episode3
それにしても。
GSXを走らせながらリレントレスは自分でも不思議に思うことがある。
神経を集中したとき、不思議なくらいに愛機GSXはパワーをさらにふりしぼり速度を上げてくれる。
たしかにそれなりにチューニングはしているが、想定外なことだった。
思った以上にセッティングがうまくいったのだろうか。
でもパワーが上がるのは神経が研ぎ澄まされたときだけで、それ以外はなにもない。
「一体自分になにがあるのかしら」
ぽつりとつぶやく。どうにも、自分に何かがあるような気がする。
「ふん。馬鹿馬鹿しいわ。いくら私でも自分のことをレディーガガだなんて勘違いしてないし。それこそF○○k youのAs○h○leよ」
やがて町に入り二階建ての自宅に戻って、GSXをその横のガレージにしまいこみ、そこから直通で家に入れるドアを開き、
「TADAIMA!」
と日本語で言った。すると、一人の年老いた日系人の老人が二階から降りてきた。
「Welcome back」
老人は優しい顔をして、優しく言った。
「今日も約束通り12時に帰ってきたわ、タイショー」
と言いつつヘルメット片手にリレントレスは12時を差す時計を指差し、老人であり、育ての親であるタイショー・オーツカに微笑んだ。
「えらいよ。お前は親孝行な娘だ」
「ストリートレースしてるのに?」
「約束を守っているからね」
「いつも私に言ってる『人間たれ』ってやつね」
「そうだ。その一線を守れば、どんな生き方をしても、生きていけるものだ」
階段を下りると、タイショーはキッチンの冷蔵庫を開けて紙パックのアイスオレをコップにそそぎ、
「疲れたろう。お飲み」
と差し出す。
「ありがとう。でもそれくらい自分で出来るわ」
「そうだったな。いや親はいつまでも子を子と思うものだ。私には日本人の血が混ざっているから、なおさらそう思うのかな」
「アメリカンにも親ばかはいるわ」
タイショー・オーツカとリレントレス・クルーエルは実の親子ではない。リレントレスは生まれて間もないころに事故で両親を失い、両親の友人であったタイショーに引き取られて育てられた。
と彼女は育ての親から聞いた。
タイショーは常に、アレキサンダーがアリストテレスに教えられるように、リレントレスに「人間たれ」と教えていた。
それについては厳しかったが、必要以上に縛りつけないので、彼女もさほど反発せずストリートレーサーをしながらも、こうしてちゃんと12時には帰ってきている。
アイスオレを飲み干しコップをキッチンに置くと、リレントレスは今のマッドなスタイルとうらはらな孝行娘の笑みで、
「それじゃあ、おやすみ」
と手を振り、自分の部屋に戻った。タイショーは微笑んで自分の部屋に戻り眠りに着いた。
翌日、リレントレスはサングラスをかけTシャツとジーパン、スニーカーのスタイルでスケボーを飛ばしてアルバイト先に向かった。町のスーパーでのレジ打ちがリレントレスのアルバイトだった。
リレントレスは幼いころからアクロバティックなものが好きでベースボールにフットボール、MBXなどなど、さまざまなスポーツに夢中になって。今はバイクとスケボーに落ち着いている。
このアグアギィダルシティは背の高いビルもないのどかな田舎町だが砂漠がある一方で緑生い茂る山もあり川もありと変化も豊な自然に囲まれて、空も青く澄んでいる。かつてここにいた日本人が、雰囲気が高知県というところに近いと言っていたが、高知県など知らないのでぴんとこない。
それにしても。
ふと、空を見上げた。
今日はやけに飛行機がよく飛んでいる。
「軍の訓練かしら?」
止まって空をじっと見据えた。6機のジェット戦闘機らしき飛行機がうまく三角形の編隊で飛んでいる。
それは飛び去らず、なぜかこのアグアギィダルシティを旋回している。
だがよくよく目を凝らせば、牛が蹄から火を噴いて三角の編隊の真ん中にいた。
「WHAT!?」
牛が、戦闘機と一緒に飛んでいる? これは一体どういうことだ。
リレントレスはまだ夢の中にいるんだろうか、と思い思わず空を見上げて呆然としていた。それは他の町の人々も同じで、
「なんだありゃ」
と指差して空を見上げて驚いていた。
皆夢でも見ているかのようだった。
だがそれは悪夢となった。
戦闘機は急降下し、真ん中の牛もそれに続く。
「な、なんだなんだ!」
空襲をするのか!
人々はわれを失い算を乱して逃げ出す。リレントレスもバイトそっちのけで家へ急いだ。
ジェット音はまさに町を揺らすほど轟き、人の心も大きく揺らした。
戦闘機は鋭いフロントノーズを地上に突き刺さんがばかりに勢いよく降下し、コックピットのパイロットの姿もみえた。というところで、急上昇する。
ジェットの爆音と突風が町に降りそそぎ、戦闘機は太陽に向かう。だが、牛は地響きをたてながら、町に着地。
家路を急ぐリレントレスの前に立ちはだかった。
「な、なんなのよこれ!」
ほんとうに悪夢を見ているようだった。
なんと空から降ってきた牛は鋼鉄でできており、でかいものだった。
リレントレスはスケボーを返し逃げようとするが、なんと牛は後を追いかけてくる。アスファルトを砕き、車やバイク、自転車はおろか、人の家までも蹄にかけて破壊しながら。
人々は恐慌し悲鳴があちこちに響き、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「見つけたぞ、リレントレス・クルーエル!」
突然声が響いたと思いきや、それがまた突然に自分の名を呼んだものだから、心臓が口から飛び出るほどに驚き。
あろうことかバランスを崩し転倒してしまった。
立ち上がってスケボーでにげようとするが、慌てるあまりうまくいかない。
アーメン。もうだめか。と思ったとき、後ろから誰かにかつがれたと思えば4ドアのピックアップトラックの荷台に放り込まれた。一緒に荷台に飛び乗ったのは、ライバルのガイだった。
運転席にはストリートレース仲間のキースとブルースもいた。
「飛ばすぜ!」
運転していたキースはフルスロットルで牛から逃げ出す。
彼らは自動車整備工場を共同経営し、いつもこのピックアップトラックに一緒に乗って工場へ向かっていた。
が、その途中で悪夢のようなことが起こり、しかもリレントレスが鋼鉄の牛に襲われているではないか。
これは放っておけないとピックアップトラックをとめて、ガイは飛び出しリレントレスを助けた、というわけ。
ピックアップトラックは速度を上げるが、なんと牛はどすんどすんと駆け、後ろをぴったりとつけてくる。
「なんだよありゃあ。オレたちゃX-MENかSTAR WARSの世界に放りこまれたのか!」
ガイは思わず唸る。
しかもその牛は、
「このマッド・ブルからは逃げられんぞ。観念しろ裏切り者のリレントレス・クルーエルめ!」
などという声が響くではないか。まったくこれはどうなってるってんだ、とガイは驚きリレントレスを見つめた。
「知らない、私は何も知らないわ!」
リレントレスは風を受け髪を揺らしながらサングラスをかけっぱなしにしてるのも気づかず、同じように風を受けて髪揺らしとTシャツはためくガイの視線を受けながら。
どうして自分が牛に、マッド・ブルに呼ばれるのか全然わからず、動揺はひどいものだった。