Re:Driver――迷宮運送会社≪エルフのトラック≫――
薄暗い洞窟型【迷宮】の中を、一台の冷凍保冷車仕様の2tトラックが突っ走る。
眩いハイビームで照らされた前方には、洞窟に響くエンジン音に引き寄せられたのか、時折コボルドやゴブリンなどモンスター達が飛び出してくる。
だが、トラックを包むように円形に展開している魔法障壁によってトラック本体に触れる事は出来ず、時速六十キロで突っ込んでくるトラックという金属塊との衝突に抵抗できる訳も無く弾き飛ばされ、あるいは轢殺されていく。
モンスターが飛び出してきても当然のように一切減速しなかったトラックはあっと言う間に走り去り、置き去りにされたモンスターの死体は【迷宮】の理に従い、霧散して消え失せる。
「ふんふん、ふふーん」
モンスター轢殺トラックを運転しているのは、十代後半に見える見目麗しいエルフである。
金糸のような美しい髪は肩ほどで切り揃えられ、深い緑色の瞳は森を連想させるだろう。
まるで作りモノめいた美貌は見る者を魅了して止まず、機嫌良く紡がれる鼻歌は聞き惚れる程の力を秘めていた。
着ているのは白いタンクトップと灰色の作業ズボンだけで、本来なら色気など無い組み合わせだろう。
両手首に巻かれた特殊な樹木と深緑の宝玉で造られた腕輪以外、女性らしい装飾品も無い。
しかし豊かな胸部は白いタンクトップを悩ましげに盛り上げ、きめ細かい白い肌が大きく露出した衣服は、エルフの魅力を損なう事など出来ず、ただの平凡な衣服が宝衣のようにすら見える程だった。
「ふふーん、ふふーん」
森の賢者などとも言われ、数多の魔法の扱いにも長け、更には長命種であるエルフはその見た目から正確な年齢は分からないモノの、エルフの中では若者だろう事は分かる。
年月を経て、歳を重ねる毎に表情から感情が窺え難くなる事が多いエルフに対して、運転しているエルフはニコニコと満面の笑みを浮かべながら鼻歌を紡いでいるのだから。
「ふふふーんふんふんふーん」
心底楽しそうにハンドルを握り、テンションが上がっていく鼻歌と共にエルフは気分良くアクセルを踏み込んだ。
速度は徐々に加速し、深部に近づいてきた事により、新たに出現し始めたオークやオーガに対しても突っ込んで行く。
ただコボルドやゴブリンなどと違い、オークやオーガはそれなりの大きさのモンスターだ。
トラックは魔法障壁に包まれているとはいえ、一定以上の衝撃は多少なりともトラックにダメージが入るので、何体も衝突すると不具合が発生する可能性があった。
それにタフなオークやオーガは、衝突しても生存する可能性が高い。
すると追跡され、意図せぬモンスタートレインを形成してしまうだろう。
そして他の攻略者がいれば、擦り付け行為になってしまう。
それはある意味殺人と同じであり、法無き【迷宮】内なら犯罪では無いが、当然推奨される行為では無い。
抹殺、あるいは致命傷を与える必要があった。
「ふっふっふーん」
その為、エルフは両手首に巻かれた腕輪に魔力を込め、意味ある言葉と共に魔法を発動させる。
「……【穿つ魔殻槍】」
今までは丸くトラックを包んでいた不可視の魔法障壁が、エルフの意思に従ってその形状を変化させた。
前方に対して四角錐のような形状となり、その様はさながら破城鎚のようである。
形状変化した魔法障壁は加速したトラックの速度と重量も相まって、飛び出してくるオークやオーガ達を問答無用で破壊していった。
振り下ろされようとしていた棍棒や石斧などは、不可視な事に加えて前方に鋭く伸びた尖端によって間を外され、無防備な肉体を容赦なく穿っていった。
同胞を殺され、怒るモンスター達は怯えるどころか更に襲いかかってくるが、トラックは止まらない。
夥しい量のモンスターを貫いた魔法障壁によって、噴出した鮮血で魔法障壁が濡れて視界が悪くなる事もあったほどだ。
その時はエルフが再び魔法を使う事で血を吹き飛ばし、特に問題にもならないらしい。
圧倒的な防御力と重量と速度でもって、トラックは多くのモンスターを殺害しながら進んで行くのであった。
『次ノ分岐点ヲ左デス』
エルフだけだった車内に、機械的な音声が響いた。
鼻歌を一旦止めたエルフは、運転席中央に設置された円柱形の青い結晶体に目を向ける。
青い結晶体は電子精霊≪マークエルフ≫が宿った、カーナビである。
広範囲に魔力波を撒き散らし、その反響や何やらを読み取って地図を製作し、目的までの最短ルートを選定してくれる≪マークエルフ≫は、エルフにとって掛け替えのないパートナーである。
「はーい、了解了解っと」
指示に従い、エルフは見えてきた分岐点を左に曲がった。
潜んでいたウォーシャドウというモンスターが側面から襲いかかってきたが、これまでと同じように弾き飛ばし、あるいは轢殺される。
本来なら闇に潜み、奇襲してくるウォーシャドウは強敵なのだが、相手が悪過ぎたのだ。
そして最低でも数十体以上、最大でも数百体程度だろうモンスターを轢殺して走行し続けたエルフのトラックは、洞窟型【迷宮】の一つである≪アスヴァガルンの深き洞窟≫の最深部に到着した。
そこは縦横が二百メートル、高さは五十メートルはありそうな長方形のような開けた空間である。
地下水に濡れ、怪しく光を反射している剥き出しの岩肌はここで行われた戦闘の爪痕を色濃く残し、部分部分が破砕されていたり、崩壊している部分もある。
そしてそんな空間の中央では、【迷宮主】である≪アスヴァガルン≫が死体となっていた。
亜地龍の一種であるアスヴァガルンの体長は約三十メートル、幅は約二メートルと巨大だ。
手足は無く、頭部にあるドリルのような掘削器官で地中を掘り進み、敵を攻撃する習性がある。
積み重なった亜龍鱗や亜龍殻は硬く、たまに大地系統の魔法を行使してくる以外は物理攻撃が基本なので先読みし易い、準備を怠らなければそこまで強敵では無いダンジョンボスである。
亜龍の一種なので本物の龍種よりも狩りやすく、高値がつきやすい防具に適した亜龍素材である事に加え、体内からは高額な希少鉱石や宝石が採取される事もあり、上級かそれに近い中級攻略者達にとっては金策相手として好まれている。
「お、依頼人はっけーん!」
そして全身を刻まれ、首を切り落とされたアスヴァガルンの周囲には、五人のヒトが居た。
人間の青年が二人、人間の少女が一人、獣人の女性が一人、蜥蜴人の女性が一人という組み合わせだ。
アスヴァガルンとの戦闘で疲弊したのだろう彼・彼女達は、思い思いに休んでいた。
傷口に魔法薬を振りかけたり、あるいは戦闘でのやり取りをネタに談笑している。
エンジン音を響かせながら現れたトラックに対して一瞬警戒したようだが、その正体が分かったのかすぐに警戒を解いている。
そんな彼・彼女達の前で、トラックはゆっくりと停車した。
そして運転していたエルフは、優雅に運転席から降りてきた。
「ご依頼、ありがとうございまーす。迷宮運送会社≪エルフのトラック≫、只今到着いたしましたー」
笑みを浮かべ、そう言いながら軽く頭を下げる。
ただそれだけの動作ながら、まるで一国の姫君のような貫禄すらあっただろうか。
それに対して、五人の攻略者達は息を飲んだ。
圧倒され、しかし何とか持ち直したリーダーである【剣士】だろう人間の青年も頭を下げる。
「きょ、今日はお願いします。あの……」
「はい?」
「お名前、は?」
明らかに緊張しています、というのが分かる青年は、思わずエルフに対して質問していた。
頬は赤く染まり、その瞳は魅力的過ぎるエルフの細部にまで向けられている。
しかし終わりはその豊満な胸であった。
青年は巨乳派らしい。
それが気に食わないのだろう、その隣に居た【聖職者】らしき胸の慎ましい人間の少女が脇腹に肘を入れるが、金属鎧を着ている青年には、なんら効果はなかった。
むしろ少女が痛そうに顔を歪め、涙目で肘を擦っている。
「アイナ・オルベイオン・アールヴと申します。アイナって呼んで下さいね。あ、必要な素材の剥ぎ取り葉終わってますか?」
青年と少女のやり取りを微笑ましく見ながら、ふと思い出したようにエルフ――アイナは聞いた。
「あ、はい。終わってます」
それに青年が応える。
実際、アスヴァガルンの亜龍鱗や亜龍殻の一部と、大地を掘削する岩窟角や、頸部に存在する最も価値のある龍命殻は青年達によって解体され、摘出されている。
残されたのは青年達では持って帰れず、仮に持って帰っても攻略者ギルドに売る予定の死体だ。
「なら、すぐに積み込み作業に移ってもいいですか?」
アイナはそう言うと、アスヴァガルンの死体を指差した。
アイナの仕事は、アスヴァガルンの死体全てを地上に運搬する事である。
と言うのも、【迷宮】に挑む攻略者はモンスターを殺し、その後出現する魔石やモンスター素材といったドロップアイテムを回収し、売買する事で生計を立てている者が一般的である。
そこで活躍するのが空間拡張系の魔法が施されたマジックバッグやマジックポーチといった収納系マジックアイテムなのだが、その容量には必ず限度がある。
持ち込む回復系魔法薬や強化系魔法薬、食料や予備の装備だけでなく、持ち帰る魔石やモンスター素材は容量を圧迫する。
限られた容量では、時には損してでも貴重な品を捨てる選択も必要になるだろう。
だが、金を出してでも持ち帰りたい時は必ずある。
そこに目をつけたのがアイナであった。
かつて凄腕のソロ攻略者として複数の【迷宮】を攻略してきたアイナは、厄災級【迷宮】と分類される≪鬼神の黒き塔≫に挑み、大怪我を負って引退を余儀なくされた。
しかしそこで【超越遺物】であるトラックの素体を手に入れた。
現代とは異なる技術で製造されたらしきそれは、しかし外装などがない、骨組みとエンジン、そしてコアと呼ばれるパーツしかなかったが、アイナによってミスラル合金の外装が取り付けられ、細部を弄られて今のような状態となっている。
空間拡張系の魔法は、元々の容量が大きいほど効果的だ。
そして冷却装置が取り付けられた冷凍保冷車仕様であるトラックは高速で迷宮を踏破する事が可能であり、普通に持ち帰るよりも新鮮で、かつ巨大な【迷宮主】の全てを持ち帰る事が出来る世界でも稀な存在となっていた。
これまでは必要な部位を切り分け、残りは他のモンスターと同じく霧散させるしかなかった事を考えれば、これがどれほどの利益になるか分かるだろうか。
攻略者を引退したアイナは、トラックを使って今まで切り捨てられていた富を回収する新事業の開拓者となったのである。
「あ、お願いします。……あ、でも、大丈夫……みたい、です、ね」
アイナの笑みに見惚れながら、青年は了承した。
アイナの噂を聞き、高額だが元は取れると判断して初めて依頼したのだが、さてどうなるか、と青年は思っていたのだろう。
この巨体をどう運ぶんだ? そんな思いもあったが、すぐに言葉を失った。
「はい? 何か言いましたか?」
青年の了承を得てすぐさまトラックの方に振り返って作業に移っていたアイナは、再び青年達の方に振り向いて可愛らしく小首を傾げた。
そんなアイナの背後では、トラックの荷台からぞろぞろと三メートル近い大きさ、黒い木で造られたウッドゴーレムが六体出てくるところだった。
石や砂などを材料に造られるゴーレムは、そこまで珍しいものではない。
しかし上級に近い実力を持つ青年達は、その黒いウッドゴーレム達の強さが何となく分かったのだ。
自分達と同等か、それ以上の実力があるのだと。
デザインは簡素だが、明らかに普通のウッドゴーレムではない六体に無意識で警戒しながら動向を見ていると、ウッドゴーレム達はゆっくりと近付いてくる。
まるで人のような滑らかで自然な動作は、術者の実力の高さを伺わせる。
「あ、少し退いて下さいねー。運びますからー」
ニコニコと笑みを浮かべるアイナは青年達をやや遠ざけながら、ウッドゴーレム達に手で指示を出し、長大なアスヴァガルンの死体を持ち上げた。
そしてそのまま、出て来た時と同じように荷台へと入っていく。
空間拡張系の魔法により、荷台の収容量はアスヴァガルン数体が入っても問題ないほど広かった。
胴体が入った後はまた一体だけウッドゴーレムが外に出て、切り落とされた頭部を抱えてまた戻る。
僅かな一分程度の時間で、巨大なアスヴァガルンは収納されたのだった。
「凄いワン! あっと言う間にだワン!」
犬系獣人だったのだろう女性が感心したように声を出す。
その他のメンバーも同様で、まるで何かのショーのように盛り上がっていた。
「はい、積み込み完了です。それでは地上に持って帰りますので、契約書にサインを下さい」
アイナはそんな反応に慣れているのか、変わらずニコニコと笑みを浮かべながら青年に二枚の書類とマジックペンを差し出した。
書きやすいように、木の板の下敷きもついている。
「両方とも名前を書けばいいんですね?」
「はい。その際、名前の後ろに攻略者プレートで魔判を押して下さい」
「分かりました。……これで、よし、と」
名前を書き、様々な用途に使用される攻略者プレートと呼ばれるマジックアイテムで魔力を使った判を押して、書類をアイナに返した。
アイナはそれを受け取り、不備が無いかを確認して、頷いた。
「はい、これで大丈夫です。では一足先に地上に戻り、ギルドに出しておきますので、換金所で受け取ってください」
一枚は青年に返しながらそう言うと、アイナはさっとトラックに乗った。
冷凍によって通常よりも鮮度が長持ちするとは言え、肉類はさっさと運ぶに限る。
アスヴァガルンの肉は高級品として好まれるので、その方が高値で売れるのだ。
ちなみに今回のようなダンジョンボスの運搬は契約時の前払い金である五十万ゴルドに加え、攻略者ギルドに売った額の三割がアイナの報酬となる。
前払い金である五十万ゴルドは十分大金ではあるが、必要な素材を剥ぎ取ったダンジョンボスの残り全てを売れば十分過ぎる程のお釣りがくる程度の値段設定だ。
ダンジョンボスを討伐出来なかった場合は五十万ゴルド損する事になるが、確実に倒せるのなら、使わない手は無いと一部の攻略者達の間では評判となっている。
「ではお先に失礼します。またのご利用、お願いしまーす」
そういった理由もあり、別れの言葉を言うや否や、トラックに乗り込んだアイナはエンジンをつけ、アクセルを踏んだ。
エンジン音を轟かせながら発進するトラックは青年達の前で大きく曲がり、来た道を引き返す。
残された青年達はしばしその後ろ姿を眺めてから動き出した。青年達は、自らの足で地上へと帰らねばならないのである。
「ふんふんふーーん」
そして地上に向けて爆走するアイナは、上機嫌に鼻歌を歌いながら再びモンスターを轢殺していた。
それは迷宮に様々な物資を運搬する、世界でただ一つの迷宮運送会社≪エルフのトラック≫の日常だった。