第三十三話 最弱の四天王!
「それでは、行ってらっしゃいませ、コウメイ様」
メイコは嬉しそうな表情で、僕を部屋から送り出してくれた。
部屋から出た僕は、城の廊下で辺りを見回す。この前、部屋から出たのが10年ほど前だったっけ? 流石に10年程度では外見は殆ど代わり映えしていなかった。
ただ、メイコのお陰なのだろうか、僕の部屋の付近は綺麗に掃除されていた。僕が部屋からいつでも出てきてもいいように、毎日掃除してくれていたのだろうか。そう思うと、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「……しかし、どうも、このズボンとか、履き慣れないな……」
漆黒の衣装とマントを身に纏ってみたものの、こちらも10年程着ることも無かったため、妙に衣類が肌にくっつく感覚に、直ぐには慣れなかった。
スカートやワンピースを履いた時の、下半身の開放感を懐かしく思う。
そんなことを思いながら、さっさと要件を済まして部屋に戻ろうと、僕は魔王城の祭壇の間へ向かうことにした。
*****
祭壇の間は、魔王城の奥深くに存在する。警備もそれなりに厳重で、歩いている間、屈強な魔族達が持ち場を守っていた。
そんな中、祭壇の間がそろそろ近づいてきたその時、一人の魔族が声を掛けてきた。
「おい、そこの女! 何処に行く?」
横目で確認すると、そこには赤い鎧を纏い、鎧の隙間から炎を吹き出している♂の魔族が怪訝そうな顔をして、僕を制止した。炎属性の、それなりの上位の魔族のようだった。
……10年前には、こんな魔族は警備に居なかったと思ったけど、恐らく僕が引きこもっている間に配属にでもなったのだろう。
面倒事は嫌いだったので、僕は正直に事情を話すことにした。
「ご苦労様です。僕はカガに呼ばれて、今から祭壇の間に向かうところなんです。」
しかし、その魔族はそんな僕の心情を知らずか、急に怒鳴り声をあげてきた。
「貴様! カガ様を呼び捨てだと! 怪しい奴め! 上手く変装したつもりだろうが、俺は騙されんぞ!」
どうやら、僕をどこかの侵入者と勘違いしているようだ。僕は、誤解を解くために、目の前の魔族に僕の立場を説明することにした。
「いえいえ、僕は怪しいものではありません。僕の名はコウ――」
その直後、脳天が激しく揺さぶられたかと思うと、僕は廊下の脇に吹き飛ばされてしまった。何が起こったのか直ぐに理解出来なかったが、頭の痛みが引いて来ると、どうやら僕は目の前の魔族に頭を拳で殴られたようだった。
何とか立ち上がったものの、まだ目の前がチカチカとしていて、足も少しふらついている。そんな僕の胸ぐら掴むと、目の前の魔族は顔を近づけて僕を睨む。
「お前、さては人間界の工作員だな? 牢屋にぶち込んで、後でじっくり拷問して尋問してやろう!」
目の前の魔族は、いやらしい目つきで、不敵な笑いを浮かべている。やれやれ、だから僕はこういう血の気の多い魔族というものは、好きになれないのだ。こんな血が僕にも流れていると思うと、少しだけ憂鬱な気分になる。
「はぁ……」
ため息をついて、僕はどうやってこの場を収めようかと考えていると、後ろから声が聞こえた。
「そこのお前達、何をやっている。」
凛とした女性の声が、城の廊下に響き渡る。すると、僕を捕まえていた魔族は、突然、手を震わせてながら、怯えるような声でその女性に話しかけた。
「は、はい、マイコ様、実は怪しいものが城内をうろついていましたので、捕まえて問い詰めていた所でございます」
「怪しいもの……?」
マイコと呼ばれた♀の魔族は、近くにやってきて僕の顔を覗き込む。
「やぁ、マイコ、お久しぶり――」
僕が傷だらけの顔で挨拶をすると、マイコの顔はみるみる青ざめていく。
その瞬間――。
マイコの素早い抜刀で、目の前の魔族の腕が切り落とされ、捕まれていた僕は床に尻もちをつく。腕を切られた魔族には、更にマイコの強烈な蹴りが顔面に直撃し、遥か後ろまで吹き飛ばされてしまった。
流石の上位の魔族も、マイコの強烈なコンビネーションに対応することもできず、そのまま気を失ってしまったようだ。
「も、も、申し訳ありません! コウメイ様! 私の部下が、コウメイ様に大変失礼な態度をとってしまいました!」
マイコは目にも見えない速さで、顔を廊下に密着させるほどの土下座を僕の目の前でする。
「こ、これは、ここの責任者である私の失態です。どうか、私に厳しい罰をお与え下さい。で、ですので、どうか、どうか、他の部下には何卒御慈悲をお願い致します――」
更に頭を廊下に擦りつけ、僕に懇願する。
マイコは、メイコの双子の妹だ。
メイコとは違い、常に騎士として凛としており、厳しい印象があるが、実は部下想いで周りからはかなり信頼されている……と、メイコが話していた。まぁ、僕もマイコとはメイコほどではないが、話す機会が多かったので、彼女の事はそれなりに親しみがある。
「いや、大丈夫だよ、マイコ」
「僕は、カガに呼ばれて急いでいるから行くけど、さっき腕切り落としちゃった魔族に、ちゃんと治療と説明はしておいてね」
「あ、ああ、なんというありがたきお言葉。このマイコ、今日の御慈悲一生忘れません」
マイコは、更に、これでもかと頭を廊下に擦り続けるのだった。
これ以上は埒が明かないので、「じゃあ、宜しくね」と軽く挨拶をすると、祭壇の間に急ぐ事にした。
*****
何とか祭壇の間の前に着くと、門番に扉を開けてもらう。こちらの門番とは、多少顔見知りだったので、先程のようなトラブルは起こらなかった。門番から、顔の傷について問われたが、面倒だったので適当に逸らかすことにして中に入る。
祭壇の間に入ると、一層周りの空気が闇に淀んでいる感じがした。魔族にとっては、とても安らぐ空間のようなのだが、僕はこの暗く重い空気はあまり好きではなかった。
祭壇の間は、とても大きな部屋になっている。僕の部屋の何十倍もの広さがある。幾つもの大きな支柱がそびえ立っており、中央までの道には純血の赤い絨毯が敷かれている。
その中央には今は誰も座っていない王の玉座があった。
そして、その横には、漆黒の衣を纏い、魔力を秘めた宝具を持った人間が立っていた。
そう、彼こそが、魔王様にもっとも近い側近の「カガ」だ。
僕が、玉座の前にいくと、カガは苦笑しながら話しだした。
「ようこそ祭壇の間へ! く、くく、どうしましたコウメイ? その顔の傷は? もしかして、不審人物と間違われてしまいましたかな?」
大きく不快な声で、カガは話しかけてくる。彼のこの声が、正直苦手だった。
「もういいよ、どうせこちらに来るまで盗み見していたんでしょ? そんなことより要件はなに?僕はこれでも忙しいんだ!」
何に忙しいかは、言わないことにした。
「私の記憶が確かならば、コウメイは魔王城を守る警備員で、魔王軍最弱の四天王でしたね。さぞや忙しいことでしょう」
「はぁ……最弱なのは認めるよ……。というか、他の三人が強すぎるんだよ」
「……ふむ、なるほど、己の力を正確に評価するのは貴方の良いところですぞ。それでは、良い報告と悪い報告、どちらを聞きたいですか?」
「……じゃあ、良い報告から」
「ふむ……」
カガは一呼吸置くと、話を続けた
「なんと! コウメイよ! 今日から貴方は、四天王最弱から四天王最強の座に着くことが決まりましたぞ!」
「……は?」
僕は、聞き返す。
「ですから、晴れて貴方は四天王最弱から、四天王最強となった訳ですぞ」
……正直、いっている意味が不明だった。そもそも、良い報告という割には、僕は四天王最強の肩書を貰ったところで、まったく嬉しくはないのだけれど。
「……じゃあ、悪い報告は?」
「ふむ……」
「なんと!コウメイ以外の四天王は全滅してしまいましたぞ!ソー、シュレヒト!」
「……!? はあっ!?」
流石の僕も、この報告には驚いた。あの魔族の鉄人といわれた実力派の三人が、まさか人間に負けるとは思っていなかったからだ。
「……でも、それってもう四天王じゃないよね……」
僕の呟きが、祭壇の間に虚しく響くのだった。
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