第三十六話 脳内会話とギルド観察!
僕は、魔王城にある僕専用の部屋の広さの1割にも満たない小さな家の中の、質素なベッドで寝ていた。
窓から暖かな日差しが、僕の顔を照らしつける。昨日は少し夜更かししてしまったせいで、まだ頭の中はまどろんでいる感じだった。僕は寝返りをして、日差しに背を向ける。背中がほのかに暖かくなり、少し気持ちよかった。
寝返りを打ったところで、僕は寝ぼけ眼で正面を見ると、メイコの顔が直前にあった。
「な……!」
その一瞬で僕の意識は覚醒し、ベッドから飛び起きる。掛けられていた薄い毛布が床に落ちてしまう。ベッドの上の僕の隣には、メイコに似た女が、すやすやと吐息を漏らしていた。……しかも、全裸で。
流石のメイコでも、全裸で僕の懐に潜り込んでくるような真似はしなかったので、少しばかり気が動転してしまう。
「……よし、とりあえずこういうときは、魔の文字を三回手のひらに書いて飲み込んで……」
昔、メイコに教えて貰った落ち着くおまじないを実行する。明確な効果がある訳では無いが、おまじないが終わる頃には、冷静さを取り戻すことができていた。
とりあえず、ベッドの下に落ちてしまった薄い毛布を、その女にかけ、僕は自分のリュックからメイコ特製携帯食を二つ取り出して、一つを食べ始める。
……うん、メイコの味がする。
今日の味は、昨日のものに比べて少し、甘みを抑えたものだった。何度食べても飽きないようにと、それぞれに味に変化を付けているらしい。
僕が半分ほど携帯食を食べたところで、ベッドに寝ていた女がゆっくりとベッドから起き上がった。そして、眠い目を擦りながら、じっとこちらを見つめている。
「…………」
僕は、携帯食を、その女に差し出した。
「良かったら食べる?」
その女は、コクコクと頷くと、僕から携帯食を受け取った。どうやら携帯食は初めてのようで、手で色々な角度から、まじまじと観察する。そして一口かじりつき味を確認すると、そのまま小動物のようにカリカリと歯で削るような感じで携帯食を美味しそうに食べ始めた。
……何か動物の餌付けしているような感じで、少しこそばゆかった。
僕は自分の食事が終わると、旅の支度をすることにした。といっても、荷物のチェック位だけど……。荷物を整理していると、食事を終えた女が、こちらをじっと見つめてくる。
何か言いたそうだったが、どうやら昨日の様子からすると、喋ることができないようだった。昨日確認した限りでは、文字も挨拶程度の読み書きはできるようだったが、複雑なものは書くことができないようだった。この家の生活状況からすると、この女は結構長い間ここに住んでいるようだった。会話ができれば、何かしら有益な情報が聞けるかもしれない。
……少し考えて、僕は、意思疎通の魔法を使うことにした。
「ねぇ、今からすることは誰にもしゃべらないって誓ってくれるかな?」
最初はきょとんとした表情でいた女だったが、話を理解したのかコクコクと頷いてくれた。
「よし、それじゃあ手をだして」
僕は、彼女の手をとると、その甲に魔法陣を描く。これは、戦闘中に特定の仲間と連絡を取るために使われる魔族特有の魔法だ。ある程度離れていたとしても、特定の相手のみ意思疎通ができるので、中々便利なのである。殆ど人間の力しか持たない魔族にも効果があるので、普通の人間でも大丈夫だろう。
魔法陣を描くと、僕は彼女に語りかける。
(僕の声が聞こえる?)
喋ってもいないのに、頭の中に響く僕の声に、女は驚いた様子で、目を見開いていた。しばらくすると、落ち着いた様で、こちらをじっと見つめてくる。
(あ、あの……ありがとう……ございました……)
(いえいえ、どういたしまして)
会話が成立したのが、嬉しかったのか、その女は僕にいきなり抱きついてきた。ただの人間の女だったら、特に気にもしないのだが、顔がどうしてもメイコに見えてしまい、他人と分かっていても、胸の鼓動が不安定になってしまう。
(じゃ、じゃあ、名前を教えてくれるかな)
(……サンデ……)
(3で?)
(ううん、サンデ)
どうやら、名前はサンデというらしい。
僕は、サンデに名前を伝えようとしたが、魔族が真名を人間に伝えるのは色々問題はあったので、申し訳ないが人間界では偽名を使うことにした。
(僕の名前は、コウメ。宜しくサンデ。僕は、この辺の事を知りたいのだけど、少し教えてくれないかな。)
すると、サンデは嬉しそうに僕の手を掴んで、話し出した。僕とサンデは、少し長い時間、会話をしていた。
結論から言うと、あまり有益な情報を得ることは出来なかった。
もともとサンデは生きていくのが精一杯だったのと、会話が出来なかった為、周りを気にする余裕など無かったのだ。
価値のありそうな情報としては、この村を少し南西に行くと、小規模の街があること。あと、あの夜の仮面の男については、突然この家からサンデを連れ出したとのことだった。
人間界は結構治安が良いと聞いていたが、場所によっては結構物騒なところもあるんだな……。
それ以外は、毎日のお天気の話や、美味しかった食べ物の話とか他愛もない話が中心だった。情報としては無価値ではあったが、楽しそうに話すサンデを見るのは悪い気はしなかったので、気が済むまで付き合うことにしたのだ。
(ありがとう、コウメ。私の話を聞いてくれて。……付き合わせてしまって、ごめんなさい)
話が一段落したところで、我に返ったのか、サンデ申し訳なさそうに頭を下げた。
(別に気にしなくていいよ。ああ、もしよかったら数日君の家に泊めてもらっていいかな、旅の資金は節約したいから)
(え……ええ! もちろんです! コウメ!)
サンデは、ニッコリと微笑んでくれた。……メイコもこんな風に、たまには甘えてくれるといいのに……。サンデの姿を見ながら、そんなことを考えてしまった。
*****
それから僕は、サンデの家から少し離れた小規模の街に数日通うことにした。
街の名前は【サバラン】という、マカロン国の西の果てにある小さな街だったが、街の周りはまだ未開拓なところが多いらしく、珍しい魔物が多く出没する地域とのことだった。
その為、小さな街でも素材調達などのギルドの依頼が多いらしく、街の規模にそぐわないほどギルドでの冒険者の出入りが多いことが分かった。
とりあえず、僕は当面ギルドの観察と情報収集をすることにした。できれば、それなりに強そうなパーティーに加わって更に多くの情報と、あわよくば亡命のきっかけになるような信頼関係を築きたいところだ。ちょっと欲張りかもしれない。
まずは、ギルドで色々話を聞きながら、良さそうなパーティーを吟味する。幸い、ひ弱な新米冒険者と思われているようで、話しかける冒険者は親切に色々な情報を教えてくれる。見た目重視の人間社会は、僕にとってはちょろいものだった。
*****
――そして数日が経った。
僕は、サンデが作ってくれたお弁当のような草ときのこの炒めた詰め合わせを食べながら、ギルドに群がるパーティーを観察していた。
……ここ数日観察していたが、一つ気になる冒険者のパーティーがあった。
男性一人、女性三人のパーティーなのに、必ず男性一人は毎日入れ替わっているのだ。一昨日は少し痩せた中年男性、昨日は白ひげを生やした初老の男性だった。しかし、見た目とは裏腹に、弱そうな男性ではあったが、かなりの能力が秘められているのを僕は感じ取っていた。いや、一緒に居た女性三人も、かなりの実力を持っているようなんだけどね。
一人は、金色の長髪の女性で、銀色の眼鏡が印象的だった。恐らく、彼女がこのパーティーのリーダーではないだろうか。立ち振舞を見る限り、かなりの修羅場を潜り抜けたような感じだった。
そして、二人目は黒髪の長髪の女性。背丈は僕と同じくらいで、傍から見ると子供にしか見えなかった。でも、僕のような例があるように、彼女もまた、見た目は子供でも実際の年齢はずっと上なのだろう。少なくとも、大人であるのは間違いない、多分。
そして、三人目は……。容姿は割りと良いのだが、かなり挙動がおかしい。強いて言うなら、リーダーの女性に付きまとっている、ちょっと頭のおかしい女性だ。
僕は再度、気になるパーティを確認する。……今日はどうやら、三人だけで四人目の日替わりと思われる男性メンバーはいないようだった。
これは、潜り込むチャンスかもしれない。頭のおかしいアホな女性もいるので、僕への警戒心が散漫になりそうで動きやすいかもしれない。
僕は、さっそく行動に移すことにした。
「こんにちは、お姉さん達。よかったら僕をパーティーに入れてもらえませんか?」




