五話 王女
倒れた大熊を見ながら刀を鞘に収める。
チン
一際大きく鳴らせたそれは、命に対する弔いだ。
「ふう……」
大きく息を吐く。
やっぱり実戦だといつもより集中力を使うのだが、今回は消耗するどころかまだ力が有り余っているような感覚がある。
まあ、それは好都合。そう思ってへたり込んでいる二人の方へ振り向く。
「大丈夫だった?」
そう声を掛けるも、二人は目の前で起きたことが信じられないと言った様に呆然として聞こえていないようだ。
「あのブルージャイアントを……」
メイドの女性が呆然とつぶやいた。
ブルージャイアント?
あの大熊の名前か?
アオ○シラじゃなかったんだな。
そんなことを思いながらも彼女らに近づく。
「おーい、聞こえてる?」
今だ現実に戻ってきていないドレスを着た娘の目の前で手を上下に振ってみる。
「……え?」
それでようやく我に返ったのかパチパチと目を瞬かせている。
「大丈夫?」
「あ……はい」
二度目になる問い掛けを少女はやっと理解したようである。
それにしても可愛い。
整った顔立ちに癖のない金髪はまるで太陽の様だ。
瞳は青く澄んでいて、長く見つめていれば吸い込まれてしまいそう。
土がついて多少汚れているが、綺麗なドレスを着ていることからかなり生まれの良い少女なのだろう。
「立てる?」
訊きながら俺は手を差し伸べる。
少女は小さく頷きおずおずと俺の手を握る。
柔らかくて温かい手だった。
なるべく勢いをつけないように少女の手を引っ張って立ち上がらせる。
メイドの方はと言うとすでに立ち上がって俺の事を見ていた。
「助けていただきありがとうございます。失礼ですがお名前は?」
こちらが手を離すのを待ってメイドの女性が丁寧に訊いてきた。
「えっと、俺は如月雄真、です」
その一つ一つが丁寧なしぐさについ敬語で話してしまう。
目の前のドレスを着た娘よりは劣るが、こっちも十分に美人だ。
というより、メイドじゃなくて侍女って言うのかなこの人。
「私はメアリー・バーモルト。そちらのアリシア・エンタニア様にお仕えする侍女でございます」
そう言ってお辞儀をするメアリー。
やっぱ侍女だったんだ。
「え、えっと、助けていただきありがとうございます。ユウマ様」
と、ドレスを着た娘、アリシアも俺に礼を言ってきた。
「い、いや、お礼はいいよ。あの三人も助けられなかったし」
うーん。美少女に頭を下げられるとどうも居心地が悪い。
けれども、アリシアは俺の言葉で倒れている三人へと目を向け、悲しそうな表情になった。
「アリシア様。この者たちはアリシア様をお守りできて本望だったと思います。彼らの事は心苦しいですが、彼らは一旦ここへ置いて行って別の者に運ばせましょう。アリシア様は早急に王様へと事の次第をお伝えせねばなりません」
メアリーの言葉にアリシアは目を伏せ小さく頷いた。
「そうね。早く戻らないとね」
しばしの黙祷をささげてアリシアは俺達へ向き直った。
「ユウマ様。ご無礼ですがアリシア様が別荘へと戻る間、念のために護衛を引き受けてもらえないでしょうか?」
「いいですよ。でも、その前に俺の荷物を取りに行ってもいいですか?」
メアリーの言葉を俺は快く引き受ける。
もう一度あんな大熊が襲ってきたら危ないもんな。
「荷物ですか?」
「悲鳴が聞こえた時に置いて来てしまったので」
「分かりました」
そのままさっき俺が転移したところへと二人を連れて戻る。
幸い荷物のスポーツバッグはそのままだったが、アリシアとメアリーが不思議そうにそれを見ていた。
「それは何という道具袋ですか?」
興味津々と訊いてきたのはアリシア。
この世界にはスポーツバッグは無いのだろうか。
「えっと、スポーツバッグというものです。俺が前にいた世界では普通に使われていました」
「前にいた世界?」
メアリーが俺の言葉に首を傾げる。
あー、つい言っちゃったけど大丈夫かな?
「ユウマ様。前の世界とは?」
メアリーまで俺の言葉にどこか警戒している。
まあ、隠すようなことでもないしいいか。その方がやりやすいだろうし。
「えーっと、なんか剣神アラモウスって言う爺さんと勝負したらこの世界に来ないかって言われて、それで……」
「剣神アラモウス!?」
「アラモウス様と勝負なされたのですか!?」
なんか二人ともめっちゃ驚いてる。
「というか、あの爺さんのこと知ってるんですか?」
「剣神アラモウス様を爺さん呼ばわりとは……あの強さにも納得がいきます」
メアリーに訊いてみるが頷きながら勝手に納得してる。納得されても困るんだけどなあ。
「あの爺さんそんなに偉いんですか?」
今度はアリシアに訊いてみる。
「それは神様ですから、私達の中では崇拝する対象です」
そうなのか。ただの偉そうな爺さんではなかったんだな。
「ということは、ユウマ様は異世界の方なのですね?」
「はい。そうですね」
まあ、なんとか信じてもらえてよかった。
爺さんの名前を出さなければ信じられないだろうからな。
「とはいえ、その話はまた後で、今は王宮に戻りましょう」
「王宮?」
今度は俺が首を傾げる番だった。
そしてメアリーの次の言葉に驚愕した。
「アリシア様はこの国――エンタニア王国の第一王女です」