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魔術師探偵の助手(編集中)  作者: イトー
喰らう者 鬼一口
10/18

街の事件

「倒す、とは、あれを殺すということですか? ……あれって殺せるモノなの?」


 ふいの質問に俺は数秒考えてから、

「殺すというよりダメージを負わせて消滅させる、って表現が近いかな。場合によるけど、発生源を叩けば大抵の呪いは消えるんだ」


「探偵事務所のわりには、随分と力ずくの対処法なのね」

「一定の妖怪は伝統的なおまじないや決まった仕草で消えたりするけど、鬼一口にはそれがない。そもそも法律や理屈が通じない相手なんだから」


「まあ、そうね。いつの時代も、トラブルを効率良く解決できるのは暴力だったりするのよね」


 一歳は皮肉った。

 屋上で俺にしたことから鑑みて、暴力の本質は理解しているはずだ。


「で、探偵さん。やっつければ呪いも消える、というのは何となく分かりますが。私はあれから、あいつを1度も見ていないんです。すぐに見つけ出せるんですか?」


 そう言った一歳の表情が直後に曇った。

 残念ながらあれは見つけづらい部類なんです、と探偵に返されたからだ。


「鬼一口は取り憑きやすい人間に憑依して行動するのです。人を隠れ(みの)にする」


「隠れ蓑に?」


「ええ。憑依された者はそれにほとんど気付けず、操られている間の行動や記憶も都合良く解釈させられる。しかも魔術師だった生前の知性が残っているため、簡単には尻尾を出さず、中には術が使えるものも存在する」


「……ああ、つまり厄介なタイプなんですね。それで、見つける手掛かりはあるんですか? こう、首根っこを捕まえてやれるような」


「そこまで確かなものはありませんが、まったくないわけではありません。まずは鬼一口を取り巻く現状から説明しましょう」

 探偵はそう告げると、粛々と語り始めた。


「ここ最近、この街では複数の事件が重なるように起きています。1つは先ほどの精気を吸われるもの。あと2つは、連日報道されているのであなたもご存知でしょう」

「……連続殺人と通り魔のことですね」


 前者は文字通り、続けて人が殺された事件だ。

 連続と付けられたのは、被害者たちの殺され方に共通点があることから。


 惨殺された遺体はどれも特異かつ猟奇的。

 センセーショナルなネタを欲しがるマスコミが飛びつき、

「切り裂き男」

 などと呼んで、日夜特集が組まれている。


 連続殺人というサスペンスめいた看板は恐怖よりも、

「今後も事件が続くのではないか」

 という無責任かつ、悪意ある期待を人々の間に広めている気がしてならない。


 一方、通り魔のほうは刃物と暴行によるもので、数件発生したがいずれも全治2週間ほどの軽傷。

 うち1件で転倒して頭を打ったお年寄りが意識不明で入院したものの、被害者には悪いが扱いが地味だ。


 治安が良いとされる日本でも通り魔は定期的に現れる。

 犯人がよほど奇抜か、2桁の死傷者でも出なければトピックスに挙がるほどの目新しさがないのだろう。


 マスコミの着眼点など所詮、エンタメになりうるか否かの話題性に終始する。


「先日、連続殺人の件で警察から協力を依頼されました」

「そういう仕事もあると聞きました。警察が魔術師を認めているんですか?」


「あくまで秘密裏にです。怪現象で被害者が出る関係上、最初の受け入れ先となる警察と医療機関は昔から魔術師と関わりが深い。専門のセクションもあるくらいに」


「そうなんですか。じゃあ、あの連続殺人って」

「鬼一口の仕業です」

 先生は手を組んで前屈みとなり、言い聞かせるように言った。


「被害者は3名。報道では遺体に激しい裂傷があったとしか伝えていません。昼間のワイドショーで詳細を取り上げるにはあまりにもショッキングだからです」


 遺体の検死結果を見てきた先生はそう言った。

 俺も写真を見たが、しばらくスーパーの精肉コーナーでは目を伏せたくなる、というのが率直な感想だ。


「遺体は獣の牙に近いもので切り裂かれていました。しかも内臓の欠損が著しく、心臓や肝臓など丸々なくなっていた部位も多数ある。恐らくは、食べられてしまったのではないかと」

「食べられた?」


人身御供(ひとみごくう)や呪術の儀式などで、生け贄の心臓が捧げられるように、臓器には生命力や精気が宿ると云われています。そのため、生き肝などを好む妖怪も多い」

 動物の生態でも語るような口調で先生は淡々と話し、


「被害者が襲われたのは夜ですが、まだ人通りのある時間帯に、人目についてもおかしくない場所で、ごく短時間でやられています。人の群れに溶け込みながら、人間離れした(わざ)を振るい、また人込みに紛れる。厄介なこと、この上ない」


 それを一種の諦念とでも捉えたのか、一歳は前のめりになる。

「でも、あの、何かしらの手掛かりは、あるんですよね?」


「ええ。僕は捜査資料からヒントになるであろう情報をいくつか見つけました」

「それは?」


「まず、こちらは事件の翌日には報じられていますが、最初の遺体発見の直前、現場付近から黒いフードを目深(まぶか)に被った人物が足早に立ち去った、という目撃情報です。街頭の防犯カメラにも映っていて、状況からして、それが鬼一口に憑かれた者と見て間違いない。現在、街中のカメラからそれらしい人物の映像を探し、解析中です」


「黒いフード? たしか通り魔のほうもそんな服装をした若い男だとか。じゃあそっちも鬼一口が」


「いえ、断言はできませんが手口から見て恐らく人間の仕業です。一部報道では同一犯かのように語られていますがね。警察は騒動に乗じた、単なる愉快犯か模倣犯だと考えているようですが……」


 自分には他の説がある、とでも言いたげに先生は含みを持たせた。

 先入観にとらわれぬよう、彼は自分の推理を断言的に語ることを控える。


「もう1つが、1件目の現場で、遺体の近くの物陰にへたりこむように座っていた男性がいた、というものです。状況から見て犯行を間近で目撃した、つまり犯人の顔を見ている可能性がある」


「その人はどこに?」


「遺体を発見した方が警察を呼んでいる間に、野次馬に紛れていなくなってしまったそうです。暗がりにいたのと通報者の気が動転していたので、顔や服装はよく覚えていないと。目下、参考人として捜索中です」


 彼が早く見つかればいいんだが、と先生は眉を寄せた。

 幸い、該当する男性の死体は見つかっていない。


「そして精気を吸われる事件においても、ここ1週間ほどに起きた数件で、襲われる直前に黒いフード姿を見かけたという目撃証言を得ています。こちらも場所や時間から、足取りの特定を急いでいます」


「……それ以外は?」

「今のところ、これらがおもな手掛かりです」


 一歳は肩透かしされた顔をしてから、唇を尖らせた。

「素人意見ですけど、3人も殺されてるのに大した手掛かりはないんですね」


「現状では、ここからより確かな手掛かりを手繰り寄せて行くしかありません。ただ、例の男性を動画におさめていた野次馬がいたらしく、近々そちらの映像を入手できるかもしれません。そうなれば大きな進展が見込めるでしょう」


「そう願いたいものですね。しかし妖怪とはこうも凶暴なものなんですか? 滑稽でひょうきんなイメージを持っていましたが、こんなにも次から次へと人を手にかけるなんて」


「妖怪や怪異の危険度はピンキリですが、今回の鬼一口は今までの事例と比べて、ハイペースで被害者を増やしている。ここから、単なる凶暴性とは違う、奴の意図が透けて見えてきます」


「意図? 化け物が、明確な動機や理屈に沿って人を襲うんですか?」


「鬼一口は欲深く凶暴な半面、知恵が回り、本能だけで動く獣とは違います。奴が急に多数の人を襲いだした動機……それは恐らく──」

 一歳千歳さん、あなたにある、と先生は告げた。

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