良かった
本当はもっと滞在していたいのは山々だが、やはりというか予想以上に宿泊費が高くついていた。もう今日の支払いで、銅貨数枚を残して手持ちの金銭は尽きてしまうのだ!
……こんなはずではなかった。
本来は目的の狂獣討伐はさっさと終わらせて、その報酬で優雅な休息を取る予定だったが、クエストに合う強い勇者様を召喚することができず、十日ほど足止めを食らってしまった状況だ。
強い勇者様を召喚できるかどうかは運だ。こればかりは、自分の運の無さを呪うしかないだろう。
役立たずな勇者様とは、この十日間、異世界の話しを聞いたり街の観光案内したり、一緒に余暇を楽しんだりした。
大丈夫!明日はきっといいレア勇者様が出るわ! その根拠のない自信の結果が、今の惨状だ。少し反省はしている。
流石にもう勇者様の質には構っていられない。ケイスケ様には頑張ってもらい、何とか狂獣討伐を達成して報酬をもらわないと、明日から私たちは路頭に迷ってしまうのだ。
……なので、それなりに必死なのである。
「じゃあ、今日の狂獣討伐について作戦を話すわよ!」
私は部屋の中心にあるテーブルに依頼書を置くと、討伐準備をしていたケイスケ様を含む三人に声を掛ける。
「それでは、今日のお仕事は、狂獣【シャコタン】の討伐です」
「シャコタン?」
ケイスケ様は、首を少し傾けて私に尋ねる。
「はい、シャコタンは、この街の奥の森を抜けた先にある、小さな孤島の主とのことです。頭部の先端に二つの触覚と複眼を持ち、全身は強靭な甲羅で覆われていて、並大抵の武器では傷をつけることができません。さらに体全体に複数の腕を持ち、その腕には鎌のような鋭い刃がついており、狂暴で攻撃性が高い生き物です」
「結構強そうだね……」
私の説明を聞いていたケイスケ様の表情が、徐々に曇っていく。
「でも、大丈夫です! 勇者様の力があればシャコタンなど雑魚です。恐るるに足りません!」
「そ……そうなんだ、うん……僕、頑張るよ!」
私の自信に満ちた声を聴いて、若干安心したのだろうか。ケイスケ様は再び顔を上げる。
「それでは、今回の作成は、こんな感じで行おうと思います。」
「【作戦名:勇者様は秘密兵器作戦】」
「勇者様は秘密兵器なので、絶対に前に出ないで下さい! 絶対にですよ?」
「私とザッハで魔法による遠距離攻撃で、シャコタンにある程度ダメージを与えていきます。動きが鈍くなった頃合いを見計らって、シャコタンの複眼を重点的に魔法で狙います」
三人は、頷きながら私の話に耳を傾けている。私は説明を続けることにした。
「動きが鈍くなったところをアイスの一撃で動けなくします。動けなくなったところを、秘密兵器の勇者様の聖剣で頭部をかち割って下さい。頭部の甲羅は非常に硬いですが、聖剣であれば問題ないでしょう」
「討伐の証であるシャコタンの髭の先端を持ち帰って、討伐完了です」
まとめると、私たち三人でシャコタンをふるぼっこにするので、勇者様はトドメだけお願いします。途中余計なことは絶対せず、じっとしていてくださいね? ということだ。
「ぼ、僕は勇者なんだから、前衛をやった方がいいんじゃないかな……?」
作戦の内容を聞いて、余計な気を使うケイスケ様。私は、ケイスケ様の右手を両手で優しく握ると、勇者様にこう伝えた。
「ケイスケ様は秘密兵器です。最後の要です。雑魚とはいえ戦闘は何があるかわかりません。絶対、ぜぇったいに、前衛にでるなんてことは考えないで下さいね!」(ニッコリ)
万が一にもシャコタンの攻撃が当たってしまい、死んでしまわれると勇者様ガチャの魔法が、今後使えなくなってしまうのだ。私は、ケイスケ様に念入りに釘を差しておいた。
宿屋を出ようとする私たち。なけなしの全財産を宿屋の娘に支払うと、街の奥の孤島に向かった。私たちは一文無し。もう後には引けないのだ。
向かう途中、景気づけにと私はケイスケ様にお願いする。
「ケイスケ様、討伐の景気づけにお言葉をいただけないでしょうか?」
アイスもザッハも、私に合わせて相槌を打ってくれる。
「う……うん、わかった。僕は勇者だしね」
だいぶ洗脳……じゃなかった、勇者の自覚を持って頂いけたようだ。
「それじゃあ、みんな、しゅちゅじんちゅる! あっ……!」
「(噛んだ!)」
「(噛んだな……)」
「(……プッ……)」
*****
街の裏の森を抜けると、そこには湖に囲まれた孤島があった。大きさは小さな村くらいある孤島だ。
辺りをざっと検索すると、孤島へ続く吊り橋を見つけることができた。緑色の苔が全体に生え広がっていて、吊り橋の板がところどころ外れている箇所もあったりした。シャコタンがいるため島に入れず、かなりの時間放置されている感じだった。
「うん、よいしょ……」
私は、吊り橋の綱を少し強く引いて確認する。かなり丈夫で上質な綱だった。多少年季が入っているものの、これなら問題なく渡れるだろう。
三人に合図し、私たちは慎重に吊り橋を渡り始める。そして特に問題なく無事に孤島に辿り着くことができた。
さっそく私たちは、孤島の周りを探索することにした。
……そして、しばらく時間が経つ。
「ねぇ! これが島の中への入り口じゃないかな!」
ケイスケ様の声が聞こえた。やっとこの状況に慣れてきたのか、最初のおどおどしい感じは声からは感じられなくなっていた。とても良い傾向である。
ケイスケ様の元に全員集まると、私はケイスケ様の指さす場所に数歩踏み込んでみた。そこは大量に生い茂る草葉に囲まれて分かり難かったが、かき分けると、人一人入れるくらいの横穴が空いていた。
「よいしょっと」
私は足元にあった小石を広い、その横穴に投げ入れる。小石が横穴の中に落ちると、その落ちた音が微かに反響する。どうやら底なし穴というわけではなく、広い洞窟に繋がっているようだった。
「流石です! ケイスケ様!」
勇者様を褒め称えることは忘れない。その後、私たちは慎重にその洞窟に侵入していった。もちろん安全の為、ケイスケ様には一番最後に入ってもらっている。
洞窟を進んでいくと、大きな空洞が私たちの目の前に現れる。空洞全体がうっすらと白い光を発しており、中心には洞窟の中とは思えない大きな地底湖が広がっていた。地底湖の水はとても透き通っており、多少水深があるところでも底をみることができた。地底湖の底には白い砂が敷き詰められており、水の中で少しだけ鈍い光を発している。
上を見上げると日の光はまったくなく、島の地層が剥き出しになっていた。洞窟のぼんやりとした光の原因は、地底湖の光る砂の為だろう。
ここまで、狂獣には遭遇していなかったが注意深く周りを調査していると、ザッハが突然声をあげた。
「……なにこれ、かわいい……!」
それは、甲殻をまとった団子のような? 昆虫っぽい生き物だった。髭があり無数の足? がシャコシャコしていてとても気持ち悪い。ザッハは頬を赤くしながら、右手で髭を鷲掴みにして吊るし上げていた。。
それをみたアイスは、ザッハの傍に寄る。
「それはシャコタンの子供じゃないか? 確かシャコタンの子供は、かなりの美味で高級食材のはずだぞ」
それを聞いたザッハは目を輝かせる。
「……食べる……!」
そうつぶやくと、私が止める間もなく左手で黒い炎を出すと、シャコタンの子供に押し当てた。
一瞬飛び上がったシャコタンの子供は、無数の足? を激しくシャコシャコしていたが、やがて力尽きたようで動かなくなってしまう。
辺りには、香ばしいとても美味しそうな匂いが漂ってくる。
「……アイス……どうやって食べるの?」
「しょうがないな。ちょっとまってろ。」
まる焦げになったシャコタンの子供を、アイスは要領よく解体していく。そして甲羅を皿代わりに焼けた身をザッハに差し出した。
「……ありがとう……!」
ザッハは、甲羅の皿に盛られた肉を指でちょんと拾い上げ、口に入れる。
「……おいし……!」
こんな状況でも、ザッハはとても美味しそうに食べていた。
あれだけ気持ち悪いと感じたものも、肉身になると美味しそうに見えるのは人間の性なのだろうか。そんなどうでもよい事を考えていると、突然、洞窟全体が激しく揺れだした。
「な、なに……!?」
突然の揺れに動揺しながらも、私は辺りを警戒する。そして、地底湖の表面の異変に気がついた。
地底湖の表面には、無数の泡が沸き上がり、徐々にその数は多くなっていた。透明な水は白く光る砂と激しく交わり、洞窟全体が、まるで真っ白な煙に包まれるような不思議な光景になる。
そして、私達の目の前にそれは現れた。
真っ赤な複眼で私達を睨むように立ちはだかる、この孤島の主、シャコタンが――!