第十八話 家族のようなもの!
アイスは、チョコレイト姫の言葉に驚いていた――。
【私と共に、この王都を治めて欲しいのです――】
チョコレイト姫の真剣な表情は、冗談では無いことを物語っていた。
「………………」
しばらくの沈黙の後、アイスは、チョコレイト姫に返答する。
「チョコレイト姫、私には、その願いを私は叶えることができません。私は、5年前に、この王都を出て、今はただの冒険者です。ただの冒険者がいきなり王子となり、王都を治めるなど他の誰も納得しないでしょう」
「……はい、分かっています。これは私のワガママなのです。それでも私は、あなたと共に生きていきたいのです」
懇願するかのように、チョコレイト姫はアイスに語る。側近の騎士や侍女たちも、この発言を聞いて表情一つ変えていない。少なくともこの場にいる者は、チョコレイト姫の意図を知っているのだろう。
謁見の間に、しばしの沈黙が訪れる。
しかし、その沈黙は、謁見の間の扉が開かられることで打ち砕かれる。
「姫様、そろそろ気が済みましたかな?」
扉の先には、王都の大臣職が着る衣装を着た大柄の男が立っていた。
鍛えられた豪腕と豪脚、そしてその身から発する覇気のような威圧感。かなりの熟練戦士だと感じとることができた。
「……チン大臣……」
「そこの冒険者が申している通りです。ただの冒険者を王子にするなど、一体誰が認めるのでしょうか」
「……分かっております……。それでも私はブリットルとの――」
「チョコレイト姫!」
謁見の間全体に、大声と共に強烈な覇気が発っせられる。チョコレイト姫を含むその場にいた全員が、体を震え上がらせる。
「あ……ああ……」
チョコレイト姫は、そのまま下を向き押し黙ってしまう。
「ふむ……たしか、アイスとかいったな。姫のワガママで呼び立てて済まなかったな。もう下がって良いぞ。……あと、このことは他言無用だ」
アイスは無言でその言葉に頷くと、チョコレイト姫とチンと呼ばれる男に礼をして、その場を立ち去ろうとする。チン大臣は、チョコレイト姫の元へ歩いて行く。
「それではチョコレイト姫、貴方には罰が必要ですね。失礼致します。」
アイスが謁見の間から出て扉を閉めようとした……その瞬間、手荒く打つ高い打撃音と、チョコレイト姫の小さな悲鳴が聞こえたのだった。
*****
「……ねぇ……パンナちゃん……これどうしよう……」
アンゼリカは締まらない顔で、私に訪ねてくる。
「いや、私にどうしろといわれても……」
勇者様ガチャによって召喚された勇者?様は、「にゃー」と鳴く謎の生物だった。
この世界ではあまり見られない、人間の母性本能というかそういう感じの感性を刺激する……そんな生物だった。その生物は、アンゼリカの側にいくと、顔を脚に擦り付けてくる。
「……か、可愛い……! パンナちゃん、この子可愛いよね!」
興奮気味のアンゼリカは、その場にしゃがみこんでその生物を、もふもふ触りだす。
もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ……。
どれくらいもふもふしていたのだろうか。その生物は、アンゼリカの膝の上で丸くなると、ゴロゴロという音を立てながら眠りについてしまっていた。
「邪魔なら、膝から下ろせば?」
そう私が応えると、アンゼリカは涙目になる。
「こんなに安らかに寝ているのに、それを起こすなんてパンナちゃん酷い!」
そう、私に抗議をしてくる。
アンゼリカは、この生物にご執心のようだった。しかし……これは、またとないチャンスだった。
「……じゃあアンゼリカさん、私は戻りますね。ああ、その勇者……じゃなかった、その生物、存分にもふったら、あとで私の宿屋まで連れてきて下さい」
アンゼリカは、心ここにあらずといった生返事を返してくる。今なら、余計な詮索をされず開放されそうだ。私は、この部屋からアンゼリカの邪魔をしないように静かに退出する。そして、そそくさと、王城に来た道を引き返す。本当は色々王城内を見たいところであったが、流石にうろうろしていたら怪しまれそうだったので、また次の機会にすることにした。
この城に入る私を覚えていてくれたのだろうか、見張りの騎士からは特に怪しまれることはなかった。私は、正門の警備している騎士に、お疲れ様の挨拶をすると、王城の外へ出たのだった。
「あら?」
王城を出てすぐ、目の前で何やら考えながら歩いているアイスを見かけた。
「アイス、あなたも用事終わったのね?」
「……パンナ……ああ。そうだパンナ、少し寄り道しないか?」
「ええ、いいわよ」
アイスの誘いで、私たち二人は王城のから少し離れた森に足を踏み入れる。そこは小さな村くらいあるのだろうか。そのくらいの大きさと思われる森だった。
まさか王都の塀の中にこんな森まであるのは驚きではあった。奥に進むと、小川があるのだろうか、水の流れる音が微かに聞こえる。塀の中にあるためだろうか、風はほとんどなく、重なりあった木々の隙間から陽の光が微かに流れ込んでいた。
私たちは、森を少し進んだところで、手頃な場所に座り込んだ。
「いい場所ね。風がもうちょっと欲しいかもだけど」
「ここは……私たちがこちらに来てから、よく来た場所だったんだ」
「ふうん……。私たちってのは、アイスを呼んだ姫様も入ってるんでしょ?」
「ああ……」
返事をするアイスだった。どこか昔を懐かしんでいる感じもしていた。
私が、少しこの場所の雰囲気を楽しんでいると、アイスが私に話しかけてくる。
「なぁ、もし私が、姫と王都に残るといったら、パンナはどうする?」
「そうね、全力で引き止めるわよ!」
私は即答する。
「……ふっ……そうか」
私の即答を聞いて、アイスは苦笑した。
「でも……それでも私たちの振り切ってまで、アイスがやりたいと思うことだったら、最後は私、応援するよ」
「パンナ……」
「うん」
私は、アイスに向かって微笑む。
「私たちは、その……恋人でも……友情でもない……そうそう、家族みたいな関係じゃない? 家族の巣立ちには、やっぱり応援したいものなのよ!」
パーティーは有限だ。もしかしたら、明日もう二度と会えなくなってしまうのかもしれない。それでも、今の私たちの絆は消えることはないだろう。
だかた、アイスには、アイスらしく生きてほしい。私は、木々の隙間から見える空を見上げ、アイスにそんな気持ちを伝えるのだった。
「はは、ありがとな、パンナ!」
私の横に来たアイスはそういうと、私の頭をポンポンと叩く。
「いやいや、私、お姉さん役だから……!」
そういうと、アイスは大きな声で笑いだしたのだった。
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