ラストバトル
吐き出した苦い塊が床を叩き、大きな血溜まりを作った。
体からの出血量もおびただしい。
まあ、そりゃあそうだ。
刀剣型に、短刀型、尖った犬歯と、バラエティーに富んだ大小様々な鋭利で身体中を切り裂かれ──おまけに70センチはある細い投げ槍が3本も、胴から背中までを貫いているんだから。
右肺を貫通した1本が著しく呼吸を阻害している。
残りは肋間と腹を突き抜けて、体内を好き勝手に掻き回していた。
息をするだけでポンプのように傷口から血が押し出される。
そのせいで、上着とシャツはもうずしりと重い。
コンクリートの床や壁には赤い飛沫が散っていた。
頭と心臓がほぼ無傷なのが唯一の救い──いや、この怪我でそれを救いと呼ぶのはかえって無慈悲で、残酷かもしれない。
なんせ、皮肉にも急所であるそこ以外がほとんどズタズタなのだから。
幾度となく切りつけられた両の前腕は、傷が骨まで達している。
抉られた肩と二の腕は肉がささくれ立って、花が咲いたように傷が開いていた。
こりゃ、腱や神経も一部切断されてるな。
左腕は力なくだらりと下がり、曲げ伸ばしが不自由になりだした指からは間断なく血が滴っていた。
どこに出しても恥ずかしくない満身創痍。
それもトリアージならほぼ助けられないと判断されるレベルで。
それでも。
下痢腹を抱えるような格好ででも立っていられるのは、足に深刻な負傷がないことと、何より、事件に関わった者として役目を全うしようという信念からだ。
信念が俺を支え、敵と対峙させている。
敵──そいつは、夕日に照らされていた。
「粋がって1人でオレに突っ掛かってきたわりには、散々なざまだな。歩くこともおぼつかないか?」
「……はあ、はあ、はあ、はあ」
「返事をする余裕もないか」
「………」
うるせえな。ああそうだよ。
こっちは一言返すのも惜しいほど呼吸が足りなくて苦しいんだ。
続けて相手が何か言っているが、頭がぼんやりして、もうよく聞き取れない。
どうせ、勝ち誇った勝利宣言だろうが。
ああ、息苦しい。頭痛がする。酸欠だ。
血を流しすぎたか、血圧まで下がってるらしい。
リアルタイムで目減りしていく生命が、俺には一切の猶予が許されないことを突き付けてくる。
さっきから鳴りやまない耳鳴りは、危険を知らせる警報か。
体全体が、まさに一丸となって命の危機を示している。
「!?」
ふとした途端、視野が暗く狭まり、視界が溶暗しかける。
駄目だ、気をしっかり持て!
意識を繋ぎ止めろ!
たたらを踏んで、よろけた体を何とか持ち堪える。
……あぶねえ。
ここで呑気に気絶でもしようものなら、それこそ何もかも終わりだ。
体はとっくに悲鳴をあげている。
だが歯を食い縛り、弱音を漏らすわけにはいかない。
俺には、守らなきゃならない者がいる。
「もう立ってるのもやっとか。まあ、助手だか見習いだかにしちゃ頑張ったと認めてやるよ」
「………」
「しかし残念だが、お前が負った傷は致命傷、死ぬのは時間の問題だ。その様子じゃ、頼りになるような味方の助けも望めないんだろう?」
「………」
「せっかくだ、お前もあいつらと同じように、切り刻んで心臓とはらわたを抉り出し、オレの力の足しにしてやる。これで終わりだ」
奴が次の攻撃の構えに入る。
確実に俺の命を刈り取ろうと。
だが俺は、
「……終わり?」
「? 何を疑う、どう見ても終わりだろうが!?」
「……そいつは、どうかな?」
俺はできる限り精一杯の、不敵な笑みを作ってそう言った。
そして──