第三十七話 英雄再び!
それは、とある英雄たちの日常の物語――。
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「はぁ……」
ギルドを出た私は、目の前の銅貨1枚が手持ちの全財産という絶望に、深い溜め息をついていた。重い足取りで、仲間の元に帰る。
「あ、パンナちゃん、おかえり。ちょうど遅めのご飯にしているんだよ。はい、パンナちゃんの分!」
そういうと、アンゼリカはニコニコした笑顔で、携帯食を私の目の前に差し出してきた。私は、アンゼリカの両頬を両手で掴むと、力任せに思いっきり引っ張った。
「にゃ、いにゃにゃにゃにゃいいい~~!! にゃにするの~~!!」
限界まで引っ張って、涙目のアンゼリカを見ても、今の重い気分が晴れることは無かった。私は頬を摘んでいた指を離すと、アンゼリカは痛そにう自分の頬を手で擦る。
「い、いきなり、ひ、酷いよ!パンナちゃん!すごく痛かったんだよ!」
抗議するアンゼリカ。
私は、その場で深呼吸をすると、このイラッとする気持ちを全部吐き出した。
「元はといえば、アンゼリカがギルド銀行の更新を忘れたのが原因でしょ!? ねぇ分かってる? もう手持ちは銅貨1枚しかないのよ!? ギルド側で確認してもらっているけど、確認完了するまで後10日もかかるっていうのよ? その間食事や宿はどうするの!? ずっと野宿と自給自足しろっていうの!? それに、その携帯食だって、いざってときの食料だったのに、こんなにあっさり食べちゃうなんて信じられない!! もし旅先で遭難したら、どうするの? 食べ物ないとあっさり死んじゃうのよ? 分かってるの!?」
「ひぇ……。ご……ごめんなさい……」
多少は罪の意識があったようで、アンゼリカは私から目を逸らし手をもじもじとさせながら小声で謝ってきた。後ろのベンチで座っているザッハを見ると、こちらも、お構いなしに携帯食をかじっていた。
「ね、ねぇ……ギルドのお仕事もやっぱ駄目だった……かな?」
アンゼリカは、申し訳無さそうな感じで私に訪ねてくる。
「ええ、全部、例の迷宮関連のみしか無かったわ」
「えええ……。純粋な魔物討伐とかなら全然楽勝なのに……」
私とアンゼリカは、お互いに溜息をついた。ここのギルドの現在のクエストは、ほぼ全てある場所に対してのものだった。
「魔物の迷宮――」
その場所は、ここではそう呼ばれていた。
迷宮の奥では、強力な魔物が多数住み着いているようで、夜な夜な人里に訪れては、街を破壊したり、食料を奪っていったり、人々に危害を加えていた。その為、ここのギルドでは、随時、迷宮の魔物討伐のクエストを募集していたのだった。ギルドのクエスト掲示板は、迷宮絡みの討伐依頼で埋め尽くされていた。
……この迷宮が問題なのは、張り巡らされた結界だった。
なぜ、このような強力な結界が貼られているのか不明なのだが、人がこの迷宮に入り込むと、その結界の効力で、巨大な迷宮が形成されてしまう。その為、魔物を討伐しようものにも、結界によって作られた迷宮を抜ける必要があるのだ。
しかも、この結界、結構厄介な問題があり、それを守らないと直ぐに迷宮の外に放り出されてしまう。
その条件とは……。
条件その1:迷宮は4人のパーティーで挑まなければならない。
条件その2:迷宮内で攻撃魔法は使えない。
条件その3:迷宮内での物理破壊は許されない。
私たちは数日前から、勇者様を召喚して、4人で何とか攻略しようとするも、勇者様が日帰りする時間までに攻略することが出来ずにいて困っていたのだった。
何回もチャレンジしている内に、手持ちの資金が底をついてしまったという訳だ。
本来なら、旅の資金はたっぷりあるのではあるが、その殆どはギルド銀行に預けていた、ここに来る前に、アンゼリカに次のギルドへの申請をお願いしていたのだが、このアホの子は見事その申請を忘れてしまった為、今に至っている。
先程ギルドに再度申請が可能か聞いてみると、再申請は大丈夫とのことだったが、手続き等で少なくとも10日程度は日数が掛かってしまうとのことだった。
そして……、勇者様を召喚する媒体の銅貨3枚も尽きてしまい、迷宮の魔物討伐のクエストを受けることすら出来なくなってしまった。
残された道は、ここで4人目のメンバーを探すが、10日間ギルド銀行が利用できるようになるまで、野宿と自給自足でなんとか生き延びるか……。どちらかを選ばなければならない状況だった。
私は、アンゼリカから受け取った携帯食を口に入れる。
「はぁ……。王都では英雄と呼ばれた私たちが、本当に無様ね……」
また深い溜め息をつきながら、貴重な携帯食の味を噛みしめながら、ギルドに出入りする人たちをぼんやり眺めていた。
「こんにちは、お姉さん。よかったら僕をパーティーに入れてもらえませんか?」
突然、横から声を掛けられた私は、声のする方に振り向いた。そこには、ザッハと同じくらいの身長だろうか。使い込まれていない新品同様の装備をした、見た目は新米冒険者の可愛らしい女の子が立っていた。
私は、しゃがみこんで目線を、その女の子に合わせる。
「あなた、どうしたの? パーティーではぐれちゃったの?」
「え? いえ、僕はいまソロでパーティーは組んでいません。ですので、よろしかったらパーティーに入れてもらえないかと……」
目の前の女の子は、そう私に告げる。
「え、ええ……」
どう見ても子供にしか見えなかったが、ザッハの例もあるので、見た目で判断するのは宜しくない。しかし、ざっと女の子を見る限り、経験の無いデビューしたての冒険者にしか見えなかった。頭数として揃えて迷宮を抜けたとしても、強力な魔物と戦うのは難しいのでは無いだろうか?
そう判断した私は、やんわりお断りしようと言葉を選んでいると――。
「大丈夫だよ、お姉さん。僕、強いから――」
私の思考を読み取ったのか、自信満々な表情で、その女の子は私に答えた。
「え、ええ……、でも……」
私は、ちょっと困惑した。私の直感ではあるのだが、この女の子からは新米冒険者とは思えない、何か特別なもの感じていた。それが、何かは良くわからないけど。
しかし、やっぱり、あの魔物の迷宮に連れていくには危険すぎるだろう。そんな私の思考をまた読んだのか、女の子は私に話しかける。
「大丈夫! 少なくとも、そこのアホなお姉ちゃんよりは役に立つと思うよ」
その少女は、アンゼリカを指差していた。
アンゼリカは、眉間にシワを寄せながら苦笑いをすると、その少女の前に近づき、右手で少女頭をくしゃくしゃと撫でる。
「え、なに、私より役に立つ? 最近の子供は随分と生意気な口を聞くのね」(ニコニコ)
その女の子は不敵な笑みを浮かべ
「……だったら、ちょっとした勝負をしようか? アホのお姉ちゃん」
「い、いいわよ! 子供に大人の威厳ってものを見せてあげるわ!」
「……はぁ……」
子供の挑発に、まんまと乗ってしまった大人げないアンゼリカを見て、私は溜息をつくのだった。