第三十八話 パンツ、脱ごっか?
私たちは、大人げない勝負と自給自足に備えるため、街から少し離れた所にある少し大きな湖にやってきた。
見渡す湖の表面は、磨いた窓のようになっており、大空の青と白い雲の姿をキラキラと、その表面に映し出していた。私が湖を覗き込むと、自分の顔が映り込むと共に、澄み切った水によって、湖の底の情景まで肉眼で見ることができた。私が今まで見てきた湖の中でも、一、二を争うくらいの清い湖だろう。
それくらい綺麗な場所だった。
ザッハは、湖に来る前に街の道具屋から借りてきた、湖の生き物を釣る竿を準備していた。
以前、シャコタンという水中に住む狂獣の子供をとって食べたのがきっかけだったようで、アイスに色々教えてもらい、今では湖等の水中の生き物を捕まえて、調理できるまでになってしまった。
人の食の欲求というものは、なかなかの原動力になるものだと関心してしまう。
……ということで、とりあえず食料調達は、ザッハに任せる事にした。
湖の底を覗いた時に、様々な生き物が色々と泳いでいたので、今のザッハなら無難に捕まえて調理することができるだろう。多分。
そして私は、溜息をついて、問題となった二人を見ることにした。
街で出会った少女の名は【コウメ】。ちょっと独特な発音だったが、可愛らしい名前だと思う。
湖に来るまでに、軽く話してみたところ、新米冒険者として旅に出たのは良かったのだが、中々良さそうなパーティーに巡り会えず、知り合いの家からギルドで良さそうなパーティーを毎日探していた所、私たちを、たまたま見かけたとのことだった。ザッハと同じで、黒魔法が得意とのことだった。
「さぁ、コウメちゃん、どんな勝負にするの!? お姉さん、何でも勝負受けちゃうよ!」
新米冒険者相手に、元王都の騎士様が意気込んでいる姿を見ると、少し頭が痛くなってくる。まぁ、こういった誰でも真剣に勝負する姿勢というのは、アンゼリカらしいといえばそうなのだが、やはり大人気ない……とは思ってしまう。
「そうだね……」
コウメちゃんは、少し考えていたが、しばらくすると、しゃがみこんで地面の小石を拾い上げた。
「アホのお姉ちゃん、じゃあ小石を湖に投げ込んで、どちらが遠くへ飛ばす勝負っていうのはどうかな? 投げた後に、妨害するってのはアリという条件で」
本気で戦う訳ではないと思っていたけど、割りと安全な勝負方法だったので、私は少しホッと胸をなでおろした。
「勝負はいいけど、そのアホのお姉ちゃんってのは止めてほしいな? こうみえても、騎士になるために学問も一通り学んでいるから、アホじゃないんだよ!」
アンゼリカはドヤ顔で、コウメちゃんに自分の自慢話をしている。本当に大人げない……。
「……じゃあ、アホのお姉ちゃんが勝ったら、好きなように呼んであげるよ。その代わり、僕が勝ったら、今日一日罰ゲームをしてもらうよ?」
コウメちゃんは、ニコニコしながらアンゼリカに確認する。
「いいよ! いいよ! ああ、なんて呼んでもらうかな。アンゼリカお姉さまとか、いいかな~~!」
アンゼリカは、手を頬に当て顔をニヤつかせながら、湖の辺りを軽く飛び跳ねまわった。
******
「じゃあ、僕から投げるね。審判は、パンナお姉ちゃんにお願いしていい?」
「ええ、わかったわ」
私はちょっとだけ、顔をほころばせた。お姉ちゃん――。という響きは、なかなか破壊力のある言葉だった。アンゼリカが浮足立つ気持ちが、ちょっとだけ分かった気がする。
コウメちゃんは、地面の小石を拾うと、少し助走を付けて勢い良く湖に向かって投げつけた。私も短剣をよく投げるので、練習は結構していたのだが、コウメちゃんの投げる姿は、ちょっと見入ってしまう程綺麗なものだった。手の力だけで投げるのではなく、全身の力を上手に使った理想に近いものだった。
投げられた小石も、その投げた姿に負けない程、湖の遠くへと放物線を描いて飛んでいく。そして、小石は緩やかに減速し湖に落ちていった。落ちた場所には小さな波紋が広がり、湖の表面を静かに揺らしたのだった。
「おおっ!?」
私の予想以上に遠投での距離はすごかったので、少し声を上げてしまった。並の大人でも、あの距離まで投げるのは難しいだろう。
……しかし、相手は並の大人ではない。厳しい訓練と幾度の死線を乗り越えた、元王都の騎士【アンゼリカ】なのだ。性格的に、彼女が手を抜くことはまずないだろう。
アンゼリカが、全開で遠投すれば、コウメちゃん以上の飛距離が出ることは間違いない。
「ふっふっふっ! 中々の飛距離でお姉さんびっくりしちゃった! けど、残念! お姉さんは、その辺のお姉さんとは違うのだよ!」
コウメちゃんを見下ろし、勝ち誇った顔のアンゼリカが、地面の小石を拾う。
しかし、コウメちゃんは、特に同様することもなく、自分が飛ばした石の落下地点をじっと見つめていた。
「それじゃあ、投げるね!全力で行くよ! 完成された肉体が、決定的な実力差であることを教えてあげましょう!」
アンゼリカは、助走はつけなかったものの、こちらもコウメちゃんに負けない綺麗な姿で小石を湖に投げつけた。振り抜けた腕から放たれた小石は、恐ろしい速度で湖に放たれる。
「えい」
しかし、コウメちゃんが右手を払うと、放たれた黒い風は、アンゼリカの投げた石を包み込むと急激に失速し、そのまま湖に落ちてしまう。
「え……」
呆然とするアンゼリカ。
……いや、私も少し呆然としてしまっていた。恐らくコウメちゃんが、魔法を放ったのだろう。詠唱すらなく魔法を放ち、高速で飛んでいく小石に魔法を当てたのだ。ザッハですら難しい芸当を、コウメちゃんは私たちの目の前でやってしまったのだ。
「す、すごい! コウメちゃんすごいよ!」
私は、コウメちゃんを両手で抱き上げると、その場でくるくると回り始める。釣りをしていたザッハも、こちらの様子を見ていたのか拍手をしていた。
「ず、ず、ず、ずるいよ!! 魔法で撃ち落とすなんてっ!?」
魔法技術のことよりも、悔しさが勝ってしまったのだろう。アンゼリカは顔を歪ませ、涙目で訴えてきた。
「……僕は、投げた後の妨害はアリっていったけど?」
ああ、確かそんなこといってたなぁ……。
「えええ!! そんなぁ~~!! 納得いかないよ~~!!」
アンゼリカは、悔しそうにそういった。
「アンゼリカ、貴方も騎士なら、潔く負けを認めなさい」
あまりにも面白い展開だったので顔が緩んでいた私を、アンゼリカは恨めしそうに睨んでくる……。しかし、溜息をつくと、どうやら諦めたようだった。
「……わ、わかったよ……。悔しいけど私の負け……。どんな罰ゲームすればいいの……?」
アンゼリカは、それはもうがっくりと肩を落としていた。余程、お姉さまと呼ばせたかったのだろうか。
「うん、そんなに難しい罰ゲームじゃないよ。僕の家には使用人がいてね、その使用人が粗相をした時に、よくした罰ゲームなんだ」
「そ、そう?」
アンゼリカは、それほど困難ではなさそうな罰ゲームだと思うと、ちょっとだけ安心したようだった。
「今日一日、パンツを脱いで過ごすって罰ゲームなんだけど……」
その内容を聞いた瞬間、アンゼリカは凍りついたように動かなくなる。
「プ……! プププ!!」
私は、予想の斜め上の罰ゲームに、笑いを堪えることができず、吹き出してしまう。
「コ、コウメちゃん……? あ、あんまりお姉さんをからかわないでほしい……な……」
蒼白な表情で、コウメちゃんに聞き直している。しかし、コウメちゃんは特に動じることはなかった。
「パンツ脱いで、今日一日過ごしてね」(ニッコリ)
すると、アンゼリカは完全に泣きながら、私にしがみついてくる。
「ちょっと、パンナちゃん! なんか非道な要求されたんだけど、こんなの無効だよね。私、今日短めのレザースカートないんだよ!! も、もし転んだりした所を誰かに覗かれたりしたら、まままま、丸見えになっちゃうんだよ!! そんなの絶対おかしいよ!」
私は、そんなアンゼリカを落ち着かせるために、軽く肩を掴んで微笑んだ。
「パ、パンナちゃ――!」
「パンツ、脱ごっか?」
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