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暴言と浮気を繰り返す婚約者  作者: ヴァンドール


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9/22

9話

 数日後。

 ランガーの元には『偶然を装った』問い合わせが相次いだ。


 『契約を更新できるかどうかの確認』

 『融資の条件に変わりはないかという念押し』

 『将来的に継続は可能か』


 どれもこれも、かなり焦っているようだった。


「実は、ここだけの話なのですが……伯爵家から、えーと、そのーこちらで融資を受けたら、後が怖いぞ。と言われまして、そのーですので契約内容の変更を勝手にされてしまうと……」


 言いにくそうに、そう言ってきた貴族は一人や二人ではなかった。


 ランガーは、そんな貴族に対し、いつも通りの穏やかな表情で答えた。


「いえ。契約書に記載されている条件に変更はありませんので、ご安心ください。こちらは全て法に則っております」


 その一言で、相手はほっと胸を撫で下ろす。


 ランガーからは決して、伯爵家の名を出さなかったし、脅されたことも、圧力をかけられていることも誰にも何も言わなかった。


 ただ、淡々と、誠実に、仕事を続けた。

 その方が、かえって相手には効果的だった。

 噂は、止めようとして止まるものではない。


「スタンリー伯爵家が、例の融資元と借り手側に圧力をかけているらしい」


「だが、あの男爵、全く動じていないとか」


「それどころか、今まで通り誠実な対応だというではないか」


 社交界に広がる噂は、少しずつ変化を見せていた。


 いつの間にか、『圧力をかけられている』側から『圧力に屈しない側』へと、見方が変わりつつあった。


 一方で、スタンリー伯爵家には、想定外の反応が返ってきていた。


「何だと?」


「何人かの貴族から、融資の件で不満が出ています」


「不満、だと?」


「はい。これ以上圧力をかけ続けるなら、我々の今後はどうなるのか。だったら、資金調達は伯爵家がなんとかしてくれるのかと」


 ピエールは、拳を強く握りしめた。


(このような噂がもし、父上の耳に届いてしまったら……)


 本来、金を借りている側は立場が弱い。しかし、貸し手が誠実であればあるほど、借り手側は感謝する。

 今、その感謝は間違いなく、あの男爵に向いている。それを思い知らされることが、ピエールには耐えがたかった。


 同じ頃。


 ランガーはロイドの執務室で、いつものように報告をしていた。


「特に問題は起きていません。むしろ、契約継続の意志を明確にしてくださる方が増えました」


「ランガー殿は、本当に動じないな」


 ロイドが呆れた顔をしながらも、どこか感心したように呟いた。


「動じる理由がありませんから。それにこの程度のこと、私にとっては圧力でも何でもありませんよ」


 ランガーは、そう言って微笑んだ。


「正しいことをしていれば、いずれ分かる人は分かります」


「それが、普通はなかなか出来ないんだがな」


「恐怖で縛る関係は、長続きしません。それだけのことです」


 ロイドは一瞬、言葉を失い、それから優しく笑った。


「その言葉、妹に聞かせてやるよ。きっと心から共感するはずだ」


 その言葉に、ランガーは照れたというより、少し戸惑ったような顔をした。


「もし彼女が、同じことを感じているのだとしたら、それは、彼女自身が辿り着いた答えなのでしょう」


 ロイドは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。


「君という男は本当に……」


 そう言いかけて、言葉を探した。


「誠実な男だな」


「いいえ、ただ臆病なだけですよ」


 ランガーは照れながら笑った。


「人の心に無理をさせてはいけません。疲れてしまうだけです。だから私は、ただ隣で、何も言わずに寄り添うだけでいい。そう思っています」


 ロイドは、深く感心していた。


「妹がいつか言っていたよ。君といると不思議と安心するって。その理由が、今ようやく分かった気がする」


 その言葉をランガーは静かに聞いていた。


 ロイドは、そんな彼を見て、ふと思った。


 この男は、実に(ふところ)が深い。

 そして、洞察力がある。

 だからこそ、最も信用できる。

 そしてそんな彼の在り方こそが、妹が長い間、無意識に求めていたものなのだろう。



「彼女は、今、自分の足で立とうとしています。だから私たちはその隣を一緒に歩くだけでいいのではないでしょうか」


 それは、誰かを支配しようとする人間には、決して口にできない言葉だった。


 静かで、穏やかで、しかしその中には計り知れない強さを秘めている。



(真に強い人間とは、彼のような男を言うのだろうな)


 だからこそ思う。彼の存在そのものが、いつか周囲の信頼を集めていく。


 力という恐怖で縛る男と、心という信頼で結ぶ男。

 どちらが真に強いかは、誰の目にも明らかだった。



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