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暴言と浮気を繰り返す婚約者  作者: ヴァンドール


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22/22

22話

 王宮舞踏会当日。


 その中心にいるのは、今夜の主役であるランガーとルシアンだった。

 正式な婚約発表。それは社交界に少なからず、衝撃を与え、もっぱら噂の的となっていた。


 会場の隅からは、隠そうともしない冷ややかな囁きが聞こえてくる。


「伯爵家との婚約破棄の後は男爵ですか。ルシアン様のあの美貌なら、他にも縁談があったでしょうにね」


「信じられませんわ。ただの男爵家ではありませんか」


「美しいルシアン様には不釣り合いだわ。仕事上の付き合いを利用して、家に入り込んだのではないかしら?」


 心ない声がランガーの耳にも届く。それでも彼は表情を変えず、ただ隣に立つルシアンの手を優しく握っていた。


 しかし、その囁きを打ち消したのは、意外な人物たちだった。


「黙りなさい。彼をただの男爵だと思っているなら、貴女方の目は節穴だ」


 毅然とした声で割って入ったのは、領地経営で名高い伯爵だった。


「我が領地が飢饉で困っていた時、無担保で融資を買って出てくれ、立て直してくれたのはランガー殿だ。彼の頭脳と誠実さがなければ、今の私はない」


「仰る通りですぞ。彼の人柄を知らぬ者ほど、身分などという薄っぺらな尺度で人を測る」


「それに彼は財政難だった王家に多額の寄付をしてきた。まさかそんなことも知らないのか?」


 次々と彼に救われた貴族たちが集まり、ランガーを称賛し始めた。彼のその勤勉で公明正大な仕事ぶりに惚れ込んだ者たちだ。


 先程、ランガーを侮辱していた者たちは、その圧倒的な支持を前に、あっという間に去っていった。


「はて、困りましたね。私はただ、自分の職務を全うしただけなのですが」


 困惑したランガーに、ルシアンが誇らしげに微笑む。


「いいえ。皆、知っているのです。貴方がどれほど優しく、誠実かということを」


 そんな感動的な場面に、無遠慮な男が割って入って来た。


「おいおい、本日の主役がそんなに固くなってどうする。義弟殿」


 現れたのは、上機嫌でグラスを手にしたロイドだった。


「ロイド殿」


「これからは『義兄上あにうえ』と呼べと言っただろう」


 そう言って大きな声をあげて笑っている。


「お兄様、揶揄うのはやめて下さい」


 ルシアンが顔を赤くして抗議するが、ロイドは止まらない。


「義弟殿、君という男は、愛を囁く絶好のタイミングで、まさか『今後の収支計画』を語り出すとは。君らしいというか、全く色気のない男だ」


「そ、それは、ルシアン嬢に、将来の不安を与えないためです」


 必死に弁解するランガーを見て、ルシアンは兄に釣られ、声を立てて笑った。


 不器用で、真面目で、誰よりも自分を大切に想ってくれる婚約者。


「いいのです、お兄様。彼は不器用なだけで、誰よりも誠実で大人です。だからこそ、今の私がここにいるのです。そしてそれこそが、私の選んだランガー様なのですから」


 ルシアンは彼の腕にそっと寄り添った。


「ランガー様と居るだけで穏やかな気持ちになれるのです。そしてそんな穏やかな時間がこれ程心地よいものだとは知らなかった。彼は、気づけばいつも隣に寄り添ってくれてる。そんな今を私はとても幸せに感じるのです」


「ルシアン嬢……」


 ランガーは、隣で微笑む彼女の横顔をじっと見つめた。

 守るべきものは、今、この腕の中に存在している。今はただ彼女の未来が穏やかであること、それだけが、自分の願いであり、それこそが彼女の望んでいる幸せだと知っている。


 かつては、ただ実直に仕事をこなすだけの毎日だった。

 そんな自分が、これほど満たされた想いを知る日が来るとは、未だに信じられない。


 だがそれは、決して大げさではない。

 彼女は確かに、彼の人生に光を照らした存在だった。


 その彼女が、優しい声で囁く。


「幸せとは、誰かから受け取るものでも、差し出すものでもなく、自分自身が心で感じるものだと思うのです。そして私たちは今、それを一緒に感じているのです」


 ルシアンは思う。

 以前の私は、ずっと孤独だった。

 だからといって、自由だったわけではない。


 自由とは、孤独と引き換えに手に入れるものだと、ずっと思っていた。

 それなのに、私にはそのどちらもなかった。


 けれど今は、自由があり、孤独を感じることもなく、愛情までもが自分の中にある。

 それを教えてくれたのは、ランガー様だった。


 それは、私にとって奇跡のような感覚だった。

 そんなランガー様を私は生涯、愛し続けるという自信がある。

 きっと、その自信はやがて、二人の間の小さな命をも育んでいくのでしょう。



 新しい曲が流れ出した。


 不器用な男は、愛する女性の手を取り、堂々と会場の中央へと進み出た。


 迷いのないその足取りは、これから始まる二人の人生そのもののようだった。 


 遠回りをし、数々の誤解を乗り越えてきた二人だからこそ、言えることがある。


 酸いも甘いも噛み分けた、大人の愛がここにはあると。



                           完



           

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