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暴言と浮気を繰り返す婚約者  作者: ヴァンドール


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8/22

8話

 舞踏会から三日後。


 ランガー・チェスターは、執務室で帳簿に目を通していた。

 いつもと変わらぬ朝。

 ただ、机の上に置かれた一通の書状だけがこの静かな朝に水を差す。


「伯爵家、ですか」


 隣に控えていた秘書が問う。


 見ずとも、差出人は分かる。


 ピエール・スタンリーの実家。

 スタンリー伯爵家。


 内容は、丁寧で、礼儀正しい文面だった。

 だが、文章の端々(はしばし)から伝わってくる本当のねらいがあまりにも分かりやすい。


 貴殿が関わっている融資案件について、お分かりですな。


 つまりは、手を引け、この仕事を辞めろということだ。


 ランガーは溜息を吐いた。


「随分と、早いですね」


 秘書が、顔をしかめる。


「噂では、舞踏会で何かあったとか」


「ええ。少し、伯爵家にとって都合の悪い出来事が。いや、正確には伯爵家嫡男本人にとってだな」


 ランガーは書状を丁寧に畳み、机の端に置いた。


「圧力をかければ、こちらが引くと思われたのでしょう。おそらく、借りる側にも伯爵家と対立する者から借りるのか? と脅しているに違いありません」


「実際、伯爵家は影響力があります。取引先の中にも、顔色を窺う者が出るかと」


「でしょうね」


 彼は、静かに頷いた。


「だからこそ、ここで引くことは出来ません。これは私の仕事です。今、私が手を引けば、困る方たちも沢山出るでしょう」



 同じ頃。


 スタンリー伯爵家の書斎では、荒れた声が響いていた。


「あの商人、少し調子に乗っている。どうせ男爵位だって金で買っただけだろう」


「はい。なんでも王家に多額の寄付や献金をしているようです」


(なに、王家だと? それがどうした。俺の知ったことか!)


「婚約者でもない男が、あの場で彼女とダンスをすること自体、ふざけている!」


 ピエールは、自分のしていることは棚に上げ、不快そうに掌で机を叩いた。


「奴め、こちらから軽く圧力をかければ、身の程を知るだろう」


「もし、従わなければ?」


「その時は、借りている貴族たちを、伯爵家と対立する気かと脅せばいい」


 それが、ピエールのやり方だった。




 一方、ランガーは数枚の書類を手に、馬車へ乗り込んでいた。


 向かう先は、ロイドの元。


 圧力を受けたからといって、慌てるつもりはなかった。

 勿論、黙って従う理由もない。


 エクセラル子爵邸で出迎えたロイドは、話を聞くなり、苦笑した。


「やはり来たか」


「予想通りですか?」


「ああ。奴は、立場がまずくなると必ず力で押さえに来る。それがあの男のやり方だ」


 ロイドは椅子に腰掛けた。


「で、どうするつもりです?」


「もちろん、引きませんよ」


 気持ちがいいほど、即答だった。


「正当な契約の範囲内で行っている仕事です。感情論でこられても従う義理はありません」


「脅しも来るぞ?」


「覚悟は出来ています」


 それでも、ランガーは視線を逸らさなかった。


「それでも、私は逃げないと決めています」


 その言葉に、ロイドは満足気に笑った。


「安心した。君がそう言うなら、こちらも腹を括れる」


「ご迷惑をおかけします」


「こちらの台詞だ。我が家のことで君を巻き込んでしまった。済まない」


 ロイドは立ち上がり、窓の外を見た。


「だからこそ」


 優しい声に聞こえた。


「妹のためにも、ここは退かない」


 ランガーも、はっきりと言い切った。


「私も同じです」


 その頃、ピエールは、まだ気づいていなかった。


 自分が圧力をかけている相手が、恐怖ではなく、信念で動く人間だということに。


 そしてその圧力が、ピエールの立場を更に悪くする。


 考えれば分かることだった。

 金を借りて助けられている貴族がいかに多いか。彼らの存在を失えば困るのは貴族たちだ。それに彼らは合法的にやっている。


 それさえ理解できないピエールは、実に浅はかだと言わざるを得ない。


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