第二十二話 シフォンの王子様!
「ぷしゅ―…………」
アイスとザッハに救出された私は、元の宿屋に戻っていた。私が立ち直れていなかったので、夕食は二人が準備してくれた。
「……アイス……パンナに何か一言……」
「いや、私に一言といわれてもな……」
アイスは、私をなんとか励まそうと悩んでいた。そして励ましの言葉が浮かんだようで、私に声をかける。
「大丈夫だ、女同士だからノーカウントだ!」
私の心に、一生消えることのないトラウマが植え付けられた気がした。
*****
「アイス、おかわり!」
「パンナ……お前……もう5杯目だぞ……」
「だいじょう…うぷぅ……もう忘れるまでやけ食いよ!」
私は、アイスが近くの市場で購入してきた謎スープを、ひたすら胃の中に流し込んでいた。海の生物だろうか、普段食べることのない具材がたっぷり入った、少しとろみのあるスープで、とても私の好みだった。食べているときだけ、あのトラウマを忘れられる気がしていた。
「ふう……食べた食べた……うっぷぅ……」
……とはいえ、どんなに美味しい食べ物でも、限度はあった。私は6杯目で満足することにした。お腹はもう、ぱんぱんだ。
「パンナ……食いすぎだろ」
「……おなか……おっきい……」
二人が呆れて私の様子をみるも、しょうがないという感じで後片付けを始めた。私は、ちょっと食べ過ぎで気持ち悪かったので、そのまま椅子に座って休むことにした。
すると、入り口のドアを数回叩く音が聞こえた。こんな夜に誰だろうか? アイスが、片付けを止め入り口に向かおうとしたが、私が制止する。
「私が出るわ。アイスは片付けお願い」
私が入り口の扉を開けようとすると、何か外から鈍い音が聞こえた。その瞬間、私は一歩後ろに下がり、警戒する。
突然、扉は、訪問者と思われる人間が振りかざした巨大な槍で、粉々に砕かれてしまった。
その音を聞きつけ、アイスとザッハもこちらに向かって来る。
「アイス、ザッハ、ここじゃまずいわ、外に出るわよ!」
最低限の武器を、部屋においてあった荷物から出すと、私たちは躊躇なく窓を割って外に出る。この部屋は三階だったが、この程度の高さなら私たちに問題は無かった。私たちは着地すると、奥にある森の方へ向かう。今の時間なら、森はほとんど人がいないはずだ。
あと、恐らく狙いは私たちだ。魔王関係の敵だとすると、今騒ぎを大きくするのは得策ではないかもしれない。
私たちが森に向かうと、案の定、先程の訪問者も追ってくる。森の入り口のところまで到着し、誰もいないことを確認すると、私たちは戦闘態勢をとった。
巨大な槍を持った訪問者は、私たちを見つけると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。星明かりで、その訪問者の顔を見た時に私たちは驚愕した。
それは人間の顔なのだろうか。左目真っ赤に染まり、右目はただれ落ちていた。鼻は潰れ、裂けた口からは粘りけのある血が、ポタリポタリと滴り落ちていた。
そのあまりの酷い外見に、私は一瞬躊躇してしまう。
「……?」
しかし、かすかだが、目の前の化け物から声が聞こえる。
「……ご……めん……ね……ぱん……な……ちゃ…………。……こ……ろ…………し………………て…………」
「……! 嘘……あなた、アンゼリカ……なの!?」
私の言葉に、アイスとザッハも驚きの表情を見せる。その瞬間、アンゼリカと思われる者が、間合いを詰めて私に襲い掛かってくる。
「ぎゃっ!」
「くっ!」
フォースラピッドの魔法を使ったアイスのおかげで、間一髪アンゼリカの一撃をアイスが食い止めてくれる。
アンゼリカは再び距離を取り、攻撃の機会を伺っている。ただ、その動きとは別に、彼女はか細い声で私たちに話しかけてくる。
「に……げて……パン……ナ……チ……ンは……あなた…………たち……を……さが……し……」
再びアンゼリカは、こちらに襲い掛かってくる。
「フォースバースト!」
筋力を強化したアイスは、アンゼリカの一撃を捌くと鋭い突きを腹部に当てる。しかし、何か強力な結界のようなものに阻まれて、致命的なダメージを与えることができなかった。
ザッハが、私たちに声をかける。
「……気をつけて……あれは闇の結界の一種だと思う……。物理での攻撃は厳しい……かも……」
戦いの中、私はアンゼリカの声の内容を思い出す。アンゼリカがこうなったということは、チンは十中八九、魔王の四天王だろう。そして、私たちのことも恐らくバレている。
このまま、長期戦をしていたら、恐らくチンの配下の騎士隊か何かがくるのは明白だ。そうなったら、私たちに勝ち目はない。
私は決心する。
「ザッハ!あれをするわ。アイスお願い」
私の決心が伝わったのか、二人は無言で頷いてくれた。
「……ごめんね、また二人にも重荷を背負わせちゃうね」
「ああ、仕方がないさ」
「……パンナにだけ、背負わせないよ……私も背負う……」
二人の言葉を聞くと、私はアンゼリカの前に立つ。
「ごめんね、アンゼリカ。でも私たちはこのパーティーを組んだ時に決めたんだ。一人でも多く助かる道があるなら、迷わずそれを選ぶって」
「私は、あなたを倒して、私たちが生き残る道を選ぶ!」
私は懐から短剣を出すと、それをアンゼリカに放つ! それを叩き落とそうとするアンゼリカ。しかし、その短剣は叩き落される前に粉々に砕ける。
「スターダスト!」
本来なら、私の一撃必殺魔法だが、今回は短剣にほとんど魔力を詰めていない。その為、威力は殆ど無く、目くまらし程度にしかならなかった。
でも、それが今回の使い方だ。スターダスト単体では、詠唱に時間がかかり過ぎてアンゼリカに当てるのは至難だったからだ。
目くまらしによって怯んだアンゼリカに、アイスのコンビネーションが炸裂する。物理防御が効かないといっても、その威力までは吸収できる訳ではない。
アンゼリカはその衝撃で、宙高く舞い上がる。
「ザッハ!」
「分かった……!」
構えた私の右手が、まばゆく光輝く。構えたザッハの右手が、黒い炎で燃え上がる。
「スターフォース!」
「……ブラックフォース!」
二人の手から放たれる白と黒の輝きは螺旋状に交わり、一つの矛となり唸りを上げる。シャコタンの硬い甲羅すら貫いた、私とザッハの必殺のコンビネーション魔法だ。
そして、それは宙に浮いたアンゼリカに直撃する。アンゼリカの体は、バラバラにはならなかったものの、魔法の衝撃で黒く消し炭のようになり、地面に落ちていく。
そして、地面に落ちてそれは、もう動くことは無かった。
「…………。……ごめん……ごめんね……アンゼリカ……本当にごめん……なさい」
私は泣いた――。悔やんでも仕方がなかった。それでもアンゼリカの為に今は泣いた。
*****
私の予想通り、程なくしてチンの手の者と思われる騎士隊が、私たちを探し始めていた。私たちは、森の奥へ逃げると見せかけ、一度街の方に戻っていた。
アイスが私たちを案内する。王都の中でも、特に貧困の民がいる区域に私たちは逃げ込んだ。このあたりは比較的家が密集して入り組んでおり、ちょっとした迷宮のようになっていた。多少は時間が稼げるだろう。
しかし、そんな私たちの思惑とは違い、私たちの進む方向に騎士らしき人間の影が待ち構えていた。私たちは、止む終えないと戦闘体制を取る。
「大丈夫だ、心配ない。 私はチンの手の者ではないからな」
少し低い声で、私たちに目の前の騎士は話しかける。
「まさか、貴方様は……!」
驚きの表情を見せるアイス。
「久しいな、アイス。戻って来ているなら私のところにも挨拶に来てほしかったのだが……」
「誰?」
「……誰……?」
私とザッハが声を揃えて、アイスに問いかけるとアイスはバツの悪い顔をする。
「お前たち、知らないのか……。この方は、シフォン国王子、グラニュ―=シフォン様だ」
「えええええ!なんで、こんなところに王子様が!」
衝撃の連続で、私の頭の思考は既にぐちゃぐちゃになってしまっていた。
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