第十二話 ザッハの叫び!
悪いことは続くという話はよく聞くが、どうやら本当らしい……。
勇者と二人きりの所で、まさかの魔王の四天王【サカイ】という魔道士と遭遇してしまった。サカイの黒い炎の威力を見る限り、私よりもかなり強力な魔法の使い手だった。
私は何とか致命傷は避けたものの、黒炎のダメージが酷く、動けそうになかった。直ぐに治療しないと、後遺症が出てしまうかもしれない。
パンナやアイスたちが、ここに来ることを期待したいが、四天王が作り出した結界であれば、この場所を直に見つけ出すのは難しいだろう。
勇者と聖剣の力は確かに協力だった。しかし、如何せん経験が足りなすぎる。私の見立てでは、勇者がサカイに勝つのはかなり難しい。
……なので、私は、この場で最善の方法を勇者に伝えた。
「……勇者……逃げて……」
痛みで意識が遠のきそうになりながらも、私は足を踏ん張り、なんとか立ち上がった。勇者も、こんなボロボロの私が、立ち上がるとは思っていなかったようだった。
「ファッ!? ザッハちゃん! 動いちゃ駄目ンゴ!」
驚いた様子で、勇者は私を見る。
「……このままじゃ……全滅……。……パンナとアイスと合流して……」
「ザッハちゃんを置いて逃げるなんて、出来ないンゴ!」
「……!」
また、その台詞をいわれてしまった……。
一人で生きようと、師匠の所から飛び出したのに、また庇われてしまっている。私は、救う側になりたいのだ。
「……逃げて下さい、勇者様。このままだと、ここで二人共殺されてしまいます……!」
「……ンゴッ!」
「……勇者は生き残らなければならない。それが勇者のなすべきことなのです」
いつもの口調とは違い、凛とした態度で勇者に話す。そして、勇者に向かって微笑む。……そういえば、勇者は私を庇ってまで戦おうとしているのに、随分失礼な事をしてしまっていた。
【ごめんなさい】……心の中で、勇者に謝った。
「ふむ、そろそろ、作戦はまとまったかね」
私たちの様子を眺めていたサカイは、やれやれといった様子で一歩前に踏み出す。
「ええ、おかげさまで。私が相手をするわ!」
「ほぉ、今のあなたが、私の相手が務まるというのですか?」
「これでも、マカロンの大魔導士の弟子だった黒魔道士、ザッハ・トルテの力、見せてあげるわ!」
……もし、あの力を使えば私は人では無くなるだろう。
勇者が巻き沿いになるかもしれない。私は、その場で動かない勇者に、声を上げる。
「何をしているんですか、勇者! 早く逃げて!」
私の鬼気迫る様子に、勇者は戸惑っているようだった。私は、勇者に最後の一押しをする。
「勇者……。どうかわたしの命を無駄にしないで下さい……生きて……下さい……」
その言葉を聞いた途端、勇者の目つきが変わるのが分かった。どうやら、私の決心を分かってくれたらしい。
これで心置きなく……とは、いかなかった。勇者が、私の目の前に背を向け、立ちはだかったのだ。
「な……! 何を……しているのですか!」
わたしは悲痛な大声を上げる。
そんな私に、勇者は応える。
「約束したンゴね。ザッハちゃんを守るって!」
異世界から呼ばれただけの、都合の良い勇者の癖に、なんで会ったばかりの私の為に命を掛けれるの!私は呆れ果てた。勇者に浴びせる罵声の言葉すら出すことができなかった。
勇者が聖剣を構えると、サカイはそれを宣戦布告と受け取った。サカイの右腕から、黒炎が浮かび上がると、すぐさま、勇者に向かって放たれた。
私はここであることに気が付く。黒炎はサカイの腕から出ているとおもっていたが、手に取り憑いている何かが、黒炎を発していたのだ。
襲い掛かる黒い炎を、勇者は聖剣で叩き落とす。しかし、模擬戦の時のような華麗な動きではなかった。後ろにいる私を、庇っている為だった。
「ほぉ、なるほど、なかなかやりますね。ではコレはどうでしょう?」
するとサカイは、右腕を高く掲げる。すると、掲げた右手からは、数匹の黒竜の影が現れだした。
その数は八匹……! これがサカイの能力なのだろうか。一つの黒炎でも手強いのに、八匹が同時に黒炎を放てば、私たちに避ける術はない!
「さぁ、これはどうします? 避けてもよいのですよ? 後ろの魔道士は消し炭になりますがね!」
無情にも、八匹の黒竜の影から、黒炎がこちらに向かって放たれる! 聖剣で防ぐごとが出来るといっても、せいぜい三発程度が限界だろう。
「勇者!逃げて―――――!」
私は、声を振り絞って勇者に叫んだ――。
しかし……勇者は逃げなかった。
私の目の前で、轟音が鳴り響くと巨大地震のような地響きが起きた。この広い空洞全体が、まるで波に揺られるかのように揺れているのが分かった。天井から巨大な岩やレンガの瓦礫が、幾つも落ちてきた。凄まじい衝撃だ。
……そして、私は……目の前の光景に絶句してしまう。
そこには、聖剣を地に刺し、両腕と両足を広げて八つの黒炎の攻撃を受け止めた勇者の姿だった。全身はどす黒く変色しており、油の焦げた匂いが辺りに充満している。私の時と一緒で、全身に黒い炎の残り火が勇者の肌を燻っていた。
「……だい……じょう……ぶ……ンゴ……ザッハ……ちゃん……」
……! それでも勇者は生きていた。
あの八発もの黒炎を受けても尚、勇者は死んでいなかったのだ。
「すばらしい……!」
空洞に、拍手の音が鳴り響く。
「まさか、全ての黒炎を受けてまだ生きているとは、あながち勇者といわれているのも間違ってはいないようですね。……であれば魔王様の為、ここで確実の仕留めるのが我らの使命でしょう」
サカイは躊躇なく、再度こちらに目掛けて八発もの黒い炎を放つのだった。
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再度、けたたましい轟音が鳴り響き、再び静寂が訪れる――――。
それでも、勇者は倒れなかった。私の目の前でまたしても、全ての攻撃を受け止めたのだ。勇者の姿は人の形を残していたが、全身真っ黒の消し炭状態になっていた。それでも、勇者は膝をつくことはなかった。
「……驚きました、まさかあの攻撃を再度受けて尚、受け止めて吹き飛ばないとは!」
驚いたサカイは、こちらに近づいてくる。
「いいでしょう、私の手でその体バラバラにしてあげましょう」
勇者の前に立ち、勇者の顔に自らの手をかざして切り刻もうとしている。
私は、その場で動くこともでず、ただ傍観するしかなかった。




