第十三話 おっぱいの力!
サカイは勇者だったその焼け焦げた物体の前に立つと、右手を勇者の前に掲げ上げる。
「これで、終わりです!」
私は、ただ目を背けることくらいしかできなかった。
しかし、サカイが右手を振り下ろそうした瞬間に、それは起こった。
「……この勝負、ワイの勝ちンゴ!」
人の形をした黒い消し炭から、声が聞こえたと思うと、突然それは辺りを大きく響かせるほどの爆発を起こした! そしてその爆風の中から、見たこともない若い裸の男性が現れる。
男の手に持っていた聖剣が、魔王軍四天王【サカイ】を一閃する!
「ぐっ!? ぎゃあああああぁぁぁぁ!」
サカイの壮絶な叫び声が、爆風と同じように空洞全体に響きわたる。黒い血が吹雪のように、周りに飛び散っていった。
目の前に見えるのは、切られたサカイの宙高く舞う右腕――!
私は、反射的に最後の魔力を、その右腕に向かって放つ。
「……ブラック……ウィンド!」
黒風は、宙に浮かぶ右手を木っ端微塵に切り刻んでいく。
「ギャウ! ギャウゥゥゥゥゥ!?」
右腕に宿っていたと黒竜の影は、宿主から切り離され断末魔の声を上げると粉々になって散っていった。少なくともこれで、サカイはもう黒炎は打てないはずだ。
右腕を聖剣で切られたサカイが、右腕があった箇所を左手で庇い、こちらを睨みつける。
「貴様……! 何者だ! どうやってここに現れた!」
「何をいってるンゴ? ワイは勇者ンゴよ?」
「……なん……だと……!」
「……!? ……嘘……!?」
サカイと私は、同時に声を上げてしまう。
どうやら、本当にあの勇者らしい。よく見ると、顔に勇者の面影が残っている感じはあった。原理が不明だが、目の前にいる裸の青年はあの勇者らしい。
「く……! 一体どうやってあの黒炎を防いだのだ!」
「ああ、それンゴね」
「ワイの特殊能力【ゼイニクウゴーク】で、ワイの周りに脂肪の膜を貼ったンゴね! 膜とワイの体の間に空気の層を作ったんで、なんとか耐えることができたンゴよ!」
……と敵に堂々とネタばらしをすると、突然そのまま倒れてしまう。
「体中がヒリヒリ痛いンゴ……」
流石に空気の層を作ったとしても、その黒炎の熱でかなりのダメージを体に負ってしまっているようだった。私も、先程のブラックウィンドで魔力を使い果たしてしまい、もう魔法を打てる力は残っていない。
「くっくく……! ここまでやられたのは、このサカイ初めてですよ。敬意を持って、お二人ともここで残酷に、なぶり殺しさせて頂きます」
サカイは、左手から小さな黒炎を出すと、右腕あった場所の付け根に押し当てた。肉が焼ける独特の音と匂いが立ち込める。自らの傷口を焼いて出血を止める……恐ろしいまでの執念だった。
「……く……くく……、まずは死なない程度に、全身を焼いて差し上げましょう!」
苦しそうな表情のサカイは、こちらに左手の黒炎を向けている。勇者は倒れて動かない。私も動けない。絶対絶命のピンチは変わらなかった。
その刹那、天井から爆音が響く。
上を向くと、天井にできた穴から、眩い星の光がいくつも放たれた。
「スターライト――――!!」
詠唱とともに天井から、周りの岩場を巧みに利用して降りてくるパンナとアイスだった!
「なにいぃっ!?」
完全に頭に血が上り、状況を把握できなかったサカイ。とっさに黒炎を向け、スターライトの魔法を迎撃する。
その瞬間、アイスが一気にサカイに詰め寄り、騎士の槍で体ごと吹き飛ばす。二人の見事なコンビネーションだった!
「ザッハ! 勇者様、大丈夫です……か?」
パンナは、裸の痩せた勇者と対面する。
「あれ……? 誰これ!? にくだんごは? ザッハ?」
裸の男を見て、不思議そうな顔をするパンナ。元の姿を知っていれば、あれが勇者とは思わないだろう。
「……あれ……勇者……この戦いで……痩せた……」
私の一言で、呆れるパンナ。
「一体どう戦ったら、こんなに痩せるのよ!」
パンナは私と勇者の両方の状態を確認すると、けがの程度が悪い勇者の方から治療を開始した。
「ザッハ、これ飲んで。多少はマシになるから」
パンナから、回復薬の入った瓶を受け取る。私は蓋を開け、それを一気に飲み干した。
「……まず……い……」
「その状態で、贅沢いわないでよ……」
私とパンナとの、いつものやり取り。まだ戦いは終わっていないが、私は少しだけ安堵することができた。
遠くでは、アイスがサカイと対峙している。
「なぜ?!この場所が!」
「いや、あれだけ爆音を響かせれば、場所を教えているってもんだろう!」
アイスの槍をかわしながら、応戦するサカイ。手負いではあったが、左手で魔法の剣らしきものを造ると、アイスと互角に戦っている。流石は四天王と、いったところだろうか。
「この私が人間如きに……!」
「以前、お前たちの仲間に酷い目に合ったからな。今度は仲間を救えるように結構頑張ったんだぜ?」
アイスの鋭い槍の突きが、サカイの脇腹をえぐる。痛みで、恐ろしい形相を見せるサカイ。最初のころの紳士的な顔の面影はもうなかった。
「……まさかお前たちか……!? ミチバを倒したのは……」
驚きの表情をするサカイ。あの後、四天王【ミチバ】がどうなったのか分からなかったが、どうやらあの爆発で倒せていたらしい。
「おのれ……! おのれ! おのれ! おのれ! おのれ!」
怒りに震えるサカイは、アイスに突進していく。もはや怒りまかせ闇雲にぶつかっていく感じだった。
アイスは、それを見逃さない!
「フォースラピッド!」
俊足の足で一気に距離を詰める。狙うはサカイの心の臓。サカイは、アイスのスピードについていくことができなかった。
「ぐはぁ!! お、おのれ……!」
アイスの必殺の一撃――!
心の臓を的確に狙った騎士の槍は、サカイの体を貫いたのだ!
はるか遠くに吹き飛んでいくサカイの体。恐らく即死だろう。地面に転げ落ちたサカイの体は、それから二度と動くことはなかった。
「やったぁ! 流石、アイス!」
治療をし続けるも、歓喜の声を上げるパンナ。しかしアイスの様子がおかしい。
「……アイス……?」
私は、か細い声でアイスに声をかける。
アイスは戦闘態勢を崩していなかった。アイスの視線の先を見ると、そこには先程、転げ落ちていたサカイが立っていた。
……いや、宙に死体が浮いていた。
「……魔王様……どうか私めの体を使い……こやつらを倒す力を……お与え下さい……」
死体から声がする。すると、サカイの体が突如現れた黒い光に吸い込まれていく。その黒い光は、徐々に巨大化してこの空洞を埋めていく。
アイスはその黒い光に対し槍を突き刺すも、弾かれてしまう。
「なによ、これは……!?」
「……多分……禁呪法の人体精錬……」
「人体精錬?」
パンナが、私に問いかける。
「……自らの肉体を贄として……新しい生命を作り出す禁呪法……とても危険……」
私は震えた。魔王の四天王の肉体を利用した人体精錬。それだけで、かなり危険な生物が誕生するのは明らかだった。
「クソ……! 貫けない!」
アイスは、何度も黒い光に槍を突き刺す。しかし、物理的な攻撃が効かないのか、槍による攻撃は全て阻まれてしまっている。
徐々に黒い光が大きくなっていく。既にその大きさは、小さな家位までになっていた。
「逃げましょう!」
パンナが私たちに声をかける。確かに、もう逃げるしか手はないのかもしれない。 ただ、このまま、これを放置したら……この一帯の村や街は壊滅するかもしれない。
できるなら、いまここで倒すべきものであるということも、この場の全員が分かっていた。そのことが、私たちが逃げるのを躊躇させていた。
「ワイが……やるンゴ……」
「ちょ……! ちょっと! まだ治療が終わってないわよ。」
パンナの治療中にも関わらず、立ち上がる勇者。傷は治療魔法である程度回復しているようだったが、それでも、まだ戦うには不十分だった。
「どうするつもりよ?」
「……聖剣なら、あの黒い塊を倒せるんじゃ無いンゴかな……」
確かに、聖剣なら恐らく倒せるだろう。
「……だいじょうぶ……?」
「ザッハちゃんが応援してくれるから大丈夫ンゴよ!」
勇者は、私の方を見ると、よろよろと立ち上がり聖剣を構える。パンナに支えられながら、黒い光の近くまでいく。黒い光の大きさは、先程私たちが見た教会くらいまでの大きさになっていた。
「……ザッハちゃんを虐めた罪、万死に値するンゴ……。これで消えてなくなるンゴ……!」
構えた聖剣から、黄金の光がほとばしる。そして、剣を力の限り振るうと、その黄金の光は刃となり、黒い光に放たれる。
「――――――――――――――!!」
聖剣から放たれた黄金の刃は、障壁を容易く破り黒い光を真っ二つにする。真っ二つにされた黒い光は、状態を保てなかったのか、霧のように散り、綺麗に消えてなくなってしまった。
……! ついに勇者は、魔王の四天王の一人を倒したのだ!
「……勇者!」
私は先程の回復薬で多少歩けるようになっていた。そして勇者の元へ駆けつけた。しかし勇者は、私が辿り着いた途端、再度、倒れてしまったのだ。
「……勇者……? 大丈夫……? 勇者?」
わたしは倒れた勇者の肩に手をおくと、軽く揺すってみる。しかし、勇者は事切れたように動かなかった。
「……!」
私は、すぐに心臓の音を確かめる。勇者の体からは、何の音もしていなかった。
「……心臓が止まっている……」
私の声を聞いて、パンナとアイスは驚愕する。私は泣きながら勇者に声をかける。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。生き返って……」
勇者の肩を強めに揺すりながら、私は声をかけ続ける。でも勇者は壊れた道具のように、ただ揺れるだけだった。
涙が止まらない。わたしがあんなに酷い態度をとったのに、それでも勇者は最後まで守ってくれた。そんな勇者に何もできないまま、死なせてしまったのだ。
「ああ!! もうフザケないでよ!」
突然、怒りの声を上げるパンナ。勇者の前に座ると、肩を揺さぶって泣いている私を引き剥がす。
「パン……ナ……?」
「まだ、勇者ガチャの魔法は消えていないわ! だったらまだ死んでない!」
パンナは勇者に口づけをすると、呼吸法による蘇生術を始めた。
「……私のキスまで奪っておいて、こんなところで死ぬなんて許さないから!?」
何度も口づけをし、心臓をマッサージする。それでも勇者はピクリとも動かない。それでも、パンナは諦めずひたすら蘇生術を施している。パンナの額は汗まみれになっていた。
「おっぱいなら、いくらでも揉ませてあげるから、生き返りなさいよ―――!」
パンナの叫び声が、周囲に鳴り響いていく。
ピクリ――。
その声に応えるかのように、勇者の手が再び動き出す。その両腕は、パンナの胸に向かって一直線に動き出した。
「ひ……! きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
パンナの叫び声とともに、勇者の心臓は再び動き出したのだ!
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