動機とこれから
「動機は私? 妖怪が暴れていることと私に、何の関係が」
「それは、それぞれの事件を時系列で並べてみると分かります」
先生は親指だけを折って、4本の指を見せる。
「まず半月前、あなたが襲われた。鬼一口は精気を吸えず、逃すまいと呪詛を打ち込んだ」
人差し指が曲がる。
1つ目が終わったという意味だ。
「翌日の夜、最初の殺人が起こりました。連続殺人の1件目です。そのすぐ後から通り魔、そして少女たちが次々襲われる事件が起きている。鬼一口があなたを襲撃し、だが力及ばず失敗したことが、これらの事件の起点になっていると僕は考える」
言葉を結ぶと、先生は握り拳となった手を膝に置いた。
俺が伝えた日時から逆算して、推理を組み立てたのだろう。
「先生、それはつまり、鬼一口が一歳さんの魔力を奪えるだけの力を蓄えるために、獲物を襲っているということでしょうか」
「3人が狙われた理由や遺体の状況などにまだ疑問の余地は残るが、概ねそんなところだろう。一歳さん、鬼一口はあなたをものにするため、牙を研ぎながら機を窺っているのだと僕は思います」
一歳はそれを聞いてしばらく黙っていたが、
「あいつは私の魔力を奪いたいがために、バクバクと人を食べて、女の子を襲って、せっせと精をつけていると、そういうわけですか」
と極めて不愉快そうな顔でテーブルに目を落とした。
そんな不機嫌な顔さえも美しい彼女は1つため息を吐き、
「何人犠牲にしてでも他人から力を奪いたいなんて。どうかしてるわ」
ええどうかしてるんです、と先生は共感を示す。
「歪んでいるモノなんです、何かに執着するタイプの妖怪というのは。目的のために形振り構わず、手間を惜しまず、ときに情熱的ですらある」
「ふん、勘弁願いたいものですね。恋愛ならまめな男性は好かれると言いますが、そんな野蛮で強引なアプローチは相手に嫌われるのがオチです」
「さすがに交際はお断りしたい相手だよね、なんて」
それとなく一歳のたとえに合わせたのだが、彼女は噛付くような目で俺を一瞬睨むと、すぐに先生に視線を戻した。
「今の話を聞いて、危機感が急激に湧いてきました。ようは、人を瞬殺できる殺人鬼が私を付け狙っているわけでしょう? もう足がどうこう以前に、生か死かって話じゃないですか」
「そうですね。今回の件ではその辺のフォローも必要になってくる」
先生は顎に手をやって熟慮する。
「あの、この事務所はボディガードのようなことはお願いできるのですか?」
「ボディガード、身辺警護ですか」
「ええ。私は身を守れるような術は何もありません。見ての通り普通の、か弱い女子高生なんです」
一歳は胸元に弱々しく手を添えて、そう訴えた。
男の保護欲求を強烈に刺激するポーズだ。
彼女に面と向かってこう頼まれて、無下にできるものなどまずいない。
が、俺はこの自称「か弱い女子高生」にファーストコンタクトでぶん投げられている。
世間でも広く知られていると思うが、か弱い人間はいきなり人を投げたりしない。
まあ、混ぜっ返すのもあれだし、その件については伏せておこう。
「分かりました。うちに所属する中からボディガードをつけましょう」
「ありがとうございます。一体どんな頼もしいかたを紹介してくださるので?」
「彼です」
と先生は俺の肩を叩いた。
「は、え、このぼんくら──いえ、助手の彼ですか?」
一歳は露骨に眉を寄せる。
ずっと澄ましていた顔から、一瞬本心がだだ漏れになる。
「あの、もっとこう、頼りがいのありそうな人はこの事務所にはいないんですか? 探偵さん自らとか」
「うちには他にフリーで何名か在籍していますが、今は全員他の調査に出ていましてね。僕も出張で街を離れることが多いもので」
「だからって、こんな頼りなさげなぼんくら、いえ、普通の少年である彼を薦められても」
一歳は不満そうな目で俺を見る。
俺は彼女の中で既に、ぼんくらキャラとしての確固たる地位を築いているらしい。
「一歳さん。そんな、レストランでメニューの写真と明らかに違う、しょぼい料理が出てきたような顔で俺を見なくたっていいじゃないか」
「あら、それ的確なたとえじゃない。だってボディガードをお願いしたらあなたを紹介されたのよ? ビーフステーキを頼んだら、ビーフジャーキーが出てきたようなものでしょ?」
「……燻製にたとえるなら、せめてベーコンくらいにしてくれよ」
謙った言い方しかできないのが、俺の自信のなさの表れだ。
法廷で争えば勝てそうなくらい名誉を傷付けられている気もするが、軽々とぶん投げた相手がボディガードではそりゃ納得も行かないだろう。
「たしかに彼は頼りなく見えるかもしれませんが、こう見えて幾度となく事件に関わり、何度かはほぼ単独で解決した実績があります。何より以前、別件で鬼一口を撃退した経験もある」
「本当ですか? それだったら……。もしかして彼、世を忍ぶためにわざとボサッとした冴えない姿を装っているとか?」
「いえ、何も装ってなどいません。これが彼のありのままの姿です」
「ですよね。聞いてみただけです」
いいよ、冴えないことで蔑まれるのはもう慣れてるから。
「つまり、見た目ほど頼りなくはないということです。それにクラスメートである彼なら、ごく自然にあなたのそばに居続けられるでしょう」
「まあ、そうですね」
「お望みの時間で対応します。事件解決まで彼をお宅に常駐させて、付きっきりで守ることも可能ですが」
「え、彼がうちに? いえ、それなら護衛は家の外だけで結構です。同級生の男子に四六時中、プライベートまでついて回られるのは正直無理なので」
「えぇ、む、無理って……。妖怪が狙ってるのにそんな理由で拒まれても……ボディーガードは常に身近にいるに越したことはないんだけど」
「無理なものは無理。常識的に考えて無理だって分かるでしょ」
そうは言っても、これから相手にするのは非常識な化け物だってのに。
ちらと先生に目で助け船を求めるが、
「たしかにボディーガードとはいえ、同い年の異性がずっと一緒では、かえって心が休まらないだろう。依頼人の意向を汲んで方針を決めるのも仕事のうちだ」
探偵業も一種の客商売だからな。
依頼人がそう望むなら仕方ないか。
「では一歳さん、自宅にいるときや1人のときはこちらをお使いください」
懐からテーブルへと出された数枚のカードに一歳は視線を注いだ。
サイズはトレーディングカードほど。
先生が使う術法の呪文が書き込まれている。
「これは?」
「この札はインスタントの防御障壁、いわゆるバリアを展開するもので、玄関や窓の内側などに貼っておくことで自動で効果を発揮します。鬼一口の攻撃なら1枚につき数分は防げるでしょう。また手に持って念じることでも、同様の力が働きます」
「便利ですね。ボディガードがいらないくらい」
一歳は皮肉めいた言い方をするが、
「あくまで、助けが来るまでのその場しのぎだと考えてもらいたい。呪詛が絡み付いている限り、奴に居場所を知られている可能性があることは忘れないでください」
先生に指摘され、彼女は形のいい唇を噛み、太ももをグッと掴んだ。
「探偵さん。鬼一口を倒す以外に呪詛の完全な除去は不可能だそうですが、その、少しでも呪いを弱められる人はいないのでしょうか?」
「それについてはこれからツテを当たるつもりです。が、あなたの呪詛は引き剥がすのが困難なほど、がっちりと心身に食い込んでいる。鷲掴みにでもされているように」
「そこまで鬼一口から掛けられた呪いは強いものなのですか」
「強いというより、種類が厄介なのです。このタイプは的確にここを狙ってくる」
先生は自分の胸に人差し指を向ける。
「心の隙間です」