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魔刀の刀神  作者: 晴天
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三話 異世界へ

剣神。そう名乗った老人は俺に向かって手を伸ばす。


「その世界へとお主が行きたいのならば儂は連れて行ってやる。ただしこの世界には戻れないぞ」


戻れない。

その言葉を訊いて俺は迷った。


たしかのこの世界は退屈だと思った。

強い相手――親父はもうこの世を去り、それからというもの、いつも物足りなさを感じていた。

ただ、学校の友人連中と一緒に馬鹿をやっているときは楽しいし、未練がないとは言い切れない。


「すぐには決めんでいい。行くのか行かないのか決まった時に儂の名を呼べ」

「爺さんの名?」

「そうじゃ、儂の名前はアラモウス。剣神アラモウスじゃ。期限は明日まで。考えておけ」


そう言って爺さんは一瞬にして消えた。

まるで最初からその場にいなかったように。


「どうするかなあ……」


そうつぶやいて俺は道場へと寝転んだ。


「くそっ。あの爺さんつええ……」


今頃になって叩かれた脇腹が痛くなってきたのだ。


「異世界ねえ……」


ああ、床が冷たくて気持ちいい。

そのまま目を瞑って考える。




「ん……」


まどろみの中から意識が浮上する。


「朝か……」


ベッドから起き上がる。

結局、昨日は少し考えただけで結論が出た。

自分でも迷ったのが不思議なくらいにあっさりと。


「さて、あの爺さんを呼ぶか」


準備はもう昨日のうちに済ませてある。

ベッドの横に置いておいた着替えなどを入れた大きめのスポーツバッグを肩に担ぎ部屋を出る。

呼ぶ場所は道場。

だが、そこに向かう前に親父の部屋へと向かう。


親父の部屋は畳敷きの和風そのものという部屋だ。

親父が死んでいるから当然今は誰も使っていないが、掃除はこまめにしている。

その部屋の壁には仏壇と、その横のとこには掛軸が掛けられている。

掛軸自体は安物だが、その前にある日本刀は違う。


親父の話では、その刀は何代も前から受け継がれた名刀であると。

まあ、名刀であるのは間違いない。けれども、その由来や銘なんかは不明とのこと。

刀自体にも銘は書かれていなかったから、元からないのかもしれないが。

そんな無銘の名刀を両親の仏壇の前で十センチほど抜き、すぐに収める。


チンッ


澄んだ音が鳴り響く。

いつ聞いてもこの澄んだ音は良い。

精神集中にはもってこいだ。

最後に線香を一本だけ供えて親父の部屋を後にする。




「出てこいよ爺さん」


道場に着いた俺は、荷物を足元に置き。呼びかける。


「なんじゃ、せっかく儂の名を教えたと言うに、呼ばんではないか」


ぶつぶつと言いながらも爺さんは昨日とは逆で、元から存在していたかのように現れた。


「決心はついたか?」

「ああ。俺を爺さんのいる世界に連れて行ってくれ」

「未練はないのか?」

「さっき断ち切ってきたよ」


そう言って手に持った刀を見せる。


「そうかそうか。それなら良い」


頷く爺さんに俺はさっきから気になっていたことを訊ねる。


「その傷、消さないのか?」

「消さんよ。お主が儂に与えた唯一の傷じゃからな」

「どうせ俺は爺さんより弱いよ」

「当たり前じゃ、儂はこれでも剣神と呼ばれる身。そん所そこらの若造には負けんわい」


得意げにそう言う爺さん。大人げねえ。


「じゃが、誇ってよいぞ小僧。儂に傷を与えたのはお主で二人目じゃ」

「二人目?」


そんなに強い奴がいるのか。


「そいつの名前は?」

「なんじゃ興味があるのか」

「そいつを倒してもっと強くなる!」

「ほほっ。その意気じゃが、それは叶わんのぉ」


爺さんの言葉に俺は首を傾げる。


「そやつの名は如月冬弥。お主の方が儂より何倍も知っておろう?」


一瞬何を言われたのか分からなかった。


「は……? 親父が?」

「全くもって恐ろしい親子よ」


言葉は淡々としたものだが、本当にそう思っているようだ。


そうか。親父もこの爺さんと戦ったことがあるのか。

俺の親父。如月冬弥はまあ、一言で言うと馬鹿なくらいに強かった。

そんで、俺の事も馬鹿な方法で鍛えた張本人だ。

刀の基本だけを教えて実の息子を誰もいない山奥へと放り捨ててサバイバルさせるぐらいに。

おかげでいつ連れて行かれてもいいようにサバイバルの知識は完全に習得した。

力じゃ敵わないからな。『行くぞ』って言われたら逃げてもすぐに捕まって連行された。


それ以外にも様々な特訓で俺を鍛えたが、俺は親父に一回も勝てなかった。

親父を越えることが俺の目標だったが、四年くらい前に病気であっさり死んでしまった。


以来、退屈な毎日の始まりである。


「あやつも誘ったのじゃがの。この世界に残ると言った」

「それって何年前の話だ?」

「人間で言うとそうじゃのぉ……二十年前くらいか」

「ああ、なるほど」

「なにがなるほどなんじゃ?」


俺の納得の言葉に怪訝そうな顔をする爺さん。

昨日も考えたのだが、昔の親父と俺の決定的な違いがそこにはある。


「そのころの親父は母さんにプロポーズしようとしていたからな」

「は……?」


俺の言葉にきょとんとする爺さん。もしかしてかなりレアかもしれない。


「親父の惚気話でさんざん聞かされたんだよ。二十年前なら親父が母さんにプロポーズして両想いだったってことに気付いたってな」


聞かされていた時の事を思い出してうんざりした声になってしまう。

しつこすぎるくらいに聞かされたことなのだそれは仕方がない。断ったり逃げようとしてもすぐに捕まるし。


「……ほほっ。そうかそうか愛故にこの世界に残ったのかあやつは」


爺さんも面白そうに笑う。


「ということは、お主は意中の相手がいないから儂のいる世界へくるのかのぉ?」


そしてそれはすぐに意地の悪い笑みへと変わる。


「うっさい。俺はただ強い奴と戦いたいだけだ」

「そうかそうか」


うわー。絶対に信じてないよこのジジイ。

本当の事だから反論ができないが、このまま主導権を握られるのも癪に障る。


「無駄話はここまでにしてさっさと連れて行ってくれ」

「そう慌てるな。最後の確認じゃが、本当にいいのじゃな?」

「ああ」


俺がすぐに頷くと爺さんも満足げに頷いた。


「よかろう。では……開け」


爺さんがそう口にすると同時に黒い空間が目の前に出現した。


「あっちの世界には全てのものに魔力というものが存在する。その量は個々の器によって決まるが、こればかりは儂にも分からん。お主は相当鍛えているから大丈夫じゃとは思うがの。それと転移させる場所はランダムじゃからいきなり死ぬなよ」


爺さんの言葉を最後まで聞くが、なんか危険なこと言ってなかったか?

まあ、それでも俺の意志はもう変わらない。

一歩を踏み出す前に後ろを振り返り……


「……行ってきます!」


そして俺は異世界へと旅立った。


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