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7.5.フェスカ家の使用人達

 クラウディオ・フェスカは四年前、二十四歳の時に屋敷を購入した。もっと早くに購入するつもりでいたのだが、クラウディオ自身が選んだ物件をことごとく、両親から却下されたのだ。フェスカ家の人間なのだから、それなりの屋敷を購入なさい、と。

 当初は面倒だと思っていたが、屋敷を建てろ、と言われないだけマシだと思うことにした。

 そんな両親がようやく認めたクラウディオの屋敷は、貴族街にある。広い庭、立派な門、三階建てで白い壁。前の持ち主は、屋敷の手入れをきちんとしていたらしい。古いが、決して痛んではいない。

 ただクラウディオ自身は、この屋敷にあまり執着がない。屋敷の管理や手入れは、すべて使用人に任せてしまっている。


「グスタフさん、旦那様はいつお戻りになります?」


 正面玄関に響くのは、軽やかな靴音。正面玄関は吹き抜けになっており、二階から正面玄関が見下ろせる。名前を呼ばれた屋敷の執事グスタフは立ち止まり、二階を見上げた。

 そこには家政婦長リンダの姿が見えた。


「深夜を回るかと思われます。何かありましたか?」


 階段を降りてきたリンダは、わかりやすいほど、機嫌が悪いようだった。


「またですか……。奥様──ヴィオレット様のお部屋の壁紙を張り替え終えたので、確認していただこうと思いましたのに」

「旦那様はすべて、我々に任せていますからね。恐らく、見ても見なくても、答えは同じだと思いますよ」


 グスタフは姿勢を崩すことなく、リンダを見上げている。お互い、それなりに年齢を重ねてきた。初めて会った時と比べると、年をとったな、と思ってしまう。


「旦那様は自覚があるのかしら。再来月には、結婚されるというのに……」


 一週間前の正式な婚約発表から、この屋敷は慌ただしい。ヴィオレットを迎え入れるための準備で追われているのだ。

 ロンベルク家の急いだような結婚式の日取りを、フェスカ家は快く承諾した。両家とも、早々に子ども達を結婚させたいというのが、よくわかる。

 ロンベルク家は、花嫁衣装だとか持参金だとかを準備し、ヴィオレット自身は仕事の合間に嫁入り──つまり、引越しの準備を進めている。

 が、クラウディオ自身は、普段となんら変わりのない日々を送っていた。ヴィオレットを迎え入れるため屋敷の一室を改装してはいるが、出しているのは費用だけ。

 あとはすべて、執事のグスタフ、家政婦長のリンダに任せっぱなし。


「ヴィオレット様の好みさえ、教えてくださらないし……」

「教える以前に、知らないのだと思いますよ。あの方は、そういう気遣いができる方ではありませんので」


 グスタフはあっけらかんと言って、階段を上がる。ヴィオレットのために改装している部屋を、見に向かうのだ。壁紙と床が済んだら、次はシャンデリアやベッドといった家具を選び、運び入れる。

 それが済んだら、細々としたものを揃えるのだが、クラウディオは相手と連絡を取り合っていないので、ヴィオレットが何を持って嫁いでくるのかさっぱりわからない。


「その点だけは把握しておきたいのですがね」


 グスタフは二階にあるヴィオレットの部屋へ向かいながら、独り言のように漏らす。屋敷の管理を任されているとはいえ、主人を無視し、勝手に相手側へ連絡するのはよくない。

 だからこそ、グスタフとリンダは困っている。


「食器なども、新しいものを購入しますわ。必要最低限しかありませんもの。さて、どうかしら」


 三階に到着し、リンダが自ら扉を開けた。部屋には何もなく、開け放たれた窓にはカーテンもない。壁紙は一見すると白だが、よく見れば淡い水色だとわかるだろう。

 そして、無地である。ヴィオレットの好みがわからなかったので、無難な色合いと柄を選ぶしかなかったのだ。リンダとしては、いささか不満ではあるが。


「よろしいと思いますよ。ベッドのサイズはどうしましょうか? 共同寝室でも良いと言ったのですが、旦那様が却下されたので」

「それも問題ですわね。心の距離と実際の距離は比例すると言いますし、夫婦はなるべく同じ空間で過ごすべきだと思いますわ」


 寝室が別々というのは身分の高い夫婦にはありがちだが、新婚の間くらい、寝室を同じにしても問題はないのでは、とリンダは思うのだ。特にクラウディオの場合は、なおさらだ。

 クラウディオは仕事人間で、屋敷には寝に帰るようなもの。この状態のまま結婚しても、夫婦がすれ違うのは目に見えている。

 だからこそ、寝室は同じにするべきだ。


「そこまで勝手な真似はできませんよ。──家具はどうしましょうか。白、木目調、それとも今、資産家の令嬢の間で流行しているカラフルなものにしましょうか?」


 グスタフは顎に手を当て、部屋を見渡す。部屋はとても広く、部屋の奥にある扉の先には、衣装部屋がある。サイズがわからないので、ドレスを仕立てることはできないし、何より相手は公爵令嬢だ。名ばかりではなく、資産もある立派な公爵家の令嬢。ドレスは余るほど持っているだろうから、今急いでドレスを仕立てる必要はないと判断した。


「家具はやはり、白にすべきでは? 変わり者と呼ばれていますけど、年頃のお嬢さんであることに違いはないわけですし──」


 リンダが意見を言い終わる前に、慌ただしい足音が聞こえ、そして弾む声が聞こえた。


「リンダさん!」


 グスタフとリンダ、ふたり同時に、背後の扉を振り返った。扉は開けっ放しで、廊下が丸見え。

 その廊下に立っていたのは、ブルネットを綺麗に結い上げたセリア、と言う名のメイドだった。


「セリア。廊下は走らないように、といつも言っているでしょう。忘れたの?」

「す、すみません。あの、ラヴィニア様がお越しになりました」


 思いがけない来客に、グスタフとリンダは驚いた顔で、廊下に立つセリアを見つめていた。





 ラヴィニアは会うなり、一枚の紙を手渡して来た。

 そこには、グスタフとリンダが待ち望んでいた情報が書かれていた。相手側が持って来る家具、こちら側が用意しておいた方がいいであろう家具などの情報だ。


「昨日、エルナと会って聞いてきたのよ。クラウディオはあの性格だもの。何も言っていないのでしょう?」

「──はい」


 リンダは同意すべきかどうか迷ったが、嘘をつくべきではないと思い、素直に頷いた。


「感謝いたします、ラヴィニア様」

「いいのよ。急なことで、あなた達には面倒をかけるけど、あの子がようやく結婚するんですもの。この機を逃してはダメよね」


 ラヴィニアは楽しげに語りながら、階段を上がっていく。壁紙を張り終えたと言ったら、是非見てみたいと言ったのだ。


「あら、ピンクじゃないのね」

「ピンク、がよろしかったのですか?」


 部屋に入り壁紙を見た瞬間、ラヴィニアがちょっとだけ残念そうな声になった。


「女の子なら、ピンクではない? まぁ! しかも無地じゃない」


 壁紙に歩み寄り、ラヴィニアは眉間に皺を寄せる。


「家具は決めたの?」

「いいえ、まだです」

「なら、白になさい。可愛いものを選んで。なんなら、わたくしが選んでもいいわ」

「楽しそうですわね」


 リンダは微笑む。

 ラヴィニアは息子をふたり産んだが、もうひとり、女の子が欲しかったらしい。長男のアレックスは、武門の名家に生まれたのに、剣術の才能はまったくなかった。その代わり、領地管理──机に長時間向き合っているのは、苦にならない性格。

 だがクラウディオは、事務作業などを好まない。剣術の才能は、有り余るほどだが。兄弟ふたり、とてもバランスがいいと思うが、ラヴィニアは女の子がひとり、欲しかったのだ。一緒に買い物に行ったり、お茶を楽しむ相手が欲しかった、とも言える。

 だからラヴィニアは、最近機嫌がいい。義理とはいえ、娘ができるのだから。


「フェリシア様のときを思い出しますわ。あのときよりも、楽しそうですわね」

「それは当然だわ。アレックスとフェリシアのときは──クラウディオのこともあったから、あまり豪華な式はできなかったし」

「さようですね。早いものですわ。もう五年、ですのね」


 リンダは窓を閉め、思い出すかのようにうつむいた。

 クラウディオは七年前、戦争に行ったのだ。隣国との戦争。二年間に渡って続いた戦争は終わったが、クラウディオは生死不明だった。『王冠』に配属されたから、生きて帰ると誰もが信じていた。

 だが、クラウディオが帰ってきたのは戦争が終わって三ヶ月後。背中や肩にひどい傷跡を残し、帰って来た。

 その三ヶ月の間に、クラウディオの兄アレックスは結婚した。次男が戦争で亡くなっているかもしれないのだ。豪華な式など挙げられるはずがない。悲しみをまぎらわせるような、そんな式だった。


「あの子はようやく、家庭を持つのよ。きっと、素晴らしい未来が待っているわ」


 ラヴィニアは笑顔だ。

 その笑顔を見つめながら、リンダは苦笑する。結婚が素晴らしいと信じているラヴィニアが、どうしても眩しく見えて仕方がない。


「兎にも角にも、まずは家具を揃えますわ。色は白で、可愛らしいものを」

「えぇ、お願い」


 ラヴィニアは何もない部屋を見回しながら、実に楽しげだ。

 きっと家具を運び入れたのに合わせ、また来るな。

 リンダはそう思いながら、黙ってラヴィニアが飽きるのを待ち続けた。




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