二話 剣神
こんな感覚は久々だ。
親父が死んでからというもの、こんな感覚は一度も味わったことがなかった。
楽しい。
こんなに強い相手に巡り合えて嬉しい。
過ぎていく毎日の中に「退屈」と感じたことは何回もある。
高校の友人たちと過ごす日々も楽しいものではあるが、やはりどこか物足りない。
それを、この老人が今の瞬間だけとはいえ、吹き飛ばしてくれた。
「嬉しそうじゃの。小僧」
「こんな感覚は久々だからな。親父と戦ってた時以来だ」
「そうかそうか。それはよかった」
と、そこでもう一度踏み込む。さっきよりも速くだ。
だが、それも老人には何のことでもないように杖で払われてしまう。
「なかなかやるの小僧」
「余裕な表情でそう言われてもな」
「素直に喜べ」
もう一度踏み込む。
同じように払われる。
また踏み込む。
払われる。
今度は踏み込むと同時に今までで一番速い速度で斬り上げる。
が、上がりきる前に受け止められてしまう。
「小僧。どんどん剣が速くなっておるの」
力づくで押し返して後ろへ飛び退くも、ほとんど抵抗がなかった。
「はははっ。マジでつええな爺さん」
「ほほっ。まだまだ若いもんには負けんわい」
小手調べは終わりだ。
身体の力を抜き、だらりと腕を下げる。
「ほう。そのようなものまで使えるか」
爺さんが初めて警戒するようなそぶりを見せる。
集中。集中だ。
ありったけの集中力を全てあの爺さんに勝つために集める。
目線。呼吸。身体のわずかな動き。そういったものを極限まで上げた集中力が事細かに情報として脳へとおくられる。
一発だ。一発でやらなければ爺さんに見切られてしまう。
この技は、昔親父が生きていた時に使った技で、唯一一回だけ当てることができた技だ。
爺さんの力は親父よりも上。当てるどころか防がれてもおかしくはない。
時間にしてどのぐらいだろう。
世界の全てが静寂に包まれたと思うほど、音のない時間が過ぎていく。
その間も、爺さんには一部の隙もない。
だったら……無理やりにでも作り出す!
俺はついに動いた。
――パアンッ!
乾いた音が道場に響く。
「ほほっ。なかなかやるの小僧」
爺さんはさも嬉しそうに笑う。
「儂にも見えん剣技。見事じゃ」
爺さんの頬からはわずかにではあるが、赤い筋が垂れている。
「おかげで杖がだめになってしまったわい」
爺さんの言う通り、持っていた杖は途中から綺麗に寸断されていた。
「その年でこれとは恐ろしい小僧じゃのぉ」
「そんなに褒められても倒されちゃ嬉しくないね」
爺さんはゆっくりと俺に近づき、倒れている俺に手を差し伸べる。
何で倒れてるのかと言うと、杖を斬ったはいいが、その後にその杖で身体を打ち払われてしまったのだ。
俺はその手を素直に取り、起き上がる。
「小僧。お主名前は何という」
「如月雄真」
「さっきの技は?」
「【薄刃陽炎】」
薄刃陽炎。それは瞬速をも超える刹那の瞬間に相手を斬る技。
その速さ故に竹刀ですら物を斬れる。
まあ、極限まで集中力を高めなきゃいけないし、そう何度も使えるものじゃない。
「そうか。お主の名、しかと覚えたぞ」
「今のがなきゃ覚えないつもりだったのかよ」
「まあの。ところで雄真」
いきなり、爺さんがさっきと同じような雰囲気に変わった。
戦っていた時は感じなかったが、その気配は一睨みで人間なんぞ簡単に殺せそうなほど鋭い。
「お主、この世界は楽しいか?」
「……まあ、そこそこ」
「満足はしておらぬのか」
「まあ、だな」
「何があれば満足する?」
その問いには少し迷ったが、答えはすぐに出た。
「強い奴と戦いたい。親父や爺さんぐらいの奴と」
「ほほっ。そうか」
その答えに爺さんは嬉しそうに笑う。もう、さっきの気配は霧消していた。
「ならば。儂の世界に来い」
「爺さんの世界?」
「そうじゃ。そこには魔法があり、魔獣という強い生物もいる。もちろん強い剣士もじゃ」
ドクンと心臓が脈打つ。
「爺さんはいったい、何者なんだ?」
「ほほっ。そう言えば儂に一撃当てれば話すと約束しておいたの」
爺さんは焦らすように間を置いてからそれを口にした。
「――儂は、その世界で剣神と呼ばれる者じゃ」