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魔術師探偵の助手(編集中)  作者: イトー
喰らう者 鬼一口
13/18

移動

 事務所を出てほどなく、俺たちは市営バスに揺られていた。

 最後部の座席から見渡す車内に乗客はうちらを除いて5人。


 平日午後の乗車率としては普通か。


「さっそくお見舞いとは、一歳さんは後輩思いなんだ」

「別に。ただ、自分の巻き添えで迷惑被った人がいるなら、顔を出してお見舞いくらいはするもんでしょ」

 そう言っていた一歳はお行儀よく俺の隣に座っている。


 あれから調査方針や探偵料の話になったがすぐにまとまった。


 先生は同業者や公的機関以外からは慈善事業みたいな値段で引き受けるので、揉めることはまずない。

 一歳も驚きの低価格設定に安心したようだった。


 こうして俺はボディーガードを拝命したわけだが、例の病院は、両手で指折り数えられる程度の停留所を過ぎた先にある。


 一歳はすまし顔で車外を見ていた。


 落ち着いたものである。

 普通の人は大抵、怪異と決着が付くまでは不安で戦々恐々としている。

 しかし彼女は狙われていると告げられてからも取り乱すことはなく、震え1つ起こしていない。


 これが名家生まれの風格か。

 と納得しかけるが、彼女のその家柄らしからぬ魔術的知識の乏しさを思い出し、それを躊躇(ためら)った。


 彼女の父親は一代でネット関係の企業を作り上げた傑物だと有名だ。

 しかし、宗家直系という誉れある肩書きを瑕疵(かし)のあるものにし、娘に魔法も知識も授けずに放ったらかしとは、どういうことだ。


 気にはなるが事件とは関係なく、会話の糸口にできる軽い内容でもない。



 何か話題を探していると、丁度いいものが車窓から見えた。

「一歳さん、あっちに見えるあの10階建てのビル」

 俺は公共機関用の小声で話しかける。


「どんなテナントや会社が入っても長続きしなくて、少し前に始まった修繕工事も事故が多発してすぐ止められたビルだけど、原因は幽霊騒ぎが続いたことなんだ」


「ああ……幽霊ビルっていう都市伝説めいたものは聞いたことあるけど」


「うん、先生曰く、あそこは霊を引き寄せるような強い霊気が地面から噴き出してて、完全に抑え込むのが難しいらしいんだ。元々この街は霊道やら龍脈やらが複雑に絡んだ、怪現象が起こりやすい土地なんだってさ。だから一歳さんも、小さい頃から妙なものに遭いやすかったのかもね」


 一歳は、足場を組まれて一部シートの掛かったビルを一瞥すると、興味なさそうに視線を戻す。


「ところであの探偵さん、右往左往さんだっけ」


「鵜堂左京。そんな関わった事件をドタドタと迷宮入りさせそうな名前じゃない」


「冗談よ。で彼、この脚は難しいって言ってたけど、障りとかはすぐに治せるの?」


「ああ、弱い障りや呪詛なら注射1本打つくらいの早さでぱぱっと処置しちゃうよ。能力で困ってる人の悩みもサクッと解決するし」


「……そう。できれば」

 小さい頃に会いたかったな。

 ぼそぼそと呟くと、彼女は車窓を眺めて、そのまま口を結んでしまった。



 バスは気だるい午後の空気の中、街を横断する国道をひた走る。


 初めはスムーズに進んでいたが、事故でもあったのか、少しばかり混雑しているようだ。


 それはそうと。

 一歳の隣に座っていると、彼女から何とも言えない甘い匂いが漂ってくる。

 香水の類ではないが、恍惚に浸れるようなかぐわしさ。


 これが年頃の少女、さらに言えば美少女だけが放てる香りなのだろう。

 このプレミアムな香気を合法的に体内へと取り込み、循環させられる環境に身を置いて、そのチャンスをふいにする者がいるだろうか。


 いや、いるわけがない。

 俺の常識からすれば誰もが深呼吸をするはずだ。

 誰だってそうする、だから俺もそうする。


 (いな)、そうする、という表現は的確ではないな。

 何故なら俺はもう、ずっとそうしているからだ。

 着席した、その瞬間から。


 下劣だの変態行為だのと(のたま)うものもいそうだが、とんでもない。

 アロマや香木といった、香りを楽しむエレガントな文化は古くから存在する。


 だからその亜流の一種と考えれば、むしろ高尚な(たしな)みだろう。



「そういえば、精気を吸われた人はどれくらいいるの?」

 一歳が顔だけこちらに向けて聞いてきた。


「御子柴さんで8人目かな」

 肺活量のトレーニングになるくらい、1回1回意識しながらの鼻呼吸を気取られないよう、俺はごく自然体で答える。


「2週間でそんなに?」

「うん。でも幸い、重症者はいなくて後遺症の心配もなし。何日かで退院できてる」


「けど、みんなしてあの口を見たんでしょ? さすがに化け物がいるって噂が広まらない?」


「どうも、あの口は襲われた本人にしか見えていないらしい。きっとそういった術の一種なんだ。噂話は、先生が記憶に魔法で干渉して、夢や幻覚と混同させることで防止してる。病院の魔術医師も気絶したときの悪夢だと説明して暗示をかけるんだ」


「魔術医師? 病院にも魔術師がいるの?」

「不可解な症状の患者がいたら特別な機関から派遣される。担当は主に専門の治療とアフターケア。奇妙な事件を忘れて、なるべく早く日常生活に戻れるように」


 夢だと思わせ、怪異や魔術の存在を隠す意味合いも含まれているが。


「魔法で記憶に手を加えるのね。なら、記憶を辿る催眠術みたいな魔法もあるんじゃないの? 聞き込みより、そういうので欲しい情報をピックアップするほうが楽じゃない?」


「記憶を探り出す術はあるけど、精神への負担が大きいんだ。ショックを受けるような嫌な記憶だと特にね。強引にやる人もいるようだけど、被害者を1番に考えるのが先生のやり方だからさ」

「そういうものなの。魔法も万能じゃないのね」


 それからしばし天井に視線を投げていた彼女は、何日かで退院なんだ、と呟くと、

「探偵さんは私が絶対殺されるって前提で話し始めたけど、私も案外その程度で済んだりしないかな?」

 そう聞いてきた一歳はすぐに眉をひそめた。

 無理だろうね、と俺がした無慈悲な返事に。


「彼女たちは場当たり的にやられたようだけど、一歳さんはそれこそ、呪詛まで掛けられて執拗に付け狙われてるケースなんだ。襲われたら、入院では済まないことになると覚悟しておいたほうがいい」


 俺は精一杯プロっぽく、真面目に警告した。


「人に害を与える妖怪の本質は()だ。中には見ただけで精神に異常をきたしておかしくなったり、祟られて最悪死ぬようなヤバいのもいる」


 だから奴らはまったく油断ならない。

 むしろ、その油断に付け込むのが妖怪だ。


「やっぱり、やるかやられるかなのね」

「そのために俺がいる」

 キメたつもりの俺に向けられた眼差しは信頼、ではなく、どこか(いぶか)しむもの。


「鬼一口を倒したことがあるそうだけど。じゃあ、アレの対処法は知ってるんだ?」

「いくらかはね。精気を吸うときはその多くが、距離をおいた遠隔攻撃だ」


「遠隔? でも、化け物の口が目の前に出てきて襲われたのよ」


「あれは本体から放たれた精神の一部、言わば分身みたいなものなんだ。飛び道具みたいに表現すれば有効な射程が決まってて、鬼一口なら、襲ってきたところから数十メートル以内に本体がいるはずだ」


「ふーん、本体が射程内で分身を遠隔操作してたのね。なんだかあれね、スタンド能力みたい」

「え……? 一歳さん漫画、少年漫画なんて読むの?」


「? 普通に読むけど? おかしい?」

「いや、だって、学校じゃ漫画に親しんでるような印象が全然なかったからさ。難しい本しか読まないって聞いてたから、見向きもしなさそうで」


「まさかゲーテの詩集や高尚な文学作品しか読まない、なんて噂を信じてたの?」

 違うの? と聞き返すと、彼女はふふんと鼻で笑った。


「そんなわけないでしょ。私、本は漫画からラノベまで幅広くなんでも読んでるから」


 ハードカバーや無味乾燥な表紙の文庫本を愛読しているイメージがあったが、それもまたイメージでしかなかったわけか。


 しかしああいう固有名詞がポンっと出てくるってことは、彼女相当好きだな。

 案外オタクな面があるんじゃないか。


「そのスタンド使い、じゃなかった、鬼一口は人に取り憑くっていうけど、今のところは怪しい黒フードを探すしかないのね?」

「そうなるね。前に撃退したやつはすぐに正体を晒したんだけど、今回は地道にやるしかないみたいだ」


「でも黒フードを探すって言っても、そんな服装の人いくらでもいるし。それに常識的に考えて犯人だって着替えるでしょ?」


「それはそうなんだけど。でも精気を吸われた現場近くでその服装の人物が何度も目撃されてるってことは、関連付けて見ていかないと。時間を逆算して防犯カメラも調べられるし」


「防犯カメラってそんなに頼りになる?」


「ああ、魔術師でも妖怪でも、特殊な力を使った直後をデジタルな画像で撮られると、その周りだけノイズが走るんだ。そこから足取りを探れるし、妖怪だけが発する妖気を検知するセンサーも何ヵ所か設置してる」


「変なとこだけハイテクなのね。しかし、黒いフードって報道されてるのにまだその格好で現れるなんて、そいつ服装に妙なこだわりでもあるのかしら。スポーツのファンがユニフォーム着て応援に行くんじゃあるまいし」


 鬼一口はファッションなどに執着は持たないはず。

 その服装を選び続けることに何らかの理由があるのだろうか。


「先生の推理通りなら、たびたび目撃されている黒フードの素性が少しでも分かれば、一連の事件はすべて解決に向かうだろうって」

「それは当然そうだろうけど。探偵さんは何か見当でもあるわけ?」


「あるにはあるみたいだけど、まだ推理の段階だからって詳しくは話してもらえてない。良くも悪くも、必要以上に先入観は持たせたくないんだってさ」


「もったいぶらずに全部話せばいいのに。大広間に関係者を集めて、事件の顛末を話す場面なんて来ないんだから」

 推理物でよく見るシチュエーションだが、たしかに今回の件でその機会はないだろう。


「まあ、とにかく、憑依されてる人間を見つけたらボコボコにしてふんじばって、あの探偵さんに突き出せばいいわけでしょ」


 彼女の中で倒すとは、叩きのめすイメージなのか。

 間違ってはいないが、発想がちょいと過激だ。


 顔に似合わず、何というか、バイオレンスをよしとする傾向があるようだ。


「憑依された人ごとはまずいよ。その人も言うなれば憑かれた被害者なんだから。妖怪だけを体の外に追い出して、やっつけるのはそこからだよ」


「それだけの手順を踏まなきゃなの。……ねえ、本音で話すけどいい?」


「何をあらたまって。今までズバズバと本音全開で来てたじゃないか」

 と言いつつ、俺はどうぞと答える。


「あんな化け物を相手にするのに、あなたには、あれを外に追い出して退治するような力があるの? 撃退したとは聞いたけど、正直強そうには見えないんだもの」


「それについては、また後で説明するつもりで──」

 そこで、バスが停留所に入る直前で渋滞に入った。


 本来混み合うような場所ではないはずなのだが、レーンの先で事故でもあったようだ。


 それほど長引きはせずにすぐ解消するだろう、そう思っていると、

「おいっ」

 突然、前方から怒気のこもった声をかけられた。

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