episode1
漆黒の闇夜に閃光が走る。
そこは夜の砂漠。
昼間と打って変わって空気は凍てつき、静かにまたたく星星と月が夜空に浮かんで、一瞬の間だけ砂の波を闇からすくい出す閃光を見下ろしていた。
閃光走るたびに砂の波は闇から浮かび上がるとともに、突如破裂し夜空に向かって高々と砂埃や砂煙を巻き上げた。
所々にある岩石も閃光を受けるや、粉々になり破片が飛び散った。
瞬間瞬間に走る閃光はそれを発するものも闇からすくい出していた。
なにかの生き物の姿だった。
それは巨大な牛のようだった。
闘牛を思わせるぶっとい角と身体。夜の砂漠をのし歩きながら、目が、口が光るや閃光ほとばしり、砂の波を岩石らを砕いてゆく。
目や口から発せられているのはビーム光線のようだ。
ビーム光線が閃き闇夜が一瞬だけ明らかになれば巨大な闘牛の肢体が光る。なんとそれはまばゆい金属的な銀色の肌で、ビーム光線ひらめくたびに肌も光り輝いていた。
ありえないことだが、闘牛は鋼鉄の闘牛だった。
ふと、闘牛は歩みを止めた。
目の前には戦車が十台ならんで闘牛を待ち構えていた。すべて砲身を闘牛に向けている。
戦車は闘牛と対峙しているが、あろうことか戦車は闘牛の蹄ほどの高さしかなかった。
いや闘牛の方がべらぼうにでかいというべきか。
のっしのっしと歩くと、闘牛は鋼鉄の蹄で戦車を踏み潰した。一台、二台と、続けて戦車を踏み潰して、まるで蟻を踏んだかのように意に介さぬ様子でそのままのっしのっしと歩き続けた。
「ぎゃーーっはっはっはっは!」
闘牛の頭部の中で馬鹿笑いが響く。
迷彩服に身をつつみ、黒いアイパッチをした軍曹という風体のマッチョな男が、宇宙戦艦の司令室の司令官用の椅子に腰掛け、足を組み葉巻をくわえ、意気揚々とモニターに映し出される光景を見入って悦にひたっていた。
なんとこの闘牛の頭部には、まるで宇宙戦艦の司令室を思わせるコックピットがあり、前方の左右にはオペレーター席がある。
オペレーター席に腰掛ける兵士は操縦桿を握りしめている。
「圧倒的ではないか我がマッド・ブルは」
アイパッチの軍曹はまた、馬鹿笑いを響かせた。
「アレキサンダー総帥、キング・ブルの手にかかれば不可能はない。立ちはだかる者、すべて灰燼に帰すのみ」
アイパッチ軍曹ことキング・ブルはその名に負けぬ筋骨隆々の一線級のソルジャーとしての威厳をそなえていた。
オペレーターの声が響く。
「前方に戦車!」
「よし、ビーム光線発射!」
「発射!」
掛け声とともにレバーのボタンが押されると、目から、口からビーム光線がほとばしり、前方に立ちはだかっていた戦車はすべて爆発炎上し、砕け散っていった。
「右方向の戦車隊、砲撃してきました!」
「うむ、よしよし」
のんきにキング・ブルがうなずけば、腹を強く打つ爆発音とともに激しい衝撃がマッド・ブルを襲った。
しかし、それだけだ。
「無駄無駄無駄ぁー!」
がはは! とキング・ブルは高笑った。
「まあーわかっていたことだがな。このマッド・ブルの鋼鉄の肉体は無敵なのだ! がはは!」
次から次へと戦車は砲撃し、マッド・ブルの横っ腹に砲弾をくらわせた。いや、それから四方八方から戦車の砲弾がさくれつし。なんと上空から戦闘機が突如現れるやミサイルを撃ちつけた。
それらすべて、マッド・ブルに命中。
「ぎゃははははッ!」
衝撃を受けながら、まるで脇をくすぐられているようにキング・ブルは笑いっぱなしだ。
「くすぐったいのう」
砲撃終わって静寂がそっと降りてくる。マッド・ブルには傷一つない。
威風も堂々と夜の砂漠にただずんでいる。
「完成だ、完成だ。長年の血の滲む開発の甲斐あって、マッド・ブルは完成したのだ!」
「アレキサンダー万歳!」
「キング・ブル万歳!」
オペレーターは立ち上がって、万歳を叫ぶ。
キング・ブルは万歳の叫びを受けて、高らかに笑っていた。
アレキサンダー。
それはキング・ブルが結成した悪の秘密結社だった。
キング・ブルは高い知性と強靭な肉体を持ち合わせ、それを生かして世界の覇者になるという膨大な夢を描いていた。
悪の秘密結社アレキサンダーはいまだ規模は小なれども、世界中から最高の装備や人材、叡智をかき集め、一国の軍隊に匹敵する強さをもつ。
世界各地で挨拶、もといアレキサンダーの存在を知らしめるための工作としてサイバー世界における世界諸国のメインコンピューターのプログラムの破壊行為、クラッキングはもとより、世界諸国の首脳の集うサミットの妨害を目的とした爆弾テロや、要人の暗殺と、宣伝。
そのやり口は悪どく容赦も遠慮もないものだった。
そのため、世界諸国はアレキサンダーを怖れた。
本拠地は、不明。
アメリカをはじめとする世界諸国はアレキサンダーを殲滅せんとしたが、ことごとく巧妙な妨害に遭ったのみならず、所在地を突き止めることもかなわなかった。
アレキサンダーは世界に発信する。
今までのはほんの軽い挨拶、お楽しみはこれからだ、と。
そのお楽しみは、マッド・ブルの完成によって実現されるのだろうか。
いや、まだだ、と他ならぬキング・ブルが歯噛みしていた。
ところかわって、果てなく広がる海の上。
どこの洋上だろうか。巨大な空母が一隻、波を蹴って海を駆ける。その空母は巨大で、かつての日本海軍の赤城クラスの規模。
どこの国の空母だろうか。というより、艦橋に掲げる旗はどこの国の国旗でもなく、アイパッチをかけた髑髏のマーク。
「ハンニバルの乗り心地はいいのう」
と司令室で悦に浸るはキング・ブル。
空母はハンニバルといった。それはアレキサンダーの所有であり、同時に本拠地でもあった。
結社名のアレキサンダーは古代マケドニアの生まれでギリシャ、エジプト、ペルシャを制して巨大な世界帝国を建てたかのアレキサンダーから来ており。
ハンニバルは古代ローマ時代、第二次ポエニ戦争の時代にローマと対立していたかのカルタゴの武将ハンニバルから来ている。
キング・ブルは古代の英雄がお好きなようだ。
飛行甲板や格納庫には戦闘機はもとより輸送用ヘリ、戦車がおさめられている。そして、常に飛行甲板上に堂々とたたずむのは、マッド・ブル。
そう、アレキサンダーは空母を本拠地として洋上を移動していた。それから、世界各地にシークレットファクトリーを持ち、必要なものはそこで造られていた。マッド・ブルはオーストリアのシークレットファクトリーで生産されたリーサルウェポンだ。
ちなみにハンニバルは、日本にあり太平洋、大西洋、インド洋の三洋を制すという意味で名づけられたスリーオーシャンファクトリーにて製造された。
普通に考えれば日本で空母など製造できるわけないのだが、そこはキング・ブルである。昔の大和や武蔵の製造方法をお手本に、建前上は輸送船としながら極秘裏のうちに製造をすすめ、ついに空母であると知られずに完成後さっさと日本を離れたのはまさにキング・ブルの叡智によるものであった。
余談ながら、ライバルはどの世界にもあるもので、一時期アレキサンダーは日本の悪の秘密結社、トーヨー・ソニックの攻撃を受けスリーオーシャンファクトリーをのっとられそうになったことがあった。
しかし、その危機をキング・ブルの叡智で切り抜けたばかりか、これをきっかけに本格的に反撃し、ついにトーヨー・ソニックをアレキサンダーの支配下に置いた。
トーヨー・ソニックの総帥であるサッキー・マツはいまはキング・ブルのよき部下として忠誠を誓い、その右腕としていまハンニバルのそばでしとやかにひかえている。
しとやかにひかえている、と表現したのは、サッキー・マツは女で年こそアラフォーであるが年齢を感じさせぬ容姿端麗にして、平安時代の紫式部か小野小町かと見まがうほどに十二単衣の似合う日本美人だった。
世界を制すという野望を抱くだけあって、凛とした雰囲気とややダークな微笑みをたたえ、我が総帥、そして我が夫と慕うキング・ブルの三歩後ろで、しとやかにたたずんでいた。
これだけ恵まれていれば、キング・ブルもさそご満悦であろう、と思いたいところだが、どうにも顔は満足しきれずに、不機嫌な表情も見せる。
「申し上げます!」
と部下が司令官室のドアをノックした。「入れ!」と言えば自動ドアが横開き、部下はぴしっと敬礼し、
「タイショー・オーツカと、リレントレス・クルーエルの所在を突き止めました!」
「なに!」
瞬時にキング・ブルの顔は引きつり、まるで親の敵でも見つけたかのような険しい表情を見せた。
「よくやった。このまま監視を続けよ。さがってよし!」
「はっ!」
部下が去ったあと、サッキー・マツの心配そうな顔を見て、
「いや、何も心配をいらぬ我が妻よ」
と言ってから、
「まずは、裏切り者の始末だ。タイショー・オーツカとリレントレス・クルーエルの始末だ!」
と、赤い口を大きく開け唾を飛ばし、裏切り者の始末を叫んだ。