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魔術師探偵の助手(編集中)  作者: イトー
喰らう者 鬼一口
14/18

バスの中にて


「さっきからペチャクチャペチャクチャと、うるせえなぁ! おいっ!」

 中ほどの席から振り返ったのは、薄い頭で上着をラフに着た50代後半の男だった。

 座席から半身を乗り出してこちらをじろりとねめつけてくる。


「え、あ、すみません。でも俺たち、迷惑になるほど騒いでないと思うんですけど」

「でもじゃねえ。俺がうるせえって思ったんだから、そりゃうるせえってことなんだよ。そういうもんだろうが!」


 なおも凄む男の風体を見て、察する。

 一見、正当な抗議のようだが、彼に限っては断じて違う。

 この男はここらの界隈では有名な迷惑者、通称難癖おやじだ。


 どこの誰なのか、何の仕事をしてるのか。

 そういった素性は分からないが、この辺りをぶらついては上から目線で絡んでくる。


 口うるさいだけで実はマナーやモラルに厳しい良識派なのでは、との擁護が一部で囁かれることもあったが、彼はそんな高尚な理由で注意や説教をしているのではない。


 その証拠に騒いでいる不良やいかつい体格の体育会系の前では小市民を装い、弱そうな相手を見つけた時にその本性をあらわにする。


 ようは、憂さ晴らしで文句を言いたいだけなのだ。

 現にこの男、さあ痛めつけてやるぞって目をしている。


「俺は口答えするガキが大嫌いなんだ。謝りもしねえで、調子に乗りやがって」

「は、はあ」

 ちゃんとすみませんって言ったよな、俺。


「大体、制服のガキがなんでこの時間にバス乗ってんだ。お前らサボりかあ? サボって人様に不愉快な思いをさせてんのか。最近のガキはホントにろくでなしばっかりだな!」


 罵声をふんだんに混ぜ込まないとコミュニケーションが取れないのか。

 日本中に、いや世界中にいるんだろうな、この手の輩は。


 しかし頭に来るが、サボっているのは事実だけに反論の言葉が見つけづらい。


「お前ら、近くの高校の生徒だろ。名前とクラス言え。サボって遊び歩いてるやつがいるって、学校に直接、注意の電話をしてやる!」

「俺たちは別に遊び歩いてるわけじゃ」

「んなこたぁ聞いてねえ、名前いえって言ってんだ」


「私たち、サボってなんていません」

 凛とした声。

 場を制するように一歳が割って入った。


「ああ? なんだと?」

「親しい下級生が急病で入院しまして。私たちは今から、その子のお見舞いに行くところなんです。勿論、担任にはちゃんと届けは出しています」


 俺は感心する。

 真実に照らし合わせれば、一歳は嘘をついている。

 だが虚実を巧みに組み替えて、説得力に溢れた理由を生み出してしまった。


 入院した下級生がいるのも事実、見舞いも事実、早退の届けを出したのも事実。

 これらを組み合わせて、サボり、という部分を上手く覆い隠している。


 しかも完全な嘘ではないので、変に取り繕ったり誤魔化す必要もない。

 頭の回転が早いのは分かるが、これは嘘を吐きなれているようだ。

 なにしろ、この状況に置かれてアドリブで吐いた嘘に迷いがない。


 男は出鼻を挫かれたように一瞬怯むが、すぐに立ち直り、

「見舞い? 親しいからって、まだ授業やってる最中に見舞いに行くなんて、聞いたことがねえ。どうせ、でまかせ並べてごまかそうってんだろ!?」


 図星である。

 だが一片の嘘もないと言わんばかりに一歳は平然と対応する。


「その下級生は私たちミステリー同好会の大切な後輩で、病状が思わしくないそうなんです。私は同好会で副会長を務める御稜威ヶ原美土里(みいずがはらみどり)です。こちらは3年生で会長の江戸川正史(まさし)君」


 うちの学校にミステリー同好会なんて存在しないし、俺は3年生でもなければ眼鏡の小学生探偵の遠縁みたいな名前でもない。


 こうもすらすらと嘘が出てくるとは、勧進帳(かんじんちょう)もいいところだ。

 その澱みない口調と品行方正な態度は相手に付け入る隙を与えない。


 二の句を継げない男は憤慨し、

「なんとか同好会とか、そんなこたぁ聞いてねえんだ! 騒がしくて耳障りだから、学校に言いつけてやるって言ってんだよ!」


 言いつけてやる、か。

 見た目は大人でもやってることは小学生以下、しかしその自覚がないから厄介だ。


 今度はどんな冴えた弁舌でやり返すのかと一歳を(うかが)っていると、

 彼女はしばらく俯き、そして、

「すみませんでした」

 と素直に謝った。

 その瞳から、大粒の涙をこぼしながら。


「公共の乗り物で騒がしくしてしまい、申し訳ありませんでした。これからはもっとモラルとマナーについて勉強しますので、どうか今回ばかりはご容赦ください」

 涙でつまる声が、渋滞で動かぬ車内に浸透していく。


「ちょっとあなた、いくらなんでも女の子相手に言いすぎよ」

 甲高い声のおばあちゃんが男に言った。


「おっさん、あんたのほうが騒がせてるだろうがよ」

 続いて、革のライダースを来た20代半ばの男性も。


「お客さん、またあなたですか。前も他のお客様と口論を起こしていたでしょう」

 運転手も中立ではなく、そちらに加わった。


 難癖おやじは運転手の運転にもケチをつけ、営業所にクレームを入れる常習犯だと聞いたことがある。


 非難の目が集まり、男は悔しそうにぐぬぬと歯を食いしばるばかりだ。

 一歳はひとすじの涙で車内の人間を全て味方にしてしまった。


 これが美貌のなせる技ということか。

 だが、俺には何となく分かる。

 これは多分、涙は出ているが嘘泣きだ。


 謝るということは、視点を変えれば、相手は謝らせた形になる。

 その謝罪が不条理な理由でさせられたものだと周囲から見なされれば、どうだ。

 謝ったものは同情の念を抱かれ、逆に相手には敵意が集中するだろう。


 一歳は恐らく、そこまで計算に入れて涙を流して見せたのだ。

 彼女を分かったような気でいたが、まだまだ底知れないものがある。


 こんな状況の中で、俺は酷く、彼女に興味が湧いていた。

 偶像や優等生という肩書きでは語られることのない、一歳の内面に。


「くそっ! ふざけるな!」

 騒がしくしたことへの謝罪はすでに済んでいる。

 だが男は激昂した。


 弱そうな学生風情を屈服させて頭を下げさせたかったのだろう。

 学校に連絡すると脅し、うろたえる姿を見て、悦に浸りたかったのだろう。

 しかし残念、見事にやり返されてこのざまだ。


 このタイプは大人しく引き下がったりしない。

 引き下がれば自分の敗北を認めたことになる。

 絶対正しくて賢い自分が負けるはずがない。


 そんな世にも下らぬ偏屈な価値観に囚われているからだ。


「なんで俺がガキに恥かかされなきゃならねえんだ! てめえガキィ、コラァ!」

 男は席を立ち、後部座席へと向かってきた。


 標的は男の俺ではなく、隣の一歳。

 ぶん殴りはしないだろうが、明らかに胸倉を掴むほどの勢いがある。


 一歳には何人(なんぴと)たりとも危害は加えさせない。

 それが妖怪であろうとなかろうと。


 俺がスッと立つと、

「ぐぎゃ!」

 男は2メートル近く後ろに飛び、転倒した。


「??……うう、あの野郎、暴力を、俺に暴力を振るいやがった! もう警察沙汰だぞ!」

 男は俺を睨みつけるが、男の横でおばあさんが、

「何言ってるの、あの男の子はあなたに触れてもいないでしょう。私は見ましたよ」

 歳を取っても目はいいのよ、とやはり甲高い声で主張する。


 たしかに俺の手足では届かない位置から、男は後ろへと吹き飛んだのだ。

 手足では、な。


「くそぉ、何しやがったんだ。ふざけ……? ううっ!」

 男は下腹部を押さえ、苦しみながら立ち上がった。


 そして体をくの字にしながら運転手の所までドタドタと走っていき、

「た、頼む、今すぐ下ろしてくれ! きゅ、急に腹が」

「え、ええ? もう停留所に着きますから」

「い、今すぐ下ろしてくれ! 頼む!」

 脂汗と体の震え、それは医者でなくとも下痢腹をかかえていると分かる。


 停留所以外で降ろすと違法になるため、運転手はブルブル震える男をなだめながらバスをなんとか停留所に寄せる。

 そして運賃を徴収すると、路上の安全を確認した上でドアを開けた。


 男は情けない悲鳴をあげながら歩道をかけていった。

 コンビニか公衆トイレを探しにいったのだろう。

 間に合うかどうかは、俺の預かり知らぬところだ。


 車窓から、滑稽な姿で消えていく男を見ていると、一歳が俺を凝視していた。

 しおらしく泣いていたふりなど、もう見る影もないほどに目を見開いて。


「さっきの、なに? 一体なんなの?」

「……やっぱり、一歳さんには見えたよね」

「さっきの、あなたの体から飛び出して男を殴り付けた、人型のあれは」


「あれが、俺の力だよ」

「あなたの力?」


「ああ。鬼一口を倒せる力だ」

御稜威ケ原は埼玉県北部にある

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