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魔術師探偵の助手(編集中)  作者: イトー
喰らう者 鬼一口
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スカートの中

 今日のお昼は何にしようか、と真剣に悩むのが日課になっている。


 つまらないことで悩む奴だ。

 そう呆れる者もいるだろうが、優等生か劣等生のどちらかに振り切れているわけでもなく、学業や部活に全身全霊で打ち込んでいる学生でもなければ、学校での楽しみは昼飯くらいなものだろう。


 これには特に、俺と同じ男子高校生に同意を得られると思う。


 個人差はあれど、育ち盛りの男子は行動基準そのものがこの食欲か、あるいは色欲に基づいていて、年がら年中どちらかのことばかり考えている。


 食いたい、モテたいというプリミティブな欲求が旺盛なのだ。


 言うなれば、この年頃の男は動物に近い。

 きっと人生の中で今が1番、欲が剥き出しになる時期なんだろうな。


 世間ではそんな期間を「思春期」などという、清潔感のある青くてナイーブな言葉で言い表すようだが。



 食欲は腹を膨らませれば済む話。

 だが(いろ)のほうはというと、その思春期特有の複雑かつ猥雑(わいざつ)さに満ちている。


 異性にモテるか否か。

 年頃の男子にとって自身の客観的価値すら問われてくるシビアな現実に、淡い理想、根拠なき自信、ピンク色で溢れた妄想とがない交ぜになる、それはもう名伏し難いほどに混沌としたものだ。


「モテたいし、あわよくばエロいこともしたいっ!」

 なんて吠えたいほどの猛りを覚えることもあるだろう。

 その熱情は、健全な青少年なら誰しもが持つ衝動であり、恥じたり否定的に捉える必要などまったくない。


 むしろそれこそが、清く健やかな若さの象徴だと言っても過言ではないのだから。


 かく言う俺も決して例外ではなく、その欲求から熱病めいた妄想を(いだ)けてしまえる若さゆえに、

「高校に入ればトントン拍子で彼女が出来ちゃったりなんかして、明るく楽しい学校生活が送れるはず!」

 と──。


 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。


 2年生になった現在、トントン拍子どころかトンチンカンも良いところで、浮いた話とはこれっぽっちもご縁がなかった。


 理由は単純明快。

 俺にはルックスなり性格なり、女子のニーズに合う要素が欠けているということだ。


 需要のないものは売れ残る。

 その辺は冷たい経済の仕組みと同じらしい。


 漫画で描かれるようなプリズムカラーの青春は理想の産物であり、本来の青春とは挫折と格差を嫌というほど思い知らされる、退廃的な色に染まった仄暗(ほのぐら)いものなのだ。

 少なくとも俺の春には青や緑の字は当てられない。


 しかしまあ、世の中こんなものかなとすぐ開き直れたのが俺の長所かもしれない。


 これという賞も罰もないが、涙に暮れる悲観の日々を送っているというわけでもないし、自虐的になるほど自分を低く見ているつもりもない。


 何にせよ、そういう灰色の学校生活における、数少ない彩りが昼飯の時間なわけだ。


 好きなものを好きなように食う。

 それは誰が何と言おうと、万人に区別なく与えられた「幸福な欲求の満たし方」に他ならないのだから。



 その日も俺、井神平太郎(いのがみへいたろう)はまだ3時限目の休み時間だというのに、廊下を歩きながらあれやこれやと昼食のメニューを思い浮かべて真剣に悩んでいた。

 つい、周囲への注意を(おこた)ってしまうくらいに。


 (かど)を曲がろうとしたそのとき、突然向こうから女の子が現れた。

 没入していた俺はとっさに止まれず、

「あっ!」

「!?」


 ぶつかった俺はソフトに尻餅を突くに(とど)まった。

 が、俺が中肉中背だとは言え、男と衝突した女生徒は後ろ向きに倒れ込んだ。


 彼女は体を(ひね)るように倒れたせいで、四つん這いでこちらにお尻を向けた格好になっている。


 ぶつかった勢いで派手に捲れ上がったスカートの中が、俺の目に飛び込んで──、

「ひゃあっ!」

 悲鳴を上げたのは女生徒、ではなく俺だった。


「ええっ! それ、ええ!?」

 俺はあらわになったスカートの中を指差す。


 その子はサッとスカートを直すと、何事もなかったように立ち上がる。

 それでも俺は、座ったまま彼女を指差し続けていた。


「それ、えっ、ど、どうなってるの?」

「どうって、何のこと?」


「だって今見えた、いや、見えていない? いいや見たけど見えてなかった、と言うか」

「何を言ってるのかまったく分からないわ。廊下では気をつけてね」


 その女生徒──クラスメートである一歳千歳いちとせちとせは、校則に(のっと)った膝丈のスカートの埃を払うと、俺のリアクションを気にも留めず、足早にその場を立ち去った。


 俺は立ち上がれないまま彼女の後ろ姿を見送った。


 普段不可抗力でスカートの中が見えたなら、クールに無関心を装いながら、

「画像に名前を付けて保存」

 と頭の中に焼き付けるくらいの余裕もあるが、今はそれもできず、半ば腰が抜けていた。


 何故なら──

 彼女のスカートの中がとてつもなく、奇妙、だったのだ。

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