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暴言と浮気を繰り返す婚約者  作者: ヴァンドール


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6/22

6話

 ルシアンの背中が人波に紛れて見えなくなった。その後ろ姿を見つめたまま俺は、傍らにいた彼女に話しかけられても、上の空だった。頭の中からルシアンの姿が離れない。


(どうしてしまったんだ、俺は。最近はルシアンのことなんて忘れて、今の彼女を大事に思っていたはずなのに)


 胸の奥が、騒いでいる。


(それなのにこの俺を見切っただと? 自分を守る本能が働いた?)


 ふざけるな! 何度も頭の中で反芻されるその言葉。

 ルシアンに嫉妬され、責められたわけでもない。それなのに、これほどまでに腹の底が煮えくり返るのは、初めてだった。


 今まで、こんな態度を取られたことはなかった。常に自分を立て、黙ってついてきた婚約者。

 多少ぞんざいに扱っても、最後には折れる女。


 それが、突然、手のひらを返したように距離を置き、まるで『最初から期待していなかった』と言わんばかりの目で見る。


(冗談じゃないぞ!)


 彼女は、俺のものだ。

 少なくとも、そうであるはずだった。

 俺は、無意識のうちに周囲を見回した。

 視線を感じる。直接向けられてはいない。

 だが、ひそひそと交わされる言葉、微妙に距離を取る立ち位置。

 今までとは空気が違う。


(まさか、奴がなにか仕掛けたのか?)


 思い浮かんだのは、ロイドの顔だった。

 穏やかな笑みの裏に、何を隠しているのかわからない男。


(あの男、今までは一切関わろうとしなかったのに、ここにきて何故?)


 いや、違う。

 何も言わなくても、あの態度だけで十分だ。

 今まではただ、我慢していただけだったのだ。


 妹を大切そうにエスコートし、余裕のある振る舞いで、こちらを見透かしている男。


 不快だった。


 そのとき、背後から声がかかる。


「ピエール様、先ほどはご挨拶もそこそこで失礼しました」


 振り返ると、数人の貴族たちが立っていた。

 どれも、資金繰りや領地経営で、一度はロイドの世話になっている連中ばかりだった。


「あ、ああ」


「婚約者の方と、少し揉めておられたように見えましたが」


 にこやかな口調。

 だが、その目は、探っていた。


「若い頃は、色々ありますからな」


 年配の貴族が言う。


「ええ、まあ」


 適当に相槌を打ちながら、俺は焦りを隠せなかった。


 まずい。


 ルシアンが冷静で、俺の方が焦っていたこと。

 それを公の場で示してしまったこと。


 これでは俺の立場が悪くなる。


(まだだ、まだ婚約は続いている)


 そう、自分に言い聞かせる。


 彼女がいくら冷たくなろうと、正式な破棄の話が出ていない以上、主導権はこちらにある。


 

 一方その頃。


 壁際の目立たない場所で、ルシアンとロイドは並んでいた。


「予想以上に、効いているな」


 飲み物を口にしながら、ロイドが小さく呟く。


「ええ。けれど、あの方は意地になりますわ」


「だろうな」


 ロイドは微笑んだ。


「だからこそ、焦らせる。こちらから何もしないことが、一番効く相手だ」


 その視線の先には、場に馴染めず、落ち着きを失っているピエールの姿があった。


「安心しろ、ルシアン」


 ロイドは、低く、しかし確かな声で言った。


「彼は、必ず自分から動く。そして、その一手が、決定打になる」


 ルシアンは、静かに息を吐いた。


 もう、怖くはなかった。


 迎え撃つ心の準備は出来ていた。

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