第二十九話 ユウシャ!
二人の共同作業によるライトニングダブルスピアによって、貫かれたチンの傷口から大量の蒸気のようなものが噴出している。
「や……、やったのかな? アイス……?」
「いや……どうだろうか……」
アイスは、四天王サカイとの戦いを思い出していた。あの時は、魔王の力による人体錬成で化け物になろうとしていたところを、勇者様に助けられた。
だが今は、その勇者様が存在しない……。もし魔王の力を得た化け物が人体錬成されたら、果たして倒すことができるのだろうか?
「う、嘘ぉ!」
アンゼリカが、驚きの声を上げる。悪い予感は的中し、チンの肉体を強大な黒い光が包み込んでいく。
「魔王さま……どうか私の体を使い、この愚かな人間どもを皆殺しに……! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
黒い光に飲まれた、チンの断末魔が聞こえた。
「二人とも、退け!」
後ろから、グラニュー王子の声が聞こえる。振り返ると、グラニュー王子は黄金の剣を構えている。
「これで、消えてなくなれ!」
グラニュー王子の黄金の剣が、唸りを上げ黒い光に振り払われる。王城が揺れるほどの衝撃が、地面から伝わってきた。威力であれば、アイスとアンゼリカが放ったライトニングダブルスピア以上のものではないだろうか。
「なん……だと……!」
衝撃により起きた砂埃が晴れると、そこには黒い光が何事もなかったように鈍い光を放っていた。
「くそ……、このまま化け物が生まれるのを待つしかないのか……!?」
アイスは、他に手はないか考える。グラニュー王子の黄金の剣の一撃ですら、ものともしなかった者を倒すことができるのだろうか。この状況ではどうしても、絶望が頭の中をよぎってしまうのだった。
「にゃーん……」
「ユウシャ!?」
アンゼリカが突然声を上げる。アンゼリカを見ると、アンゼリカは、あの謎の生物を抱き抱えていた。
「にゃ!」
アイスが少し顔を寄せると、その謎の生物はアイスの頭に飛び乗った。
「ちょ! こら、ユウシャちゃん駄目だよ!そんなとこ載っちゃ!」
アンゼリカは、ユウシャを引き戻しうと手を伸ばすが、アイスに制止される?
「ど、どうしたのアイス?」
「……」
アイスは、無言で目を閉じる。
「(力が……欲しいか……?)」
……誰かの声が聞こえる。いや正確には聞こえてはいない。直接頭に訴えかけられている感じだった。
(これは……もしかしてユウシャの声……なのか……。)
アイスは、このユウシャの声を信じることにした。
「(ああ、欲しい! あの化け物を倒す力を! 私の姫を守る力を! 力を貸してくれ!)」
「(……いいだろう、私に身を委ねるといい……)」
突然、アイスは体の力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
「ちょ、ちょっと! アイス!? 大丈夫?」
「……にゃ……」
「え……!?」
「にゃにゃにゃーにゃーん!」
頭にユウシャを載せたアイスが、突然奇声を上げ立ち上がった。
「ど、どどど、どうしちゃったのアイス!?」
アンゼリカは驚きのあまり尻もちをつく、アイスの身に何か起こったの分からなかったのだ。
アイスは、倒れたアンゼリカに顔を近づける。
「ア、アイス!? 何やってんのこんな時に!」
しかし、アイスの目は真剣だった。いや、アイスの目であって、別人のように感じる。
「もしかして……ユウシャ……?」
「……アリガトウ……ゴシュジンサマ……カワイガッテクレテ……にゃ!」
アイスはそう呟くと、巨大な黒い光に向かい、そして構えた。その瞬間、アイスが構えた手の先から、眩い光が溢れ出し、黄金の光り輝く剣が出現する!
「これは……なんいう力を持った……剣なのだ……!」
グラニュー王子は、その光溢れる黄金の剣に心を奪われた。自分の持つ黄金の剣とは比較にならない程の覇気が、目の前の剣から伝わってきたのだ。
聖剣を持ったアイスは、人間離れした動きで跳躍する。そして、その聖剣を黒い光に目掛けて振り下ろす!
「にゃーーーん!」
光り輝く黄金の刃は、いともたやすく黒い光を真っ二つにする。真っ二つにされた黒い光は、サカイのときと同様、霧のようにこの場から消えてしまった。地面に着地するアイスだったが、そのまま気を失って倒れてしまう。
「アイス! ユウシャ!」
アンゼリカは、アイスとユウシャの元へ駆け寄った。
「アイス……良かった……気を失っているだけじゃない……。ユウシャは……?」
アンゼリカは、アイスの頭にユウシャが載っていないことに気づくと、辺りを見回した。……ユウシャは正門に向かって、弱々しい足取りで歩いていた。
「ユウシャ! どこいくの?こっちおいで! 抱いてあげるから……」
アンゼリカは、ユウシャに向かって優しく声をかける。
「にゃ……!」
ユウシャは、一声鳴き声を上げると、振り向かずそのまま走り去ってしまう。アンゼリカが追いかけようとした瞬間、ユウシャの姿は霧のように消えてしまったのだ。
「ユウシャ!」
アンゼリカは、ユウシャが消えた場所を呆然と見つめていた。
「ぐす……。ありがとうユウシャちゃん……。ユウシャちゃんは私の最高の勇者様……だったよ……! ふぇぇ……ぐす……」
アンゼリカは、その場で泣きながらユウシャに感謝するのだった。
*****
私は、長い長い眠りについていた……気がした。でも、辛く苦しい眠りではなかった。それに、とても良い夢をみた。アンゼリカと一緒に、ご飯を食べる夢だ。そういえば、今度ご飯を奢ろうと思っていたんだった。私がそっちにいったら、一緒に食べようね……。
「……ナちゃん……!」
「パンナちゃん!」
誰かに呼ばれ、私は目が覚める。目の前には、アンゼリカの顔があった。どうやらまだ夢なのか、それとももう死んでしまったのだろうか……。
意識が朦朧としているなか、誰かが私に口づけをしている。とてもとても、長い口づけ。次第に、意識がハッキリしてくる。
「……ちょ! 誰よ! 私に無断でキスしてるの! イッ!イタタタ!」
右手から強烈な痛みを感じる。
「あ……あれ? 私って右手ふっ飛ばされたような……」
眠りから覚めた私の頭が、今の状況に追いついていない。
「パンナちゃん! 目覚めて良かったよぉ! ふぇぇぇぇ!」
「ア、アンゼリカ!?」
さらに、アンゼリカも生き返っている! ……多分、これは夢だ。でもこの右手の激痛は夢じゃなさそうなんだけど……。
更に私は混乱する。
「ちょっと、もう少し寝ます……」
私は考えるのを諦めて、目を閉じることにした。
「ちょ! ちょっとパンナちゃん! また寝ちゃうの!?」
眠りで意識が遠のく中、アンゼリカの声と皆の笑い声が聞こえるのだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想や評価、お待ちしております。




