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05 ソヨカゼ

 カレンダーを見る限り日中が夜より長くなってはや一ヶ月。

 最高気温がなんのかんのいってもまだ肌寒かった数日前とは違い、やっと体感的にも暖かさというものを実感できるようになってきた。陽気と日光に当てられるにつれ街々の景色は彩度を増し、鼻に抜ける風の香りは春の訪れを感じさせる。

 そう、季節は春。

 昔こそ、春という季節にちょうちょとかお花畑とかメルヘン極まりないイメージが先行しがちな純情少年だったが、春は馬鹿とか虫とか花粉症とか変態とかとか、なにかと湧くらしい季節として有名なのは言うまでもない周知事実らしいのは薄々感ずく年頃の俺今日この頃であるからして、もう少し心の準備が欲しかったかと問われればYESと即答できるほどにピュアボーイは捨てきれていなかったらしい。なにいってんだ? 俺。

 と、脳内お花畑が倒錯気味に咲くほど、俺の隣歩くこの少女との出会いは衝撃的だった。

 そう、この少女も変態さんとカテゴライズするのに申し分ない人種だった。

 こいつ、いつ湧いたのか進級早々(少女にとっては入学早々)俺の周りに出没するようになって今では登下校を共にするようになった。今も何故か帰路につく俺の横をちょこちょこ付きまとってくる。

 まあ、そこまではいい……いや、よくないがいいとする。百歩譲って。

「ああ! 何でだろう!」

 だが、しかし! 一言、一言でいいから言わせてくれ。

「女の子のエロトーク聴いてるのに相手がおまえだと全然興奮しねぇ!」

 つーか、話す内容も妙だし。なんだこの虚無感。

「ガニ股で自転車のスタンドを立てる女の子萌へ」

「無視かよ!」

 おまえ、いたいけな青年の純情を一つ壊してんだぞ! わかってんのか?!

「あ、あと『3D』ってたまに『エロ』って読んじゃいませんか?」

「や、すいません。もうついていけません」

「私が思うに、3がEに見えるんですよね、Dはそのままロに見えちゃうんですよ」

「だから、ついていけないって」

「ほらEってローマ字読みでエって読むじゃないですか」

「聞いてないっす」

 正確には聞いているのだが話の次元が常人からかけ離れていて理解できない。

「あ、そうだ、先輩」

「なんだ!?」

「そろそろ私たちが出会って二週間ですね?」

「ああ? そうだっけ?」

 もうそんなに付きまとわれてんのか、俺。

「だからお祝いに私――」

 言いながら俺の隣の少女は上目遣いに俺の顔を覗き込んでくる。

 その頬はそういうメイクなのか若干上気したようにも見え、黒目がちな目も普段より湿り気を帯びている感じがする。

 今しがたまで足の動きと間逆に振り子運動を繰り返していた両手も、なにかを恥らうようにスカートの端をいじいじとつまんでいる。

 少女が言葉をためらうように下唇を噛んだのとほぼ同時に目の前の信号が赤に変わった。

「今日、ノーパンなんです」

「はぁ!?」

 あやうく赤信号渡るところだったじゃねえか! 殺す気か?!

「先輩、目が泳いでますよ?」

「うそつけ」二つ以上の意味で。

「あ、わかっちゃいました?」

 そうだろう、さすがにそんな変態さんが俺の周辺に居たら困る。そんな現実があるならサンタさんだって信じてやる。

「実は下着、全部着けてないんです」

 言って、少女は腕組するように胸元を隠す。

「…………」

 さすがに言葉を失う。

 いや、この少女ならやりかねないのか?

 いやいや、きっとうそだって、なあ? サンタさん。うそだって言ってくれよ。

 信号が青に変わると、少女はけろっとした態度で鼻歌まじりに歩き出す。

 少女が軽快に歩を進めるにつれ疑惑のプリーツがゆらゆらと揺らめく。そして俺の心もゆらゆらと揺ら……

 だー!

 静まれ、俺の眼球。これ以上視線を落とすな。そうだ、顔を上げれば自然と視線もあがるはず。そうだそうだ上を向いて歩こう。ね、ほんとに、何故だかわかんないけど涙がこぼれそうだからさ……て、おい、網膜! なにちゃっかり脳内に保存ちゃってんだよ、なに? 太もも? いや、違うだろ、それこそあいつの思い通り、というか本来の目標はそれより上にあるのであって決して……って、おい! 俺! しっかりしろ!

「なにいやってんですか? 先輩」

「あ、いやこれはその……」

 どうやら脳内トリップしたまま五十メートルくらい進んでしまっていたらしい。焦点を合わせると振り向いた少女が心配そうな表情で佇んでいた。

「もしかして……先輩?」

 言いながら少女は目を細める。そのしぐさが少し幼さの抜けない少女の容姿をそこはかとなく妖艶に魅せて、思わず目を逸らしてしまった。

「欲情しました?」

 どことなく嬉しそうに声を弾ませる少女。

「まさか」たぶん。

「いらぬ劣情を催しました?」

「いいえ」断じて。

「そうですか……」

 はあ、と、少女はため息を一つ。再び俺の横に並んで歩く。

 少女の歩幅は俺よりかなり小さい。二週間前は意識して歩いていた記憶があるが、どうも自然に同じペースで歩けるようになったみたいだ。それは俺が遅くなったのか、少女が早くなったのか、あるいはどっちもか、分からないがそれだけ時間がたったという事実の痕跡を見ているようでなんとも微妙な気分になる。

 少し肩をすぼめて歩く少女。何を思って俺につきまとうのか、予想ができないほど俺は馬鹿ではない。それでも、からかってるだけか? そもそもなんで俺? とか訝る俺は人としてどうなんだろうか。

 だからこれから言うことは、つとめて冗談交じりに、

「ああの、さ」

 しまった! いきなりどもってしまった。

「なんです?」

 吸い込まれそうなほどに澄んだ少女の瞳。その中に俺はどう映っているのだろうか。

 決意の深呼吸を一つ。

 よし!

 と、そのときだった。肺のスペースを鑑みるに俺のせいだとは考え難いが、一概にそれが俺のせいだともいいきれないわけで、ここで人間が呼吸をすることによって大気が動くことがありえるのかとご高説っぽいものを脳内で垂れようとも思わないこともないのだが俺の知識では不可能に近い所存なので割愛。

 一言で言えば風が吹いた。それも結構強めな。

 春の香りを孕んだ、ぬるく、湿ったようにまとわりつく風。秋や冬とは違い、揺れる木々は潤った葉の音を鳴らし、風の道を教えてくれる。

「きゃっ」

 声に振り向けば、風によってめくられたスカートを少女が必死に押さえ込んでいるところだった。

 俺の視線に気づいた少女は、顔を真っ赤に染める。

「見ました?」

 もうばっちりと。

「欲情……しました?」

 あ? するわけねーだろこのうそつき。

 というか、恥ずかしいならそういう質問はするな、さっきより顔赤くなってるぞ。

 あ~、くそ、なぜか意思とは裏腹に頭に血が上る。

 遺憾だが、おそらく赤くなっているであろう顔を見せないため、俺は先行し、少女からリードをとる。

「まあとりあえず……」

「な、なんですか?」

 決意の出鼻をくじかれた落胆もそこそこに、手を頬に添えてみる。やはり、ひやりとして気持ちがいい。

 まあ、とりあえず……いま少女に言ってやりたいことがある。それは二週間も俺に付きまとってくれた感謝と報復をかねて。

 つとめて無愛想に、なるべく無頓着に、肩越しに振り返って、一言だけ、

「3Dをなぜかエロと読んでしまうあなたは病気です」

突発的発足コーナー! レンジファインダー・ハーツ恋愛相談室!

ここでは青春以上恋愛未満をテーマにお届けする『レンジファインダー・ハーツ』にちなんだ空前絶後の恋愛相(以下略)

――――――――――

Q、このあいだ好きなコに『好きだよ、愛してる』とギリギリ冗談に聞こえるよう告白したところ『うわぁ、うざ、てかキモ!』と返されました。これって脈アリですかね?

A、そうですね、とりあえずあなたはドMだと思います。

――――――――――

ご無沙汰してます消炭です。

次回は春! とか大見得きってしまったくせに4ヶ月も間が開いてしまいました。いやはや、お恥ずかしい限りです。


そして、待っていてくださった方(そんな奴いない? 夢をみさせておくれよ)お待たせしました!

そんなこんなでレンジファインダー・ハーツ『05 ソヨカゼ』テーマはなんと『エロス』です!

どうでしょうかリビドーが迸ったでしょうか?


次回はもう少し早く投稿できればいいなと思っている所存でございます。

それでは、今回は、空砲の大砲より実弾の拳銃ほうが強い。というお話でした。

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