第二十三話 悪夢と小さな枕!
私たちは、グラニュー王子の付き人と思われる三人から、貴族の衣服を受け取るとそれを急いで着用する。着ていた衣服は、荷物袋に詰めていった。
しかし、残念ながら、ザッハの体型にはどんなに調整しても衣装はぶかぶかだったが、この際しょうがないので適当に紐でくくり、なんとか着用することができた。
「流石に子供がいるとは、思わなかったので……」
付き人の一人が、声を漏らす。ザッハはその声を不満に思いながらも、今は黙って従っている。
私たちは、グラニュー王子と三人の付き人の後ろで、黙ってついていくことになった。何があっても、喋るなとグラニュー王子から念を押されている。
しばらく歩いていると、プティングの騎士と思われる一団がこちらに気づき、周りを囲ってくた。グラニュー王子は、気にせず素振りで先に進んでいく。
「お前たち、こんな時間に何処にいくつもりだ!?」
騎士の一人が、グラニュー王子にやや怒鳴り声な口調で話しかけてきた。暗くて顔が良くわからなかったのだろう、その顔がハッキリと分かるまで近くに来ると、驚きの表情で態度が替わる。
「こ、これは、失礼いたしました……。グラニュー王子、夜中で顔が確認しずらかったとはいえ、王子に対して失礼な振る舞いを……」
「プティングの騎士か。いや気にすることはない」
「グラニュー王子、こ、こんな時間に何かの御用でしょうか?」
「ああ、私の職務の一環で、夜間での見回りを定期的に行っていてね。今日はその日という訳だ。しかし……何やらプティングの騎士の見回りが多いようだけど、何かあったのかい?」
「はっ!後ほど、正式にチン大臣よりお話がいくかと思いますが、プティングの騎士が野盗に襲われ殺害された為、その一味を現在捜索中であります」
「なんと! この王都でそのような輩が出たのか! よし、分かった、もし不審な人物を見かけたら近くの騎士に連絡しよう」
「はっ! ありがとうございます!グラニュー王子もお気をつけ下さい」
騎士は敬礼をすると、他の騎士と合流し森の方へと向かっていった。
「……ラミン、リゼ、確か右門の近くの鉄の扉があったはずだ。アレを開けておけ」
「分かりました、グラニュー様」
そういうと、私たちの前にいた二人が、ここを離れ右門の方へ走り向かっていった。
「一応、君たちは外に逃げ出した……という筋書きにしておかないとな」
グラニュー王子は、少し苦笑しつつ先を歩いていく。私たちも、黙ってグラニュー王子の後をついていった。
******
どれ位の時間歩いただろうか、王城につくまで何度かプティングの騎士に出会うものの、最初以降、特に話しかけられたりはしなかった。もしかすると、最初の騎士が他に騎士にグラニュー王子たちがいると通達したのかもしれない。
私たちは、王城に入ると王城のシフォン国領域の謁見の間に通された。
「何とか無事だったな……」
アイスは、緊張の糸が解けたのか、床の上にしゃがみこんだ。
「……うん……運が良かった……」
「パンナも大丈夫か?」
「…………」
「パンナ?」
「……あ、うん。大丈夫だよ……」
私は、なんとか笑って応えた。でも正直、本当に笑えていたのか自信が無かった。ひとまず逃げ切れて安心のはずなのに、手が震えている。私が……この手で……殺したのだ……。そう思うと、手の震えが止まらなかった。
しばらくすると謁見の間の扉が叩かれ、一人の貴族の衣装を纏った男性が現れた。その背格好から、恐らくグラニュー王子の側を離れなかった付き人の一人だろう。
その男は、私たちに軽く会釈する。
「初めまして、私の名はダージリン。グラニュー王の命により、君たちにグラニュー王からの伝言を伝えにきた」
その男は感情を見せることもなく、事務的に私たちに話しかけてくる。
「まずは、明日の朝まで君たちにはここで過ごして貰う。食事と寝具については後ほど侍女に持ってこさせよう。明日、グラニュー王子自ら、君たちの話を聞きたいとのことだ。本来なら、客人に対して無礼な態度であるが、事情が事情ゆえ我慢していただこう」
「いや、理由も十分に話せなかった状態で、ここまでして頂き感謝する」
アイスは、ダージリンに深々とお辞儀をし、感謝の意を示す。
「不本意ですまないが、入り口に監視の兵を付けさせてもらっている。何かあれば兵を呼んでくれ」
そういうと、ダージリンは部屋から出ていった。
私たちが今いる謁見の間は、王城の左側に位置する塔の上部にある場所だ。建物でいえば10階以上の高さがある。その為、窓から逃げることも難しい。厄介者を隔離するには持って来いの場所かもしれない。
アイスとザッハは、部屋の隅にある椅子に腰を掛けた。私も座ろう……。そうおもったのだが、私は動けなかった。
遠くから、アイスが何かいっていたようだったが、分からない。そのまま、私の意識は急激に闇に飲まれていった。
*****
私は何度も同じ顔を見る。目はただれ落ち、鼻は潰れ、裂けた口からは粘りけのある血が滴り落ちていた。そのあまりの酷い外見を、私は何度も見る。
今までも、こういったことが無かった訳じゃない。他人が犠牲になったことなどは、冒険をしていれば山ほどあった。
アンゼリカは、たった一日会っただけだった。人前では本性を隠し、気に入った相手にはとことん友好的に接する彼女。すこし親密感や帰属感が強すぎるところもあったが、私はそんな彼女を気に入っていた。きっと、とても良い親友になれる。そんな思いだった。
でも、私は彼女を殺した。もしかしたら、彼女を救う方法があったかもしれない。それでも私は、最優先に自分と仲間の無事をとったのだ。
本当にそれで良かったのか。何度も何度も自問自答を繰り返すが、その答えは一生出ないだろう。
*****
「……だい……じょうぶ……?」
悪夢で目が覚めると、ザッハが私の顔を覗き込んでいた。表情は乏しいが、ザッハなりに私を心配していたのだろう。私には、毛布がかけられていた。
どうやら、床でそのまま気を失ってしまったようだった。
「……うん……ごめんね、ちょっと悪夢を見ちゃったの……」
私は、正直に話す。ザッハは家族のようなものだ、本心を話すことは恥でも何でもない。
すると、ザッハは私に水の入った容器を渡してくれた。私は、それを一気に飲む。少しだけ、どす黒い何かが流れ落ちた気がした。
私が少し呆けていると……ザッハが私の毛布の中に潜り込んで来た。
「ちょっ……ザッハ……!?」
ザッハは、潜り込んでじっとしたまま何もいわない。しばらくすると、ザッハは寝てしまった様で、微かな寝息が聞こえた。
私はザッハを抱くと、そのまま枕代わりに眠ることにした。その間だけ、私は悪夢を見ることは無かった――。
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