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Re:Reinforced soldier――複合案――

 最初に言って置きます。






 何と言う不完全燃焼。

 そこは、今だ人類が踏み込んだ事の無かった未踏破ダンジョンの最上階の一室。

 極東に存在する島国【和国】の様式を真似て造られたのだろう室内は、ココに至るまで千を上回る数のモンスターを殺戮して来るだろう侵入者と、この和国風城型迷宮【月夜城】の城主が激しい戦闘を繰り広げても耐えられるようにと広大だ。

 それに床に敷き詰められている特殊素材製の“畳”に酷似したモノや、四方を閉ざす“障子”に酷似したモノにはダンジョンでは当たり前に備わっている自動修復機能があるので思う存分に戦える事だろう。

 部屋には照明となる蝋燭などは無く、珍しい事に他のダンジョンのように壁自体が発光している訳でもない。唯一の光源として天井に空いた大きな孔から月光を注ぐ仮初の満月があるだけで、その一室はどうしようもなく薄暗かった。

 しかしそれも仕方が無い事で、ココは外界とは隔絶された地下空洞内に存在するダンジョンの一つ。本来ならば真の闇によって封じられていた筈の場所に世界が生み出した世界の宝物庫の一つ。

 故に闇を恐れるヒトには見つけ辛く、岩石に覆われた、陽光の届かないモンスター達の楽園。

 仮初の月に照らされた城、故に【月夜城】。


 そんな場所で、一人の男と一体の異形が対峙している。


 コォォォォォォォォンッッ!!

 

 一人は【黒牛鬼】シリーズと呼ばれる黒革製のロングコートやズボンなどを身に纏い、一本の刀を佩いた黒髪茶眼の青年。

 金属製の胸当てや手甲等は見受けられず、普段着のようにも見れる軽装姿は防御力がかなり低そうに見えるだろうが、しかし【黒牛鬼】シリーズはその見た目に反して高い防御力と幾つもの特殊能力を持つ優秀な防具タイプのマジックアイテムだ。

 その防御力は、全身甲冑フルプレートメイルよりも遥かに高い。

 【黒牛鬼】シリーズを入手するには高ランクダンジョンの一つ、地下回廊型迷宮【ラビュリントス】で侵入してきた冒険者を手にした体色と同じ黒い戦斧で殺戮し続け、その死肉を貪り喰らっていたミノタウロス[亜種]を殺すしかない。

 世間一般では通常のミノタウロスでさえ強力なモンスターとして認知されている。種族的特徴とも言える巨躯に、強力な再生能力や膂力、強靭な皮膚などは勿論の事、亜獣人種である為に知能も高い。そして生まれた時から所持している生体剣の一種である戦斧を扱うその手腕は、技巧は、達人の域に達している。

 一対一で戦うのならばAランク相当の冒険者が必要になる程の、冒険者にとっては試練として立ちはだかる牛頭の怪物。それがあくまでも通常のミノタウロス。

 一般的なミノタウロスと違い、体色や習性、所持している武具やスキル、知能や身体の総合的な能力が桁違いに上昇しているミノタウロス[亜種]を殺して手に入る【黒牛鬼】シリーズは、その性能と獲得難易度故に、一般的に五段階で分けられるマジックアイテムランク――【粗悪インフェリオリティー】級、【通常ノーマル】級、【希少レア】級、【固有ユニーク】級、【神迷遺産アーティファクト】級と分けられる――の上から二番目に該当する【固有ユニーク】級に分類されている程のマジックアイテム。

 コレを得るために何百人何千人のヒトが挑み、そして死んでいった事か分からない。


 それを身に纏っている男の実力は、最低でもSランク相当かそれ以上だろう。

 そして、だからこそ。青年が高レベルダンジョンである【月夜城】の最上階に至って尚、大きな怪我もなく立って居られるのは【黒牛鬼】シリーズの力があってこそだ。


 武具と地力があるからこそ、ヒトが一人でこの場所にまで到達できている。


 もし青年が着る防具が【黒牛鬼】シリーズではなかったならば、ココに至るまでに切り殺した千のモンスターとの戦闘で怪我を負い、体力を失った結果斬殺されて、死肉を喰われ、無惨な屍を晒していたに違いない。


「【月夜城】の城主、将軍コボルト[亜種]を最初に殺した者だけが獲得できる【神迷遺産アーティファクト】クラスのマジックアイテム――大太刀【黒天之月刀】と死体の蒐集、か。ったく、あの人も無茶苦茶を言う。

 まあ、しかし――」


 青年に対し、憎悪の思念と共に本能的な【畏怖】や【萎縮】を引き起こす咆哮を上げ、怒りを顕にしながら人外の速度で疾走してくる黒き鎧武者姿な狐頭の亜人に対して、その凡庸ながらも精悍な顔に明確な殺意を浮かばせながら、真正面から立ち向かう男は前足に体重を乗せ、前傾姿勢に換えつつも愚痴を漏らした。

 ミチリ、と畳を踏みつけ擦れる音を立てるのは【黒牛鬼】シリーズのブーツ。それが青年の意思を読み取り、内包されている【速度上昇A】と【俊敏上昇A】の能力が一ランク下げられた状態で発動する。


「――強者と出会えるのならば、望む所ッ!!」


 180センチ以上はあるだろう青年の体躯が、その見た目からは想像できない程の速度で疾走する。

 その一踏みは特殊素材製の畳を容易く踏み砕き、痕跡を刻みながら、その反動は全て前進するエネルギーに変換されていく。その速度は青年に向けて走ってくる三メートル近くある体長に、人外の強度を誇る骨格と筋繊維などを搭載し形成されているはずの将軍コボルド[亜種]と遜色が無かった。

 

 例え離れて見ていたとしても影すら捕捉出来ないだろう両者の速度は、ヒトの枠組みから大きく逸脱しているものだった。

 片方は理解できる。元々ヒトとはかけ離れた構造を持つモンスターだ。その上高速機動が特徴としてまず上げられるコボルド種の上位個体なのだから、この程度の速度は出せて当然と言えば当然だ。

 しかし、もう片方の男はあくまでもヒトである。人外の構造をしているモンスターでは無く、あくまでもヒト。だと言うのに速度はあまりにも常識外だ。高ランクの冒険者だとしても、異常と言わざるを得ない程の速度。

 それはブーツの装着した人物の全体の動きを速くさせる【速度上昇B】と、神経伝達などの反射を加速させる【俊敏上昇B】の二つ能力がその動きを補助はしているからだ、と言えるかもしれない。

 しかしその補助を除いたとしても、男の速度は余りにも速過ぎた。


 言うなれば疾風。もしくは雷光。


 それ程の速度、それ程の身体能力。

 【黒牛鬼】シリーズに包まれ見る事の出来ない肢体は、執念のような鍛錬の下に鍛え上げられ、長い月日によって築き上げ引き締まっているのではないか、とヒトが見れば思うだろう。

 そう考えねば男の疾走速度に納得する事は到底できない。

 しかし男に向けて走る黒い鎧武者姿な狐頭の亜人はそんな事は考えない。初めから、対峙した瞬間から自己と同等かあるいはそれ以上の敵として、ただ殺すと決めて戦い始めていたのだから。

 生来の狩猟者たるモンスター故の即決即断。そこに迷いなどあるはずが無かった。


 コォォォォォォォォンッッ!!


 将軍コボルド[亜種]が後一歩で男を殺傷圏内に捉える寸前、再び吼えた。白銀に輝く太い牙が並ぶ口が大きく開かれ、響き渡るそれは先ほどの咆哮とは比べ物にならず、思わず耳を塞ぎそうになる程の大音量。

 先ほどよりも濃厚な殺意の下に発せられたそれは、結果として【萎縮】【恐慌】【威圧】など複数の精神攻撃系統の能力が付加された強力無比な咆哮であり、心の弱い者が聞けば強制的に動きを阻害され、そのどうしようもない間に蹂躙される事だろう。

 将軍コボルド[亜種]レベルのモンスターにもなれば、この程度の攻撃はデフォルトで備わっている。

 だが咆哮を聞いた瞬間はほんの僅かにだが走る速度が落ちながらも、しかし男は悠々と、不敵に嗤ってみせる。

 自らが敵と定めた者を前にして、男の炎のように高ぶった精神は将軍コボルド[亜種]の咆哮を完全に無効化していたのだった。


「――ッツエィ!!」


 鋭く息を吐き出しながら、男は腰に佩いた刀の柄に手を添わせ、抜刀。【黒牛鬼】シリーズ同様【固有ユニーク】級の武器タイプのマジックアイテム【斬魔刀】の鋼色の刀身が鞘から解放され、尋常ならざる速度で獲物を切り裂かんと迸る。

 しかしそれと同時に将軍コボルド[亜種]も腰に佩いていた大太刀【黒天之月刀】を抜刀し、互いに敵を切り裂かんと抜き放たれた刀身は真正面から衝突し合った。

 激しく火花が飛び散り、金属同士が擦れ合う異音が鳴り響き、それと同時に発生した烈風が周囲を蹂躙していく。両者の足は重撃の衝撃を畳に伝えて大きく陥没させ、その両腕は眼前の敵を斬り殺す為に、そして斬り殺されないために手に持つ獲物にエネルギーを注ぎ込む。

 しかし両者のどちらかが競り勝つ訳でも無く、その鍔迫り合いは拮抗した状態を保った。


 それはあり得ない光景だった。


 明らかに体格が異なる者同士が真正面から拮抗したその光景。

 大人と子供と例えても差支えないだろう程の体格差。それを生かして圧倒的優位の立場を保てる上から押し潰そうと両腕の筋肉を膨張させ、黒色の体毛を逆立て、将軍コボルド[亜種]は牙を剥き出しにしながら獰猛な唸り声を出すが、嗤う男はそれに屈する事無く真正面から抗ってみせる。

 亜獣人種に分類されているコボルド種の上位個体である将軍コボルドのステータスは、種族的に基本的には速度や反射などが重点的に成長する。その上昇率が大きく異なるのだが、それは[亜種]でも変わりない。

 しかし確かに攻撃力などのパラメーターは低くなり易いのは事実ではある。だが、それはあくまでも他と比べればだ。モンスターである将軍コボルド[亜種]の攻撃力は、単純な膂力にしてもヒトのそれとは隔絶したモノがある。


 そもそも細胞や筋繊維の構造からしてモンスターはヒトのそれとは大きく異なる。


 だから一般的に冒険者などのモンスターと日常的に戦う者達は、例えゴブリンなどの下級邪妖種と戦う時でも真正面から鍔迫り合いなどを行う事はしない。と言うか、できない。

 圧倒的な差がそこにあればその限りでは無いモノの、同レベルのモンスター相手では確実にモンスターが勝るからだ。鍛えた、鍛えていないなどは関係なく、モンスターは生まれた時から高いステータスに恵まれている。

 それがこの世界の常識。今ではだった、と付くかもしれないが。


「ッラ、ッセイ!!」


 モンスターであるが故に人外の膂力を持つ将軍コボルド[亜種]と鍔迫り合っていた男の全身の筋肉が、その掛け声とともに隆起した。

 【黒牛鬼】シリーズを下から押し上げる事でその上からでもハッキリと形が分かるその筋肉は、拮抗した今の状態を覆し得るパワーを持っていた。

 強引に押し込まれ、将軍コボルド[亜種]の体勢が僅かに崩れる。ヒトがモンスターを真正面から押し返すと言うあり得ない光景は、しかし現実である。

 その隙を逃さず、押し勝った男の手に持つ刀【斬魔刀】で将軍コボルド[亜種]の目を横一線に切り裂いた。赤黒い鮮血が傷口から飛び散り、苦悶の叫び声が響く。憎悪の咆哮が上がる。

 しかしそれに油断せず、男は即座に横に跳び退いた。

 その直後、男が先ほどまで立っていた場所に将軍コボルド[亜種]の大太刀【黒天之月刀】が振り下ろされた。その刃は地面を切り裂き斬痕を残すが、即座に移動していた男は無傷だった。


 眼球を切り裂く、鼻を削ぐ、毒を打ち込む、四肢を斬り落とす。


 それらの行為はある一定レベルまでのモンスター相手ならば有効だ。

 眼球を潰せば視界を断つ事ができ、鼻を削げば嗅覚を潰す事ができ、毒を打ち込めば即死せずとも動きは封じる事ができ、四肢を斬り落とせば行動を制限できる。それは当然だろう。モンスターと言えども生物なのだから、感覚や身体の一部を奪ってしまえば殺し易くなる。

 しかし将軍コボルド[亜種]レベルの高位モンスターにもなれば、斬られた傍から傷は回復し、例え脳を掻き混ぜられたとしても生き続ける。回復能力を阻害する能力を持つ武具を使用するか、身体を回復不可能なレベルまで切り刻むか、魂を直接破壊するなどしなければ高位モンスターは死なない。

 それを知っているからこそ、男は油断する事無く即座に跳び退いたのだ。

 眼球が回復する前に、再び男の斬撃が目元を深く切り裂く。絶叫が再び轟くのを聞きながら、男はその勢いを乗せた斬撃を今度は【黒天之月刀】を持つ腕の手首に叩き込んだ。

 前腕を護っている手甲の装甲が最も薄い関節部を正確に捉え、その斬撃は手甲を切断させる事に成功する。だが、その下にある武者鎧よりも頑丈な皮膚や筋肉、骨までは一度に断つ事が出来なかった。

 しかしそれでも将軍コボルド[亜種]の手から【黒天之月刀】が零れ落ちる。半分近く切り裂かれれば、流石に持っている事はできなかったらしい。


「流石に、硬いかッ!!」

 

 一撃で斬り落とせなかった事がそんなに悔しいのか、男は顔を歪ませる。

 それでも眼球の回復が終わる前にもう一撃、とばかりに【斬魔刀】を振り落とした。狙う場所は先ほどと同じ手首。 

 再生途中だった事で先ほどまでとは違った手応えを感じながら、今度こそ男は卓越した技巧とモンスターに勝る膂力によって手首を切り裂いた。

 宙に将軍コボルド[亜種]の手が舞い上がる。傷口から夥しい量の赤黒い血がドバドバと溢れ出る。

 そこで男は深入りし過ぎた事に気がついた。回復した眼球が、すぐ傍に居た男を憎悪の籠った瞳で睨みつけている。


「――ッッ!! しまッ」


「コォォォォォォォォンッッ!!」


 男の腹部に将軍コボルド[亜種]の拳が打ち込まれた。

 途轍もない衝撃が全身を突き抜け、あくまでもヒトの身体である男は吹き飛ばされた。

 だが男は嗤う。心底楽しそうな、嗤い声を上げながら。






 終わり。 



 

 取りあえず描きたい事だけ詰め込んでみた。と言う話。

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