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暴言と浮気を繰り返す婚約者  作者: ヴァンドール


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7/22

7話

 お兄様がお仕事の関係者の元に行ったので、私は一人でテラスへ出た。

 夜風が心地よく、張りつめていた肩の力が、抜けていく。


「冷えませんか」


 背後から、穏やかな声がした。


 振り返ると、そこに立っていたのはランガー様だった。

 先ほどまで挨拶回りをしていたはずなのに、いつの間にかこちらを気にかけてくれたらしい。


「大丈夫ですわ。少し、空気を吸いたくなっただけです」


「それなら、よかった」


 彼はそう言って、適度な距離を保ったまま、私の隣に立った。

 近すぎず、遠すぎず。

 その立ち位置だけで、この方の性格が伝わってくる気がする。


「舞踏会は、お好きですか?」


 唐突な問いに、私は少し考えてから答えた。


「正直に言えば、あまり得意ではありません。人が多くて、息が詰まってしまいます」


「同じです」


 即答だった。


「私には、数字と帳簿の方が性に合っているようです」


 そう言って、少し照れたように笑う。


「ですが、こうした場も必要だと分かってはいるんです。資金は、人と人との信頼で動きますから」


「難しいお仕事なのですね」


「ええ。ですが」


 彼はテラスの手すりに手を置き、遠くの夜空を見上げた。


「だからこそ、慎重でありたい。目立つ人より、本当に助けが必要な人の声を、大切にできる人間でありたいと思っています」


 その言葉に、胸の奥が、とても温かくなった。


 怒鳴らない。

 威圧しない。

 自分の力を、ひけらかさない。


 ああ、この人は、本当に穏やかな人なのだ。


「変なことを聞いても、よろしいですか?」


 私がそう切り出すと、ランガー様は少し驚いたように瞬きをした。


「はい。私でよければ」


「なぜ、その、貴族相手の融資という仕事を?」


 一歩間違えれば、恨まれ、踏み倒され、危険も多いはずだ。


 彼は少し考え、それから、言葉を選ぶように話し始めた。


「昔、父が事業に失敗しまして」


 淡々とした口調だった。


「その時、誰一人として手を差し伸べてはくれなかった。正確には、条件付きでしか、です」


 私は、黙って聞いていた。


「だから思ったんです。もし自分が力を持つ側になれたら、最低限の誠実さだけは、失わない人間でいようと」


 彼は、こちらを見て微笑んだ。


「綺麗事だと言われます。ですが、それでも続けていれば、ちゃんと返してくれる人は現れる。私は、そう信じています」


 その瞬間、はっきりと分かった。


 この人は、強い。

 声を荒げなくても、誰かを脅さなくても、揺るがない強さを持っている。


「とても、素敵なお考えだと思います」


 そう言うと、彼は嬉しそうに笑った。


「そう言っていただけると、救われます」


 そのとき、鋭い視線を感じた。

 誰かが、こちらを睨んでいる気配。


「そろそろ、戻りましょうか」


「はい」


 歩き出したそのとき、ふと気づいた。


 隣にいるのに、緊張しない。


 それは、今まで知らなかった感覚だった。


 会場へ戻る途中、視線の先で、こちらを睨むように見ていた人物は、ピエール様だ。先程からの鋭い視線は彼のものだった。


 その目に宿るのは、焦りと、苛立ち。


 けれど私は、もう怖くはなかった。


 ランガー様は、そんな視線に気づいた様子もなく、ゆっくりと進んだ。


(これが、大人の男性なのね)


 私は、確かに思った。


 スリルではなく、平穏を。

 恐怖ではなく、安心を。


 自分が何を求めているのか、ようやく分かり始めていた。


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