第十一話 結婚するンゴ!
今日は、日差しの暖かい穏やかな天気だった。廃墟となった城へ向かう道は、木々の間隔が少し狭い感じの並木道が続いている。並木道の木々から差し込む日の光は、硝子細工のように鮮やかに輝いていてとても綺麗に見えた。道も多少荒れてはいるものの、廃墟となった城のものとは思えない綺麗な状態だった。
周りには小動物が数多くいるのか、時折木の陰に動物の姿や、空には鳥が飛んでいるのが見えた。
そして、小鳥の囀りに合わせて、にくだんごの歌が聞こえてくる。……割と上手だった。歌詞の内容は意味は不明だけど、テンポは良く、これから冒険に行くぞ! という気になる勢いが感じられた。
アイスも気に入ったのか、鼻歌で歌い出しご機嫌だった。
……ただし一人を除いては……。
「う……うぷ……。 ………………」
まるで、馬車に長時間揺られて、重度の酔いが回っている初心者冒険者のような様子のザッハ。
「ザッハちゃんと、るんるんデートんご!」
そんなザッハと手を繋ぎながら聖剣を振り回して歩いていく、ご機嫌のにくだんご。
……まぁ、日替わり勇者様だから、今日一日の我慢よ! ザッハ! と、私は心の中で応援することにした。
しばらく歩いていくと並木道が終わり、広い平野にでた。周りを見渡すと、幾つか城の残骸と思われる瓦礫の山がところどころにあった。建物自体は、かなり徹底的に壊されているようで、人が隠れたりできそうな場所は、この辺には見当たらなかった。
「うーん、ほとんどお城の面影はないわね……。城跡っていうから結構建物の形が残っていると思ったけど、ほとんど瓦礫ね……」
全体をざっとみてみると、城があったと思われる場所はかなり広く瓦礫が広範囲に散乱しており、奥には道のような後が残っていた。後を追ってみると先に少し薄暗い森が見える。
道があることを考えると、奥にも何か別館のようなものがあるかもしれない。私たちは周囲を警戒しつつ、奥の森へ進むことにした。
「ザッハちゃんの手……あったかいナリ……」
「!! ひっ!!」
たまに聞こえるザッハの小動物のような悲鳴。……しょうが無い、ちょっと助けてあげましょうか。
「勇者様、既に私たちは調査地域に入っております。何があるかわかりませんので、勇者様も気を引き締めて頂けますでしょうか(ニコニコ)」
そして、にくだんごにしか聞こえない距離まで近づき、耳元でささやく。
「凛とした勇者様の姿を見たら、ザッハも喜びますよ」(ニッコリ)
するとどうでしょう! 急ににくだんごが背筋をピンと伸ばし始める。
「そ、そうンゴ、勇者としてのかっこよさを見せるンゴ!」
……なるほど、冷静に誘導してあげればある程度扱いやすいことは分かった。
私たちは、城の跡地から森の奥へと進んでいた。とりあえず今のところ、人や狂獣の気配もなく、特に気になるようなものも無かった。余りにも何もない……。もう少しここでの戦いや情報を、聞いておくんだったと若干反省する。
「じゃあ進むンゴ!」
「ひぃ……!」
にくだんごとザッハの二人は、どんどん森の奥へ進んでいく。
「やれやれだわ……」
「やれやれ……」
私とアイスは、保護者になったような気分で後を追った。
*****
森を抜けると、そこには教会のような建物があった。三階建て程度の建物の大きさ、一番上には鐘をつく場所があった。周りの窓は、虹色のような珍しい装飾がされている。太陽の光が窓に反射し、建物の周りの地面に虹模様を描いている。その光景は、なんとも神秘的なものだった。
城がほとんど瓦礫だったことに比べ、こちらはほぼ建物の原型を保っていた。もしかすると城が落ちた後に、建てられたものかもしれない。なんの目的で建てたのかは不明だけど……。
「……け……けっこんするンゴ……!」
唐突に、にくだんごが声を上げる。
「この教会で、ザッハちゃんと結婚するンゴゴゴゴゴ!」
「?!?!?!?!?!?!?!?!」
その発言に、唖然とする私とアイス。目を極限まで見開いて、どこか遠い世界を見ているような様子のザッハ。
「さぁ、ザッハちゃん、僕達幸せになろうンゴ!」
にくだんごは、呆然としているザッハの手を取ると強引に教会の中に入っていった。その直後、周りに大きな地鳴りが響いた。
「……な、なに!?」
地鳴りは直ぐに止んだが、揺れがかなり不自然に感じだ。すると、教会と思われる建物から、一瞬魔力のような気配が発せられた。
私は急いで、二人の後を追って教会の中に入る。しかし、周りを見回してもザッハと勇者様の姿は見当たらなかった。
中を注意深く観察していく。長椅子が均等に並ばれていて、その奥には祭壇のような物が置かれていた。見た目はやはり教会だった。
しかし、二人の気配はこの場では感じられない。アイスは少し考えた様子で私に話しかけてくる。
「もしかすると、何かしらの罠にかかったのかもな……」
「……やっぱり、そうね」
通常の魔法を使った罠であれば、事前に気配でなんとなく分かるのだが、今回は一瞬魔力の気配があったのみで、今はまったく感じられない。もし、魔法による罠であるのであれば、かなりの手慣れの可能性が高いだろう。狂獣などではなく、知性を持った何者かの可能性が高い。
「アイス、気をつけて。結構ヤバイかもしれないわ。勇者様は聖剣を持っているからある程度戦えると思うけど、急ぎましょう!」
「そうだな、警戒しつつ二人を探すぞ!」
私とアイスは互いの背中を合わせつつ、教会の中を探索することにした。
*****
……迂闊だった。勇者に気を取られすぎていて、警戒を怠ってしまっていた。私と勇者は、建物に入った直後、何かの罠の魔法でこの場所に転移させられてしまったらしい。もっと警戒すべきだった……。今の状況は最悪だった。
「ザッハちゃん? 大丈夫? 真っ暗ンゴね。お互い手を繋いで逸れないようにするンゴ」
ヌメヌメした手が私の手をぐにゅりと握る。
「ひゃぁ!」
また少し悲鳴を上げてしまった。正直辛い。とはいえ、今はパンナとアイスに合流することが先決だ。
私は勇者の手を、市場で売っているヌメヌメした魚【ナウーギ】と思って我慢することにした。ナウーギは、甘いソースをつけて何重にも焼いた料理がとても美味しい。私の大好物の一つだ。そう思えば、なんとか我慢することができた。
私と勇者は、少し進む。周りは結構作り込まれている通路だった。通路の壁にも模様があり、先程みた教会の窓硝子の装飾に似ていた。恐らく、あの教会の地下ではないだろうか?
しばらく進んでいくと、重そうな扉があった。
力を入れて扉をゆっくりと押し開くと、広く開けた場所に私たちはでた。恐らく街の宿屋が2、3件は入ってしまうような大きな空洞。空洞の周りは積まれたレンガのようなもので整備されていて、しっかりとした作りを感じさせる。
「……はっ!」
突然、前方から強力な魔力を感じると、黒い何かがこちらに向かって放たれていた。私は、反射的に魔法を放つ。
「ブラック……ウィンド!」
しかし、こちらに向かって来たのは黒い炎だった。その炎はブラックウィンドの力の威力で、さらに大きな炎になってしまった。私は繋いでいた勇者の手を振り払い、突き飛ばす!
「んゴゴっ!?」
突然、私に突き飛ばされて、何が起きたかわからない表情の勇者。
「ブラック……ウィンド!」
私は、再度魔法を詠唱し、こんどは魔法を身に纏う。攻撃魔法を、防御に徹するように調整させたものだ。パンナのプロテクションの魔法に比べれば、弱いのだが無いよりははるかにマシだ。
そして、黒い炎が私に目の前に到達する。その瞬間、わたしは身に纏った魔法を拡散させる。
「……くぅぅ!」
それでも、目の前の炎の力は強く、その残り火に私の体は包まれてしまう。
「きゃぁぁぁ!」
私は焼かれながら、その炎の魔法の衝撃で、後方へ吹き飛ばされてしまう。
「う……うう……」
着ていた服はボロボロに破れ、体にも幾つも黒炎で受けた火が燻りながら、私の肌を焦がしている。
動くことができないほどの激痛が、私を襲っている。
私の防御魔法を弾き飛ばす程の魔力は、明らかに普通の魔道士では無いだろう。しかし、最悪は再び訪れた。
先程の黒い炎が、再び私に向かって放たれていた。
「……あ……!」
そんな、逃げる力も無いわたしの目の前に、立つ影があった。
それは、あまりにもふくよかで。
それは、あまりにもぽっちゃりで。
それは、あまりにもまるかった。
しかし、その手に持つ聖剣が輝きだすと、剣を一振りすると黒い炎は跡形もなく吹き飛んだ!
「ザ、ザッハちゃん!だ、大丈夫んご? 治療魔法ってワイにも使えるのかな……」
「……私はまだ大丈夫……それよりも前……気をつけて……」
私は、声を振り絞って勇者に伝える。
どうやら、先程の黒い炎を放った張本人が、私たちの前に姿を表したのだ。
「ほぉ……その剣、只者ではないようですね」
そこには、ちょび髭を生やした、目の細い、見た目少し穏やかそうな顔をした男が立っていた。
ただ、その目は明らかに強者の輝きを放っている。
「だ、だれンゴ! ザッハちゃんをこんなにしたのはお前ンゴね!」
すると、目の前の男は少しクスリと笑うと、私たちに話し始める
「これは失礼しました。自己紹介をしないといけませんね」
「私の名はサカイ。魔王さまに使える四天王の一人です。どうかお見知りおきを」
誰でも書き込みできますので、宜しければ感想などをよろしくお願い致します。