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クラフト・アーツ

クラフト・アーツ2.5

作者: 相良 葉


 五月が終わろうとしている。

ゆったりと時間が流れている。そんなクラスの様子を見て平穏が戻ってきたことを強く実感する。

対Dクラス戦を終えた僕達は目の前に迫った次の一大イベントに対して対策を取ろうと必死になっている。

……そう。もうすぐ学園に来て初めてのテストが行われるのである。


「纏ちゃん。これ教えて!」

元気よく凛さんが纏さんに質問している。

「凛……それこないだ教えたばかりでしょ? ちょっとは自分で覚えなさいよ」

対して纏さんは呆れ顔である。でもちゃんと教えてあげるのが纏さんらしい。

テストはもう三日後である。五月の終わりに初めてのテストがある。実習の後、わざわざ講堂に残って皆一様にテストに向けて勉強を始めている。

教師側からテストの説明があり、コンシェルジュの使用は禁止とのことであった。

当然である。コンシェルジュを使えば何でも出来るからだ。

しかも一人で使ってると目立つから、テストを受けている状態でコンシェルジュを使用することは自殺行為だ。絶対、教師にバレるだろう。

普段の授業は実習以外、すべてコンシェルジュを利用している。そのためノートや教科書もすべてコンシェルジュの中なのだ。

これ一つを禁止にするだけで生徒にとっては大きなダメージを与えることになった。さらにテストはペーパーテストなので筆記用具を忘れないように。との注意もあった。

「えっと。数学に英語に地理。それにアーツ近代史にシールドの実習。実習はいいとして他の科目がぁ……助けて纏ちゃん!」

凛さんは涙目である。

科目自体は今回はそこまで多くない。先程凛さんが上げた四科目と実習だ。一日ですべてが終わる。

数学と英語は中学レベルにちょこっと毛が生えた程度だ。授業をたまに寝ている僕でもまだまだ平気だった。

問題となっているのは地理とアーツ近代史である。特にどちらの科目も中学の頃に習わなかった人が慌てている。

アーツ近代史という科目は僕も学園に来てから初めて習った科目である。が、一般教養の範囲でまだ収まっているのでそんなに苦労はしないだろう。

……と、冷静にテストについて考えてみたら僕はそんなに問題じゃないことに気がついたのだ。

補習を回避するだけならば今でも十分なんとかなる。と思ったのである。

なのでのんびりと構えている。なんとかなるだろうという気持ちが強い。

「な、なんで涼君はそんな平気な顔をしてられるの? 私と同じく纏ちゃんのノート写してるくせに! テストだよ! もっと慌てなくていいの!? 授業中よく寝てるしさぁ」

特に意味もなく凛さんに怒られた。タケル君もそうだけどテストに対してかなり動揺しているみたいである。

「前からテストがあることはわかってたでしょ? それでも対策をしてない方が悪いわ。凛。あなたノートを写しただけで満足してたでしょ?」

何故、こんなに凛さんが慌てているかというと、テスト前の今日、小テストがあったからだ。

科目は数学だったのだけどその小テストが皆が予想していたよりだいぶ難しかったのである。そのためクラスが阿鼻叫喚な状況になったのだ。

凛さんはまだ纏さんに導かれてノートを取っていただけマシだった。タケル君はさらに大変な状態のようだ。まず僕にノートを要求したけど、僕の穴あきノートを見たら慌てて他の人に声を掛けてまわっている。

「ん。大体取れたよ。纏さん次の科目お願い」

そういう僕も今は穴あきノートを埋める作業中である。大丈夫だとは思うけどちょっとだけ不安になったのだ。

纏さんがコンシェルジュを操作して次の科目を表示してくれる。次は英語か。

「えーん……テストなんてなくなればいいのに……」

凛さんは半泣きになりながら纏さんから直接指導を受けている。

ちなみに小テストの結果は見せ合った周りの四人だとトップが纏さんで次が僕。三位が凛さん。最下位がタケル君だった。纏さんと僕の間に壁。僕と凛さんの間に絶壁がある感じである。

穴あきノートをゆっくり埋めていく。纏さんのノートは要点がしっかりまとめてあるから写す側としては非常に楽である。

「とりあえずノートを確保してきたぜ。これで今から必死で丸暗記だ……」

ヨロヨロとした様子でタケル君が席に戻ってきた。

「最初から纏さんに見してもらえばいいのに」

思ったことをそのまま呟く。

「だってコピーはダメなんだろ? 俺様の場合、写すだけだとそれだけでテストが終わっちまう」

そのまま凛さんの隣に移動する。

「駄目だよ! タケル君。纏ちゃんは私の!」

「いいじゃねーか。減るもんじゃねーんだし! 今は数学か。俺様も数学からやるぜ!」

「……二人共。このままだと補習ってことわかってる?」

必死な二人と呆れ顔の纏さんである。

そんな様子がおかしくて、またこれが平穏なんだなと思うと愛おしくて、少し嬉しいようなそんな感情が沸き上がってくる。

この日は講堂に居れる限界まで小さな勉強会が開かれた。


だいぶ遅れて指導教員の授業の方に向かう。

「遅い! って言いたいけどもうすぐテストだもんね。二人ともだいぶ遅れてきてるからまぁ仕方がない」

その間に他の仕事を終わらしていたようだ。槇下さんはのんびりとコーヒーを飲んでいる。

「二人ともってことは神楽坂さんも遅れてきたの?」

意外である。神楽坂さんは真面目だから僕とは違うと思ったのに。

「私もそこまで勉強が得意なわけじゃないよ。それにいい成績を取ろうと思ったらちゃんと勉強しなきゃいけないし……」

神楽坂さんにとっても勉強はやっぱりやらないと身につかないようである。

「まーまー。君たち。これ言っちゃうと問題発言かも知れないけど、別に特別奨学生だからっていい成績取る必要は全くないからね」

教える側の教師がこの発言。槇下さんらしいけど。

その発言に神楽坂さんがかなり驚いたようである。

「成績なんて案外テキトーだからね。君たちは特別奨学生ってだけでもう満点に近い成績のはずだよ。特に私が細工しなくてもね。だからテストなんて補習さえ回避すればそれでおっけー」

ダラダラとしながらそう槇下さんが話を続ける。

「例えば軍に所属したいならテストの結果なんかよりアーツの色別検査の結果を求められるし……あ、先生になりたい場合だけ別か。その場合だけちゃんと授業を受けておく必要があるけど。まぁまだ一年だしね。適当でもなんとかなる時期だよ」

……言ったら悪いけど槇下さんみたいなのでも教師になれるのである。その気になれば誰だって教師を目指せるだろう。

槇下さんは本職は学園の研究員のようだけど、一応教師の資格も持っていると前に自慢していた。だからその程度なのだろうと思ってしまう。

「そういえばまだ一度も聞いたことなかったけど。二人とも将来は何になりたいの?」

思い出したように槇下さんが呟く。

自分の将来か。全く考えたことが無い。

目の前に立ちはだかる問題を片付けることばかりに力を使っているから、そんな先のことまで気にする余裕が全く無いのである。

「私は……先生になれたらいいなとは思います」

そんな僕に対して神楽坂さんは夢があるようだった。教師か。

「ふむ……まぁ教師になりたかったら最低でも学園を卒業してから専門課程に進む必要があるよ。って言っても大体の事は学園生の間にマスターしちゃうけどね」

いつの頃からか教師になるのは制度的にかなり難しくなっていった。

思春期の頃にアーツの力に目覚める人が多いのだ。教師というのは、ただ教壇に立って授業を進めるだけでなく、生徒の暴走を真正面から止められるだけの力も教師には必要なのである。

今では弁護士や検察官といった専門的な職業に就くのと同じくらい教師という職業に就くことは難しいとされている。

「東雲君は……考えがなさそうだね。まぁゆっくり進路については考えたらいいよ。っていっても二年次に上がる頃にはもうちょっとはっきり考える必要があるけどね」

実技試験の頃を思い出す。

ルディアさんは学園に進めば自ずと道が見えてくると言っていた。

確かに。もう既にいくつかの選択肢が僕の前にはあるような気はする。

ただどれを選ぶのか。それはまだ全然わからない。迷うという段階ですらないような気がする。

自分の将来についてゆっくり考える必要があるんだろうな、と漠然と思うのである。

「テストが終わるまで指導教員の授業はお休みにしようか。二人とも身が入らないだろうし。今日は私が特別にテスト対策を教えてあげよう!」

そう言い出した槇下さんに神楽坂さんと共にアーツ近代史を習った。

わりとこの人は教えるのが上手いのである。要点をわかりやすく説明してくれるので助かった。


……夜。神楽坂さんと食事を取ったあとでアパートに戻ってくる。

当然ながら一人である。ちょっとばかり寂しい気もする。

纏さんのおかげでノートが確保できた英語と数学。そして槇下さんから要点を教えてもらったアーツ近代史を軽く復習しておく。

勉強はそんなに苦手ではなかった。

やればその分、テストの点数に結びつくし。いい成績を取っておけば教師は何も言わなかったから優等生を演じる意味でも成績は大事だった。

……孤児院出身の事を昔、教師に色々言われたことがある。僕のアーツが特殊なこともあって、それは僕自身をターゲットにされやすいことでもあった。

だから成績はそれなりにいい成績をとっておく必要があった。相手に弱みを見せない方法を取るしかなかったのだ。

思い返せば自己保身のことばかりである。学園に来てだいぶそれは弱まったけど。

地元には孤児院の生活を除けばそれほどいい思い出がない。だから遠く離れた学園を選んだという節もある。

……駄目だ。あまり集中出来無い。

すべてを投げ出してボスンとベッドに沈み込む。

昔に比べれば学園生という環境はものすごく改善されたと言っていい。

だからこそ昔の事を思い出してしまう。

もう過ぎたことだ。それは変えることなんて出来無い事なのに、それでも思い出してしまうのだ。昔の自分のことを。

今の自分が幸せだと思っているからだろうか。余計にそれを強く感じてしまう。

今の幸せを十分に満喫出来ているのだろうか? とふと不安になってしまうのだ。

そしてこの幸せはいつまで続けることが出来るのだろうかと意味のないことを想像してしまう。

だから僕は僕らしく振る舞える今を大事だときっと強く思うのだ。

……これ以上は考えても仕方がないことなのかも知れない。

勉強は諦めて、この日は早い目に就寝とすることにした。


テスト二日前。いよいよ間近に迫ってきた感がある。

座学の方はテストがある科目は流石にテストを意識してまとめのような物を教師が行なってくれた。

毎年の恒例行事なのだろう。コンシェルジュにデータの形で資料が配布される。

「ちょっと先生! これ肝心な部分が白紙ですけど!」

凛さんが声を上げる。配布されたデータは答えの部分が白紙なのである。自分で書き込めってことか。

「ちゃんと授業を受けていたら埋めることが出来るでしょう。私達からは以上です。しっかりテストに向けて頑張ってくださいね」

「そ、そんなぁ……」

生徒の大半から落胆の声が上がる。でもここまで先生がテストを意識してくれたのだから僕的には上々だと思う。

残りの授業時間は自習のようだ。それぞれ席を移動しながら配布された資料を埋める作業を始めだした。

「纒様。お願いしますだ」

「しますだ。しますだ!」

凛さんとタケル君は纒さんの前でもう待ち構えている。

「涼はいいの?」

すり寄ってくる二人を相手にしながら纏さんに尋ねられた。

「僕は自分で埋めるよ。後で答え合わせだけお願い。たぶん教師もそういう意図を持ってわざわざこういう配布物を出したのでしょ?」

ただ写すだけじゃ意味がないと思うのだ。

自分で考えて答えを探しだす必要性を感じていた。恐らくテストもそういう作りになっているだろう。

「聞いた? 二人共。少しは自分で……」

「そんなの勉強が出来る人の意見だよ! 私達には纒ちゃんしかないの!」

凛さんが逆ギレである。それだけ切羽詰まっているのだろう。

「ふっふっふ。皆さん。お困りのようですね!」

そこを他人ごとのように満面の笑みの美作が通りかかった。

「お前は余裕だな美作」

こいつは真面目に授業を受けている……ように普段は見えたから余裕なのか?

「美作にとってテストは赤子の手をひねるようなものですからね」

不敵に笑っている。もしかして……

「お前。まさかアーツの力を使うつもりじゃ」

「な、なんのことですかねー。美作にはわからないですよー?」

目が泳いでいる。こいつ間違いなく今までもそうやってテストをやり過ごしてきたな。

「まぁ別に他人ごとだからいいけど、お前絶対いつか失敗するぞ?」

「まぁまぁ。こればかりは美作だけの特権なのです」

エッヘンと胸を張る。確かにこいつの能力を使えばカンニング行為なんて余裕だろう。

話を切り上げて僕も配布物の空欄を埋める作業に入る。

「量が多いよ。纒ちゃん……」

「諦めなさい。どうせ全部写しているのでしょ?」

纒さんは淀みなくサラサラと問題を埋めていく。

四科目分だ。それなりに量があった。

「いや……これは問題だな。俺様が写し終わらねぇ」

タケル君がそうボソッと呟いた。

対Dクラス戦での不祥事があったため、当面の間は夜間の見回りを強化することになり、講堂は十七時で全て締め切られることになっていた。

授業が終わってからだとそれほど時間的な余裕がないのである。

「ふっふっふ。タケル君。残念だったね。私は纒ちゃんと同じ部屋だから夜でも見してもらえるもん!」

凛さんが勝ち誇ったような顔をしている。

そこでタケル君がふと作業の手を止め、考える仕草を見せた。

「いや……ならばその時間を作るまでだ」

そしてこちらを見てニヤリと笑ったのである。嫌な予感がした。

「涼も答え合わせはするつもりなんだろ? だったらどの道、お前も時間を合わす必要があるわけだ!」

不敵に笑っている。どういうわけだ?

「お前らも俺も。行ってみたいよなぁ。東雲君が住んでるアパート」

ボソッとタケル君はそう呟いた。

その瞬間、凛さんの動きがピタリと止まった。

……ってちょっとまって。僕のアパート?

「特別奨学生が住んでるアパート見てみたいよなぁ。しかも寮じゃないみたいだから時間を気にしなくていいし」

まるで周りを惑わすような言い方である。

「そういえばそんなこと言ってたわね。なんでも個室なんだっけ?」

纏さんがまず食いついた。タケル君の作戦通りである。

「どんな部屋に住んでるのか興味あるよなぁー。見てみたいよなぁー?」

ニヤニヤとタケル君の顔が悪意に満ちた顔になってる。

「そんな大した部屋じゃないよ? 普通のワンルームのマンションみたいな……」

「ぜひ行きたい! っていうか行く!」

ガタッと凛さんが立ち上がり宣言した。

「よし。多数決で決定だな。講堂閉めだされたら涼のアパートへ」

……何を言っても無駄のような雰囲気を感じたので素直に諦めた。


十七時を過ぎたので僕のアパートに向かう。

凛さん、纒さん、タケル君。そして興味本位で話を聞いていた美作もついてきた。

話が漏れたら他にも行きたい! って言う人が出そうだったので早々に諦めて部屋に案内することにした。

女の子が先に食べ物を買ってくるとの話だったので、アパートの場所を纏さんのコンシェルジュに送っておき、先にタケル君と部屋に来た。

「うおっ。予想していたよりも広いな。っていうかこんな部屋に一人かよ。俺らの四人部屋の寮と同じぐらいの広さがあるぞ?」

タケル君は第一印象でそんなことを呟いた。

「皆が来るまでに床だけでも軽く掃除しておくよ?」

手早く箒で床を掃除する。

「これ家具も備え付きか? 俺たち普通の生徒は来年度以降に部屋を決めれるらしいがこんな部屋も選べるのかねぇ……」

ベッドに腰掛けそう呟く。しげしげと部屋を眺めているようだ。

その間に手早く掃除をする。孤児院の習慣でわりとこまめに掃除はしてたからこんな急なイベントでも助かった。

部屋の中央にちゃぶ台を出しておく。

「なかなかいいな。一人暮らしだろ? 俺ら寮組から見たら羨ましい限りだ」

「一人は一人で大変だよ。食事とかも大抵一人だし」

僕から見れば寮の方がよかったかもしれない。集団生活は孤児院で慣れてるしね。

「む? まて。大抵一人ってことはたまには一人じゃないってことか?」

ニヤニヤと言葉尻を捉えて質問される。今日の僕はミスが多いな。

「……同じ特別奨学生の神楽坂さんと晩御飯を一緒に食べる事が多いだけだよ。あっちも一人みたいだし」

「なるほどな。まぁ今のは聞かなかったことにしよう」

そのままちゃぶ台の一角に座る。

そのタイミングでチャイムの音がなった。


「うっわ。ひっろーい。ずっるーい。流石、特別奨学生」

女子も最初に持つ感想はタケル君と同じようだ。

確かにワンルームのアパートだけど家具も備え付けだし、個人で住むには多少広いかなとは思っていた。

「とりあえず入るのです!」

美作がズカズカと上がりこんでくる。

それにあわせて後の二人も部屋に入る。

「先に言っておくけど、勉強しに来たんだよね? 特に美作」

美作を牽制しておく。こいつは間違いなく勉強するつもりがない。

「邪魔はするつもりはあまりないですよ? 好きなだけ勉強するのです。美作はただ興味本位でついてきただけですよ」

キョロキョロと部屋の中を見渡している。

「これ家具は備え付けですね? 随分と東雲君の私物が少ない気がするのです」

そのままベッドの中央に座り込む。美作は全くいつも通りである。

「流石に僕のプライベートまでは覗いてなかったのか?」

春休みの間とか。時間はあったから平気で覗いてそうであったが。

「失礼な。美作にも分別ぐらいあるのです。流石に異性のプライベートは覗く勇気が無いのです。同性なら別ですけど。男の子の部屋に入るのはちっちゃい頃を除いたら初めてなのですよ」

分別があるとは正直、思わなかった。

「そうだね。確かに言われてみれば全然物が無いよ?」

同意するように凛さんが呟く。

「それよりも勉強。僕は机でやるからちゃぶ台使っていいよ」

パンパンと手を叩き注意をそらす。下手なことになったら僕の過去まで話すハメになりそうだ。

……そこからしばらくは比較的真面目に勉強が進められた。


僕は机でコンシェルジュを展開して資料の穴埋め作業。纏さんがちゃぶ台で勉強。それを写す二人。

美作は部屋をぐるぐるまわっていたり買ってきたお菓子を食べていたり……こいつ落ち着きが無いな。

しばらくは皆、真剣に勉強をしていた。ところが一時間を過ぎた辺りで美作が飽きてきたのである。

「東雲君。何か面白い物はないですか? 美作、暇なんですけど」

僕の机の横に張り付くようにしてそう質問してきた。

「この部屋に遊具は無いよ。そんな遊んでる暇ってあまり無いし。それよりお前も勉強しろよ」

問題を解く片手間に答える。

自分で言うのも変だけど、わりと僕は忙しいのだ。そういう娯楽品にルピスを使わないから貯まるのだろうけど。

「つまらないのですー。ちょっとは客をもてなすアイテムぐらい用意しとくべきですー」

ブーブーと文句を垂れる美作。

「おや? ちょっと気になってたんですけど、この机にペタペタ貼ってあるメモ書きはなんですか?」

相変わらず美作は目ざとい。

「クラス戦とかのメモだよ。戦略の最後の詰めだけは紙に書くことにしてるの」

その残りだろう。机には色々とメモが貼ったままであった。

「……意外なのです。東雲君でもメモを取るのですね。ぜーんぶ頭の中でパパッと計算してそうなのに」

「お前。僕を一体何だと思っている。普通にメモは取るよ。コンシェルジュだけだとちょっと味気ないから紙のメモ帳もずっと持ってる」

懐からお気に入りのメモ帳をチラリと見せる。

そうしてからしまったと思った。美作の目が輝いたのである。

「おお。使い古した感じのいい味が出てるメモ帳ですねー。もうちょっと見せるのです!」

「うわっ。やめろ。手を突っ込むな!」

美作が懐に手を伸ばしてきたのを慌てて止める。

「凛。遊ぶのは終わってからよ」

「ううっ……」

何故か凛さんがウズウズとしていた。

「これがそのメモ帳ですか。良い感じの使い込みっぷりですねー」

結局、メモ帳を取り上げられた。

しかし意外だったのだけどそのメモ帳を美作はかなり丁寧に扱ったのだ。しげしげと眺めた後ですぐに僕に返してくれた。もっとも取り上げられたけど。

「意外だな。もっと乱雑に扱われるかと思ってヒヤヒヤした」

「東雲君こそ美作の事を何だと思ってるのですか? 美作にも大事にしてる物を大事に扱うぐらいの礼儀はあるのです」

エッヘンと美作が胸を張る。威張れることか?

「そのメモ帳がクラス戦で役に立ってるのですね。思い出の品ですか?」

そして次は質問をしてくる。

美作の相手をするのは不本意だけど、他の人に被害が及ばないと考えたら、僕が相手にしておくのが一番かもしれないとこの時に思った。

「……妹分からの誕生日プレゼントだよ。それ以来、大事に使ってる」

「気になる発言が連発なのです。妹分ってどういう意味ですか? 誕生日っていつですか? 大事に使ってるってどれくらいですか?」

美作の目が輝いている。そして質問の嵐である。今日は僕もちょっと気が抜けているな。こんなに油断しているのも珍しい。

「あーもう。調べたら簡単に分かるから先に言うけど、僕はとある孤児院の出身だよ。それで妹分ってこと。誕生日は六月十二日。もう五年ぐらい使ってる」

一気に質問に答える。

孤児院の話は流石にまずかったか。美作がしまったという顔を浮かべている。

「いつかは周りも知る事。聞いたことを後悔するくらいなら最初っから聞くな! 覗きが趣味のクセに」

「……流石に悪かったのです。次からは気をつけるのです」

美作がしょぼんとした。悪かったと反省したようである。

「別にそんなに気にすることでもない。ただ他の人は知らないから気をつけろよ?」

一応フォローはしておく。美作がわかったと頷く。

美作がおとなしくなったので僕も勉強を再開する。

流石にそれ以上は詳しい事を聞いてこなかった。僕にとっては別に隠すほどのことでもないけど、やっぱり他人に取っては踏み込んでいいのか判断に迷うようだ。


……しばらく静かに勉強が進む。

のだったけど、次は突然。カタカタと軽く地震が起きたような揺れを感じたのだ。

それも一回だけじゃなくて何度も少しの間を開けて起きるのである。

何事か? と思って手を止めるのだけど、すぐに収まってしまう。

それが何度か続いた所で纒さんがピタリと動きを止めた。

「凛。そろそろいい加減にしなさいよ? そのクセ直しなさいって散々言ってるでしょ?」

そう言われた凛さんはポリポリとポテチを食べていた。

「あ、これ。凛さんが起こしているの?」

発生源に視線が集まる。

「……見せようか? こうやってるの!」

右手をチョコレートの山に向ける。

そのままカタカタと周りに振動が伝わったかと思うとチョコレートがスイーッと凛さんの手元にまで吸い寄せられたのである。

能力を見せてエッヘンと軽く胸を張る凛さんである。

「だからそのクセをやめなさいと……もう言うだけ無駄な気がしてきたわ」

ため息と共に呆れ顔の纏さんである。

「いいじゃない。能力の応用って事で! 中学の頃にもっと細かく重力をコントロール出来るようになりなさいって言われて編み出した私の必殺技なんだから!」

またお菓子の山に手を向ける。

カタカタと揺れが伝わり、お菓子が凛さんの手元に吸い寄せられていく。

凛さんがここまで細かく重力をコントロール出来るとは思わなかった。

「確かに凄いけど、これ周りに文句言われないの?」

周囲に軽く揺れを誘発しているのだ。あまり使い過ぎると怒られそうでもある。

「それが寮の部屋ぐらいまでしか揺れを感じないみたいなの。だからそれほど問題になってないわ。相部屋の晶と私はもう半分、諦めてるし」

纏さんが多少うんざりとした様子で話す。

「ねー。それよりも休憩しよーよー。写すの疲れたよ」

ポリポリとお菓子を食べながら凛さんがそう呟いた。静かだなって思ってたらタケル君もちゃぶ台に沈み込んでいた。

「もう知らないわよ。二人共」

ついに纏さんがさじを投げた。あとはこの二人の自己責任だろう。

僕と美作も休憩に加わる。

その間に纒さんにデータを見せてもらい答え合わせをしておく。

「しかし東雲君に女の子の影があるとは思わなかったのです。どんな子なんですか? 妹分って」

反省が終わったのだろう。美作がまたいつもの調子で質問を始める。

「涼君の話って全然聞いたことないから私も知りたい!」

それに凛さんも乗っかった。

「別に……そんな言うほど大した事は無いよ。一個下で普通の女の子だと思う。ただ僕よりかなり頭はいいかな。チェスや将棋は全く勝てない」

サクラの事を思い出してそう呟く。

たぶん戦略勝負になったら僕はサクラに勝てないだろう。少なくともチェスや将棋では勝った記憶がなかった。

「ほー……東雲君が勝てないって相当ですね。クラス戦の要なのに」

感心したように美作が呟く。

「それよりも可愛いの? 写真とかは無いの?」

別口から凛さんは知りたがっているようだ。

「特に写真とかも無いかなぁ……一度話したけど、僕ほとんど着の身着のままこの学園生になったから私物ってほとんど持ってきてないし」

まぁ正規の手順だとしても私物はきっとほとんどなかっただろうが。

「例の特別奨学生ですね。そっちの方はどうなんですか?」

ニヤニヤと美作に質問される。これは気がついた。こいつわざとだな。

「そういえば特別奨学生って何をするの? 名前だけは先生方もよく知ってるみたいだけど」

纏さんから質問される。

「特別奨学生って言っても大したことはしてないよ。個別授業でより深くアーツの訓練や授業をしてるって感じ。実際そのおかげでDクラス戦は助かった」

対Dクラス戦は指導教員の授業がなければバイタルフォースを完成させる事が出来なかっただろう。もしそうなってたらまた大変だったはずだ。

そして神楽坂さんとの関係は言わないでおく。

それに美作も気がついたのだろうか、こっちが話題に出さないのを聞いて一歩引いたようだ。こいつはよくわからない。

「いやー東雲君の事を色々知れて美作は満足なのですよ!」

ホクホク顔である。美作。こいつ本当にそれだけの目的でついてきたな。さっきから一度も勉強をする素振りすら見せない。

「僕ばかり話してる気がするよ。何か他の話題……」

ふと考えこむ。何か話題は……と考えたらつい昨日、質問された事を思い出したのだ。

「皆、もう進路というか将来何になりたいかとか決めてるの?」

「ほう。将来ですか。美作はまだ何も考えてないですよ? その時がきたら考えるのです」

こいつはなんとなくそう思った。行き当たりばったりでなんとかしている気がする。

「私は教師ね。きっと学園生の半分くらいが教師志望じゃない? そのために学園があるって言っていいぐらいだし」

纒さんは教師か。なんとなく想像が出来る。

「私も悲しいながら美作さんと同じかなぁ。そんな先の事なんてあんまり考えられないよ」

凛さん。やっぱりまだ考えてない人もいるのか。

「悲しいとは失礼な! 美作もきっと追い詰められたら進路について考えますよ?」

タケル君は寝ているのでこの三人からの意見である。

参考になるかわからないがまだこの五月の段階だとそこまで進路について考えている人は少なそうだ。

学園生になる! という大きな目標が先にあって、そのなった後の進路までは考えてない人が多いのかもしれない。

「学園生は大きくは三つの進路があるって話は皆も聞いた?」

「アーツの研究者。ATF軍。そして教師ですね。美作も最初にそう説明されましたよ?」

それはどこでも最初に同じ説明をされるようだ。

「ATF軍は別に学園生じゃなくても一般応募からも入れるのです。だから学園生って括りだと教師か研究者になる人が多いんじゃないかなーって美作は思うのですよ?」

なるほどな、と納得する。こいつ自分のことは考えてないくせにそういうことには詳しいのな。

「まだ先の事はわかんないなぁ。それよりも目の前のテストが心配だよ。それを乗り越えてもまた七月になったらテストがあるんでしょ? 終わりが無いよ」

ちゃぶ台の上でコロコロとお菓子を転がしながら凛さんが呟く。

「……そろそろ休憩はおしまいね。今日のうちにこの資料は全部、埋めるわよ」

そう纒さんが切り出して勉強の続きに戻ることにした。

この日の間に配布された資料を埋め終わり、僕も一通りのチェックを済ますことが出来た。


……夜も遅くなったので、タケル君を起こして解散とする。

「僕は見送りしなくて大丈夫?」

「おう! 任せとけ。ばっちり寝たから大丈夫だ。男子寮と女子寮はそんなに離れてないからついでだ」

まぁそのおかげできっとタケル君はテストが大変だろうけど。

「それじゃ帰るのです。また明日!」

元気よく美作がそう呟き、皆が帰っていった。

部屋に戻る。散らかったお菓子を片付けながら軽く掃除をする。

……皆がいなくなると余計に一人というのを強く実感した。やっぱり寂しい。

タケル君の思いつきで急にこんなイベントが起きたけど、今思えばそんなに悪くはなかったよなと一人思った。

一通り掃除を終えてベッドに腰掛ける。

テスト前だ。やっぱり勉強しておいた方がいいだろう。

この日は夜遅くまで配布物を暗記していた。


テスト前日。さらにクラスは慌ただしい様子である。

多くの生徒が駆けまわっており、ノートのデータが恐らく飛び交っている。

今日は纏さんの周りに女の子が集まっていた。昨日、僕達で独占しちゃったからその分、今日に人が集中したようだ。

もうテスト前日ともなればあとはひたすら暗記するだけである。ノートと配布物は用意出来たのだからちょっと頑張るだけでいい。

今日は実習ももう既に全員がシールドが展開出来ることと、先生方がテスト前日だということを考慮してくれてお休みになったので気が楽だった。

あとはひたすら頭にテスト内容を叩き込んでいた。

流石にテスト前日は各自で勉強する方が良いということになったので昨日みたいなイレギュラーな出来事もなかった。


……そしてテストの日が訪れた。


テスト当日。いつものように講堂に生徒が集まってくる。

テストは一科目一時間。それが四科目で午前が終わり、午後からシールドのテストだ。

座席を指定され席に腰掛けた辺りで教師が講堂にやってきた。

それが何やら見慣れぬ機械のような物を持ってきたのである。

「せんせーそれなんですか?」

生徒の方から尋ねるような質問が上がる。

「ええ。アーツの発生を検知する機械です。まさか無いとは思いますが、もしアーツを使ってカンニング行為をするような生徒が居ればこれで調べられるように持って来ました」

と淡々と語る。明らかに美作対策だ。

座席の前の方で美作が遠目に見ても凍りついたのが見てて分かった。ご愁傷様である。だから勉強しとけって言ったのに。


……あとは時間になりテストが開始された。

やっぱりテストはただノートを写しただけでは簡単に点が取れないような仕組みになっていた。

そこからさらに少しひねったような問題形式や自分の考えも述べるような記述式の問題がわりと多かったのである。

皆、頭を悩ませながら問題を解いていく。

僕の出来は悪くはない。満点は取れなくても結局、そこそこ高得点は取れそうだった。

あらかた問題を解き終えたのでペンを置く。

指定された座席が後ろの方だったからよくクラス全体が観察出来る。

纏さんはどうやら余裕。僕より先に終わっていたようだ。

タケル君と凛さんの二人は必死で考えているのが見てて分かる。頭に手を当ててたり首をひねっている様子が見て分かる。

美作は……もう全てを諦めたようだ。ただアーツ近代史だけは真面目に受けていたけど。


チャイムの音が鳴り響き、テストの四科目が終わりを告げる。

「そこまで。後ろからテスト用紙を回収してきてください」

終わったーという声が上がる。午後のシールドの試験はもう皆、発動させる事が出来るから、これにてテストはほぼ終わったと見ていいだろう。

テストが終わると同時に座席にパタンと倒れこむ人が結構居た。やっぱりテストはそれなりに難しかった。

「で、でも。纒ちゃんのおかげできっと補習だけは回避出来たよ」

凛さんが纒さんにしがみつく。

「これに懲りたら次回からはちゃんとすることね。まだテストは何回もあるんだから」

それをよしよしと撫でている。やっぱり仲いいな。

ンーッと背を伸ばす。補習はきっと回避出来ただろうから結果はどうでもいいやと思った。

タケル君に声を掛けてお昼にしようと思ったら完全に座席で死んでいたので、そのままにしておくことにした。この様子だと美作と同じく補習が確定っぽい雰囲気である。そっとしておいてあげるのが優しさだと思った。


……午後のシールドの試験はつつがなく進行した。それぞれ一人ずつ名前を呼ばれて教師にシールドを見せるだけだったし。

とりあえず全員分を見ていたけど、盾タイプのシールドの人が四割。自分を守る円タイプのシールドが五割。残りの一割が纒さんみたいな一体型といった特殊なシールドが使える人といった感じであった。

この段階でクラス全員がシールドの技能を使えるようになったのである。基本的に次のクラス戦からはクラス全員が参加出来るようになったと思う。

これは戦略を考える側としてはやっと戦力がすべて揃ったということである。次からがEクラスとしての本当の実力を発揮することが出来るわけだ。

……と思ったけど、よくよく考えてみるとまだ武器が解禁されていないから、本領発揮は七月からだな。と思い直した。

それに僕達がクラス戦を望んでいるわけでもない。対Aクラスに対Dクラスと約一月ごとにクラス戦が行われているから、逆に僕達が何処かに布告するのも考えものだ。

クラス戦のルールで、一度行われたクラス戦は三ヶ月間同じカードでのクラス戦は禁止というルールがあった。

これは要するに連戦でクラス単位のいじめが発生するのを抑止する目的だろうから僕達が次にクラス戦を行うとしたらBかCクラスということになる。

それにまだ他のクラス同士のクラス戦も行われていないのである。やはり他のクラスも武器解禁辺りまでは様子を見ることにしているのかも知れない。


試験が終わったので、明日からもう六月だ。

武器解禁まであと一月。この六月度から武器を使用した実習も始めるとの説明が前にあった。

学園は軍事学校だ。それなりに本格的な武器を用いた訓練になるだろうと予想している。

……それに。その先にはクラス戦があるのだ。きっとまた何処かとクラス戦になるような気がする。

「おい涼! テスト終わったし。街の方に遊びに行こうぜ!」

そんな事を考えてたら復活したタケル君にそう声を掛けられた。

どうやらクラス単位で打ち上げを行うようだ。わりとEクラスは仲がいい。

それに僕も参加することにした。あまり気を張りすぎる必要もないかと思い直したのである。


そうして日常はまだまだ続いていく。

平和な時間がゆっくりと流れているようであった。


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