昨日、僕は、人を、殺した。
「タカシ君を殺したのって、お前だろ?」
「うん……。僕だよ」
「……そっか」
昨日、僕は、人を、殺した。
「その、どうなんだ? 罪悪感とか、あんの?」
僕は落ちていた小石を、チョンと蹴りあげた。街灯の照らす範囲から飛び出した小石は、闇のなかへ消えていった。日頃、事件とは程遠いこの町は、まるで僕との関係を否定するかのように静まり返っている。
「今のところ、そんな気持ちは無い、かな」
嘘ではない、はずだ。後悔は少しだけしている。だけどそれは、僕の両親にこの後かかるであろう迷惑を思ってのことで、彼に悪いとはまったく思っていなかった。少なくてもこの時点では。
「刺した時って、どんなこと考えてた?」
「う~ん、あんまし覚えてないかも」
僕が刺したのは、僕の中学では有名な、いわゆる『不良』だった。
別に、彼からいじめられていた訳ではない。時々校庭の隅っこで、取り巻きと一緒に気弱な生徒を取り囲んでいる彼らを見て、なにやら不快な気持ちになる程度だ。
「これからどうするんだ?」
「どうしよっかなぁ……。高飛びでもするか。タクちゃんも行く?」
タクちゃんは苦い顔で答えた。
「それは、無理だな」
「だよねぇ~」
もちろん断ったからといって、タクちゃんを恨んだりはしない。
僕は殺人犯なんだ。殺人犯を匿うのも犯罪だ。タクちゃんの反応は当たり前だろう。
だけど……。
少しだけ寂しいのも、事実だ。
「大体のことは覚悟してる。と、思う。たぶん僕は、お父さんとお母さんにめちゃくちゃ謝るだろうし、少年院行きは確実だろうね」
タクちゃんは、僕の目をジッと見つめた。
「それでいいのか? お前は本当に、それでよかったのか?」
僕はこの問いに答えなかった。答えられないわけではなかった。ただ、なんとなく、答えたくなかった。
「明日、親に言うよ」
「……そっか」
「少年院って面会とかあんのかな? タクちゃん面会に来てくれる?」
「……ごめん。分かんない」
「そう、だよね」
正直、悲しかった。
面会に行くと言ってくれなかったこともだが、それ以上に、タクちゃんにこんな辛そうな顔をさせてしまったことが、悲しくて、悔しくて、そして苦しかった。
たぶんお母さんも、こんな顔をするのかもしれないとも、思った。
「お前ってさ……。いや、ごめん」
「なんだよ、言ってよ。もしかしたらもう、会えない、かもしれないんだよ……」
自分で言っておいて、やっとその現実に、気がついた。
「うん。……お前ってなんか、大人だよな」
「……それは人を殺したから?」
タクちゃんは引きつった顔で笑い、上を見上げた。
「じゃあ、俺もう、帰るな」
「……うん」
タクちゃんは、寄りかかっていたガードレールから離れると、じゃあと言って歩き始めた。
タクちゃんの大きな背中が、街灯の下に現れては、消えていく。
僕はなんとなく、このまま別れたら、もう一生タクちゃんと会えないような、そんな、気がした。
「タクちゃん!!」
「ん?」
「僕達は友達だよね!! また会えるんだよね!!」
タクちゃんはゆっくりと振り返り、右手で頬を擦りながら、照れくさそうに言った。
「何言ってんだ。当たり前だろ。俺たちはずっとずっと、親友だ!!」
遠くに見えたタクちゃんは、笑顔で手を振ると、また暗闇の中へ消えていった。
僕は嬉しかった。
例え、タクちゃんが嘘をつく時に、右手で頬を擦る癖があると知っていたとしても。その言葉が、今の僕には嬉しかった。
同時に、タクちゃんに嘘をつかせてしまったことに対して、僕は事件後、初めて罪悪感を覚えた。いや、違う。今初めて、この気持ちのことを罪悪感と呼ぶのだと、気づいた。
たぶん、これからもっと、この気持ちが膨らんでくるのだと思った。もっともっと色々なことを考えて、もっともっと、後悔をするのだと思った。
そうやって、ずっとずっと考えて、ずっとずっと悩み続けていくんだ。
たぶん、僕が生きているかぎり、ずっとずっと、きっと、一生。
それが僕の選んだ道なんだ。きっと、そうなんだ。
昨日、僕は、人を、殺して、しまった。




