episode2
アメリカ、アグアギィダルシティ。
ワシントンやニューヨーク、シカゴのように誰もが知っているわけではない、アメリカの小さな地方都市。
その郊外に出れば人気のない砂漠の道がまっすぐに延々と続き、初めて来た日本人などは、この道が永遠に続くかと思うほどに長く感じるという。
地方都市ということは、田舎ということもあり、陽が落ちれば交通量はゼロになる。
夜の帳が落ちたそのゼロになった道路で、空を揺らす爆音が響きわたる。
爆音は空を揺らすばかりか夜空の三日月や星星まで震わせて落すかと思うほどに轟きわたり。それとともに光が二つ並び、爆音を奏でながら道路を駆け抜けてゆく。
道路沿いには若い連中がわいわいとさわいで、GO!とかYEAH!とか喚いて騒ぎ、そばには様々な車やバイクが、それも皆スピードの出そうなシャープなスタイルのスポーツカーやいかついピックアップトラックに、ハーレーダヴィドソンなどの、いわばやんちゃなことを楽しめる車やバイクも人とともに集まっていた。
二つの光はやがて一方がもう一方の光を引き離し、アグアギィダルシティに入ったことを示す標識のところまで駆けると、喚声はさらに高まり。
「ジョンの勝ちだ!」
と皆口々に叫んだ。
そう、ゼロになった交通量を利用し、400メートルの距離を加速競争するゼロヨンを楽しむ地元のストリートレーサーが郊外の砂漠のまっすぐな道に集まっていた。
標識はゴールだった。
それから次から次へと二輪四輪を含めた二台のマシンが並んで加速を競う。
「お、キースとブルースがやるぞ!」
と道路沿いのギャラリーが言えば、ハイチューンをほどこされGTウィングを装着したキースのホンダ・S2000とブルースのヒュンダイ・ジェネシスクーペが並び、互に牽制しあってマシンを叫ばせる。
「レディースアンドジェントルメン! スタートユアエンジン!」
ヘソのまわりにに五芒星のタトゥーを彫った、へそ出しルックのジーンズタイルのブロンド女が道路の真ん中に立ち、手を挙げれば。両者さらにマシンサウンド轟き、ドライバーはハンドルを強く握りしめ、緊張は一気に高まった。
「GO!」
とブロンド女の手が思いっきり振り下ろされれば、S2000とジェネシスはタイヤを激しく悲鳴を上げさせながら回転させて、女を挟んで猛然と加速した。
スタート出だしはS2000がややリードし、その後輪のジェネシスの前輪が並ぶ。スタートと同時にS2000のキースはハンドルにあるボタンを押し、エンジンパワーを上げるNOSを噴射させ、その加速Gはドライバーの胸を圧迫するほど強烈なものだった。
が、しかし。
「はやすぎるよ、ボーヤ」
ジェネシスのブルースはふっと笑う余裕を見せ、ハンドルのボタンを押した。S2000はワープで異次元に突入するかのように加速を増して風を切るというより、風を打ち砕き、マフラーからは火を噴いた。
テクニックはもちろん、NOSチューニングはジェネシスも勝っているようで、最初のリードは帳消しとなって、200メートルの時点でフロントノーズが並び、300メートルの時点ではジェネシスの後輪とS2000の前輪が並び。
400メートルのゴールでS2000のキースはブルースのジェネシスのGTウィングを拝まされてしまった。
ギャラリー、群集は夜闇の中での開放感に沸き立ち。カップルは人目もはばからず、熱い口づけをかわしている。
爆音はやむことを知らず、夜空を、夜闇を振るわせ温度が上がる錯覚を覚えさせる。
そこにまた爆音を響かせて現れた黒いスズキ・GSX-R1000。黒だった。ライダーはヘルメットにレザージャケットにレザーパンツ、ブーツにいたるまで、ずべて黒だった。
「リレントレス!」
ギャラリーのがGSXを見つけてわめけば、わっと盛り上がった。どうもこのGSXが一番人気のストリートレーサーのようだ。
「リレントレス!」
「リレントレス!」
「リレントレス!」
と、ライダーの名をギャラリーたちは合唱しはじめた。
GSXはもちろんいきなりスタートラインには来ず、まずはギャラリーや車・バイクの集まっている待避所にいくや、フロントブレーキを強くかけながらアクセルを吹かす。
GSXはうなり、後輪は激しく回転し摩擦熱が高じて煙幕よろしく煙がもくもくとたちこめ、バーンアウトをかます。
ギャラリーたちはわーっともろ手を挙げて興奮しまくった。
で、GSXはそのままフロントブレーキをかけアクセルを吹かし後輪を回転させるバーンアウトをしながら、時計回りにぐるりとまわれば、摩擦でタイヤの跡が路面に描かれて、それが輪っかになった。
「リレントレス・クルーエルの名物リレントレス・サークルだー!」
ギャラリーはさらに盛り上がりを見せた。というときだ。
「HEY HEY HEY! リレントレス・クルーエル! おめーがヒーローでいられるのも、今日までだぜ」
と、シルバーのホンダ・CBR1000RRファイアーブレイドのライダーがリレントレス・クルーエルのGSXに指差して言った。
「おお、ガイだ。ガイのやつぁ今日もリレントレスとやる気マンマンだなー」
ガイと呼ばれたそいつは愛用の黒いヘルメットをファイアーブレイドのタンクに置き、彼も黒一色のいでたちだったが、シルバーのマシンに黒い装いは黎明期の日本モータースポーツを思い起こさせた。彼は密かに日本ファンでもあったのだ。
くせっけのある髪にもみあげが野性味に溢れて印象的で、手から長い爪はやしたりサングラス野郎のRX-8勝手に乗り回したりしそうな、どこか狼男的な雰囲気があった。
対するリレントレス・クルーエルといえば。
ガイに指差され、ふっと笑いながらヘルメットを外す。ギャラリーたちは、ヒューヒューと口笛を吹き。女の子の中には「お姉さまー!」と喝采を送る子までいた。
リレントレス・クルーエルは、スマートで背も高く、鼻も高く端正な顔立ちをしているのはもちろん、さらりとしたショートのプラチナブロンドの髪に、なんといっても右目はブラウンに左目はブルーのオッドアイが印象的なクールな美女で、その容姿が人気に拍車をかけてもいた。
「Hi Guy。今日も連敗記録を伸ばしに来たのね」
「ばっきゃろー、とめにきたんだ!」
「それはゴールしてからわかることよ」
「ふん。そうだな」
ふたりはヘルメットを被り愛機をスタートラインまで進めて並んだ。
ヘソ五芒星のブロンド女はうきうきし、
「レディースアンドジェントルメン! スタートユアエンジン!」
と叫んで腕を挙げた。
GSXとファイアーブレイドが雄叫びの高さを競うように吼え猛り、空を震わし人の心も震わす。
「いくわよー! FIVE! FOUR! THREE! ……」
ヘソ五芒星のブロンド女は挙げた手の指を折りカウントする。リレントレスとガイはアクセルをあおり、標識ゴールを見据える。
「TWO! ONE! ZERO! GOOOOO!!」
GO! の掛け声とともに手が振り下ろされて、GSXとファイーアブレイドはタイヤを激しく回転させ煙をまくし立て、時空すら歪ませそうなほどの叫びとスピードで駆け出す。
ギャラリーは「WOOOO!」だの「HOOO!」だのとやんややんやの喝采の乱痴気騒ぎだ。
愛機の唸りに身をつつみ、激しく流れてゆく道路のライン。リレントレスもガイも、神経を研ぎ澄ましアクセルを開けシフトアップ。
両車前輪が並んだまま、200メートルまで来て、300メートル時点でも前輪並ぶ。
だが350メートルあたりで、リレントレスのGSXが前輪半分リード。彼女の神経が研ぎ澄まされるとともに、GSXも呼応するように馬力を上げ速度も増し、ガイのファイアーブレイドを引き離しにかかる。
「SHIT!」
ガイは唸る。
そしてついにゴール。車輪半分、リレントレスのGSXがリードしたまま標識の脇をを駆け抜けた。
「YEAH!」
会心の雄叫びを上げてリレントレスは左手を振り上げた。
二台は減速をし待避所にゆき、それぞれヘルメットを外し、睨み合う。
「ちっきしょー。また負けちまったぜ」
「ふふ。また連敗記録を伸ばしたわね」
「るせー、次こそは負けねーぜ」
「リベンジいつでも受け付けるわ」
「おう、首を洗って待っていやがれ」
と言いつつも、ガイは悔しそうに眉と唇をゆがめて、肩をすくめ手を広げる。それから、ギャラリーたちがまたたく間に取り囲む。
みんなリレントレスに、すげーすげーを連発し、褒めちぎりまくりで。さっきレースをしていたブルースとキースまでもがその人の輪の中にいて、リレントレスに「おめーはF○cking greatだぜ!」と親指を立てて讃えていた。言葉は汚いが、目はきらきら輝き、ほんとうにリレントレスをすごいと思っているようだ。
ガイもガイで、数人の女子がかこみ、次こそはと励まされてまんざらでもなさそうだった。
「Thank you. I love you!」
まるでレディーガガのようにスターになって、リレントレスは投げキッスを皆に送ると、ヘルメットを被った。ガイがからかうように言う。
「シンデレラは12時までに帰らなきゃな」
「ええ、でないとゼロヨンできなくなっちゃうからね」
「おめーは親孝行だな。さすが日系人が育ての親だけあって」
「そうね、彼寂しがり屋だから」
陽が落ちるとともにストリートレーサーたちはあつまり、翌日にわとりが鳴きだすまでたむろっているのだが、リレントレスはいつも12時までに帰っていた。今日は遅かったので一本しか走れなかったのが悔やまれる。
「じゃあね」
颯爽とGSXを駆り町へと向かって、夜闇の中赤いテールランプを光らせて、それはやがて夜闇に消えていった。