残る力
「皆さん、お騒がせしました」
一歳は起立一礼し、厄介者に絡まれた健気な美少女をついに演じきった。
またお行儀よく座り直した彼女は間髪入れず、
「さっきのはなに? あれは魔法? それとも超能力か何か?」
俺にだけ聞こえる小声で矢継ぎ早に質問してきた。
好奇心で少々はしゃいでいるようにも受け取れるが、声のトーンを下げたのは周囲への配慮だろう。
無論、質問があまりにも尋常ではないという意味も含めて。
それを汲み取り、俺もなるべく小さな声で返す。
「どちらでもない。これは妖怪に取り憑かれて死にかけたとき、身に付けた力だよ」
「死にかけた? それ、屋上で言ってた」
「ああ。言いそびれてたけど、俺も小さい頃から妖怪やら何やらに絡まれることが数え切れないほどあったんだ」
「……そう、私と同じなのね」
どうやら共感されたらしい。
似た境遇は距離感を縮めてくれるというが。
「1度、本当に凶悪な奴に憑かれて、先生にギリギリで助けられた。で、回復したら習ってもないのにこんなことができるようになってた。なんでも、その妖怪の力が俺の中に残ってて、それが元々持ってた魔力と偶然噛み合った結果らしい」
「魔力って、あなたも魔術師なの?」
「一応、そういう家系の端くれだよ。でも簡単な障りを払えるくらいで大した術は使えない。俺のこれは突然変異みたいなものだから」
そう言って、俺は自分の背後からソレの上体だけを発現させる。
「こいつ、どんな印象を受ける?」
「どんな? う~ん、正義の味方には見えないわね。悪者側のライダーか、戦隊の敵幹部って感じ?」
悪者、敵……そうだな、俺もほぼ同意見だ。
そもそもが凶悪な怪異の力。
生物的なフォルムを持った鎧兜のような外見は、パッと見、特撮の悪役に見える。
ところで彼女、今ライダーと戦隊って言ったな。
「今のたとえ、もしかして特撮系も好き?」
「別に好きってほどじゃないわ。毎週ニチアサを見てるだけ」
なるほど、日曜のモーニングルーティーンが俺と同じくらいには好きなようだ。
やはり一歳にはオタク趣味の素養があるらしい。
「そんなことより、それは一体なんなの?」
「これは精神体と魔力の塊で、さっき話した鬼一口が飛ばす分身と似たようなもんだよ。一定の魔力や霊感がないと見えないのは別かな」
「見えてたのは、私だけだったみたい」
「うん。見た目は悪者っぽいけど、これがあるから妖怪と渡り合える。こういう力じゃないと倒せないんだ、奴らは」
俺は今や手足同然に操れるようになった力をしまう。
ソレは、すぅと色を失い、体の中に沈むように消えた。
「妖怪っていうのは、概念や怪現象が純化されて、特定の形と名前を与えられたものだ。その性質は霊体と同じで、普通の手ではつかめないし、攻撃するにも魔力とか霊力とか、そういうものを伴ってないと通用しない」
「要するに、あなたの力にはそれが可能だと」
「ああ、俺なら鬼一口をひっつかめるし、攻撃を当てることもできる。このドゥーム・スマッシャーならな」
「あれには名前があるの? 何か由緒ある由来とか」
「いや、俺が自分で名付けた」
「え、自分で? 自分で考えてつけたの? ドゥーム・スマッシャーなんて?」
「え、なに、そのイタイ厨二病を見るような目は。こういうのは名前をつけたほうが意識して扱いやすいんだよ」
悲惨な運命を打ち破るもの、D・スマッシャー。
絶賛厨二病のときに名付けたが、カッコいいだろ。
少なくとも意味は前向きだ。
「まあ、名前の件は別として、妖怪と戦える理屈はなんとなく分かったわ。捕まえたら気が済むまでぶん殴ってやろうかと思ってたけど、その力がない私には無理なのね」
残念、と数量限定の人気のお菓子が売り切れでがっかり、くらいの顔で一歳は言った。
穏やかな乙女の顔をしながら、ちょくちょくバイオレンス志向がにじみ出る。
「で、さっきのオジサマには何をしたの? もしかして相手のお腹を壊す特殊能力があるとか? でもそれだと腐った食べ物と大差ないわね」
「人の能力をサルモネラ菌みたいに言わない。あれは物理的に肉体を吹き飛ばしながら、霊体の胃腸の辺りを刺激したんだよ」
「霊体のお腹を?」
「ああ。霊体や精神体は肉体と密接に繋がってるから、ごく軽い刺激でも体には影響が出るんだ。今日いっぱい、下痢腹を抱えるくらいにはね」
「へえ、そんなプチ北斗神拳みたいなことが」
とよく分からないたとえで関心を示すと、
「……護衛に選ばれるからには、ただ者ではないんだろうとは思ってたけど」
「ただのぼんくらから印象変わったかな?」
「まあ、ちょっぴりだけど見る目が変わったわ。最初は、鬼一口に会ったら身代わりにでもして逃げようと思ってたくらいだったけど」
「俺は囮くらいにしか思われてなかったのか」
「だって囮くらいにしか使えないと思ってたから」
「辛辣だ。ドストレート過ぎる。言い換えるとかオブラートに包むとか、日本語はもっと応用が利くもんなんだけどな」
「私、根が正直だから」
どの口が言うんだ。
出会ってからずっと嘘ばかり、ついさっきだって──。
「ところで、さっきのスラスラと澱みのない説明はすごかったね、御稜威ヶ原さん」
彼女が大々的に偽名で名乗った以上、降りるまでは一応それで通さなくては。
「何も驚くことなんてないじゃない、江戸川君。私は自分たちの素性とバスに乗ってた理由をちゃんと話しただけよ。反省の涙を流して謝罪までして」
私、嘘なんて1つもついてません。
そういう顔で平然と嘘をつける人間は、大人物か大悪党になれるという。
一歳はどちらだ?
折角だから前者であってもらいたいものだが、容姿端麗で頭の切れる美貌の悪党というのも絵にはなる。
しかし、あの土壇場を、虚実を織り交ぜた即興芝居で切り抜けるとは恐れ入った。
しかも涙まで流す演技力は有名女優である母から引き継いだ才能だろうか。
「でもまさか泣くとまでは思わなかったなあ。よくあんなふうに泣けるね?」
俺は車内に絶対漏れ聞こえない声で囁いた。
すると一歳も同じくらいのトーンで、
「私、小さい頃に子役やってたの。知らなかった?」
「知ってはいたけど。つまり特技を生かしたってわけだ」
「ええ。だって、あのタイミングで観客を味方にするには、あれが1番でしょ? 怒鳴り散らすおじさんと涙を流して謝る美少女、味方してあげたいのはどっち?」
「聞かれるまでもない。むしろおじさんはその場合、全員を敵に回すことになる」
「ええ、そういうこと」
なるほど、彼女は自分の見せ方、つまりセルフプロデュースをよく知っている。
その上、言動1つで周囲をコントロールすることにも長けているようだ。
これらは魔法に関連したものではないが、処世術として身に付けた特技なのだろう。
彼女が、誰からも憧れられる優等生、でいられる理由がここに垣間見えた気がする。