四話 青鋼熊
転移の穴を抜けた先は……森でした。
「まあ、雪山とかよりはマシか」
木や草は青々と茂っていてサラサラと葉の擦れる音が耳に心地よい。
森林浴などをしたらさぞ気持ちのいいことだろう。
元いた世界とはあまり違いが見受けられないが、少し気になることがある。
「静かすぎる……?」
そうなのだ。
さすがに小鳥の鳴き声まで聞こえないと言うのはおかしい。
つい警戒して刀へと手を伸ばす。
獣の気配はしないが、爺さんの言ったことを信じるなら魔獣というものがいるはずだ。
気配を消す魔獣がいるかもしれない。
ただの獣だってうまく気配を隠すやつはいるんだ。魔獣ができてもおかしくない。
「でも、魔獣ってどんなのがいるんだろうな」
やっぱドラゴンとか?
うん。倒してみたい。
刀で戦えるかは分からないが、やってみたい。
そんなことを考えているとどこからか女の子の悲鳴が森にこだまする。
俺は何かを考える前に荷物を捨てて悲鳴の聞こえた方へと走り出す。
最初に見えたのは青い体毛。
姿だけを見ると熊の様だが、その体毛以外にも俺が元いた世界とは違う点がいくつかみられる。
まずは、大きさだが、異様に大きい。
普通の熊と比べて二倍以上はある。
それに加え、後ろ姿しか分からないが、背中のいたるところに装甲のような白い部分があるのだ。
その部分は岩のようにごつごつとした表面なのが見受けられる。
特に手の部分は手甲のように完全に覆われており、鋭い爪が五本、刃のように生えている。
それを見て最初に思ったことは……
(すげー! アオ○シラだ!)
サードで出てきた青熊そっくりである。
でも、そんなことに驚いてる場合じゃない。
その熊の足元には甲冑を身にまとっている男二人と、メイド服らしき服を着た女性がすでに倒れていた。
地面に紅い水たまりがあるのと、アオ○シラの爪から滴る紅い雫から襲われたことがはっきりとわかる。
その倒れている人物たちとは別に生きている人もいた。
一人は倒れている女性と同じようにメイド服を着ている。
そしてもう一人はこれまた綺麗なドレスを着た美少女である。
二人は怯えたようにへたり込んでいて、とても逃げられるような状況じゃない。
それをアオ○シラは見逃すはずもなく、二人へとゆっくり近づいていた。
このままではあの二人も倒れている人たちと同じ運命をたどるだろう。
だが、そんなことはさせない。
姿勢を低くしたまま鍛えられた脚力で一気に大熊へと迫り――
チン
という澄んだ音とともにボトリと熊の片腕が落ちた。
抜刀術――瞬
「え……?」
「あ……」
何が起きたか分からないと言う声を漏らす二人。
きっと見えていなかったのだろう。
俺がやったのは簡単なことだ。
すれ違いざまに素早く剣を抜き、斬って、すぐ収めた。
ただそれだけのこと。
「ウガァッアアアアアアアアアアッ――――――!!!!!」
大熊自体も斬られたことに気付いたのは腕から血が噴き出してからだった。
どでかい咆哮があたりに地を揺らすように響き、怒り狂って腕を振り回しながら辺りに己の血を振りまいている。
「やっぱあれぐらいじゃ死なないか」
むしろ腕一本切り落したくらいで死ぬなら拍子抜けである。
本来なら首でも狙って一撃で仕留めたいところだが、大きさに差があり過ぎるのと首のところにも岩のような装甲があって無理だ。
装甲が岩ぐらいの硬さなら俺は簡単に斬れるが、多分こいつは魔獣と呼ばれるものだろうし、かなり硬いかもしれない。
斬った腕の部分も装甲がない肘のところを狙ったのだが。
「うーん。なんだろう。意外とあっさり斬れたな」
装甲がない部分は柔らかいのだろうか?
ならば無理して装甲がある部分を狙う必要はない。
すぐに片づけられそうだ。
「ちょっと待ってて」
いまだに状況を把握できず呆けている二人にそう言って再び大熊に対峙する。
「グゥルルルルルッ!!」
大熊の方も目標を俺と定めたようで敵意と殺気をもろにぶつけてくる。
ブンッ――!
最初に動いたのは今度は大熊の方だった。
残った方の腕を大きく振る。
俺は一歩引いてそれを避ける。ほんの数センチ前に鋭い爪が通り越すのがしっかりと見えた。
そして刀を抜き放つ。
――ボトリ。
残った方の腕も同じように地に落ちた。
「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――!!!!!!」
さっきよりも悲痛な咆哮がまたもや響くが、どこか弱々しい。
それでも大熊の戦意は消えず、勢いよく口を出して噛みつこうとする。
しかし、それすらも横に避けて最後のとどめを刺す。
首と頭の間にあるわずかな装甲の隙間。
そこに刀を振り落す。
大熊は倒れると同時に首と胴体が別れた。