18話
その日、エクセラル子爵家の応接室には、柔らかな午後の光が差し込んでいた。
その部屋は、いつもと変わらないはずなのに、ルシアンの心は落ち着きがなかった。
(いよいよだわ)
侯爵家嫡男との、正式なお見合いの日。
淡い色合いのドレスに身を包み、姿勢を正してソファに腰掛けた。
隣には、付き添いとして同席する兄、ロイドがいる。
暫くすると、扉が開いた。
「グラハム侯爵家嫡男、モントローズです」
一礼とともに現れた青年は、非の打ち所がなかった。
整った容姿。
無駄のない所作。
「本日は、お時間をいただき光栄です。ルシアン嬢」
彼は、完璧な微笑みを向けた。
「こちらこそ……わざわざお越し頂き、ありがとうございます」
ルシアンも微笑み返す。
しかし、その胸の奥に、微かな引っかかりが生まれていた。
(この方、全てが完璧すぎるわ)
会話は滞りなく進んだ。
彼の経歴、現在の領地経営について、好きな本、趣味の乗馬。
だけど何故か、笑顔の奥が、どうしても不自然に感じる。
まるで、仮面を一枚かぶっているような……
(考え過ぎかしら)
ロイドもまた、黙ってその様子を観察していた。
見合いが無事に終わり、侯爵家の嫡男が帰った後。
応接室には、静けさが戻った。
「どうだった?」
ロイドが、さりげなく尋ねる。
「とても、立派な方でした」
それは、嘘ではなかった。
ロイドは、妹の微妙な間に気づいたが、それ以上は何も言わなかった。
その日の夜。
ロイドは、ランガーを執務室に呼び出していた。
「急に呼び立ててすまない」
「いえ。何かありましたか」
向かい合って座ると、ロイドは腕を組み、話した。
「今日、ルシアンの見合いだった」
ランガーの指先が、わずかに動いた。
「そうですか」
「相手の侯爵家嫡男だが、完璧だ」
「完璧、ですか」
「ああ。非の打ち所がない。社交も知識も人柄も」
そこで、ロイドは眉をひそめた。
「だがな、言葉が軽い」
視線をランガーに向ける。
「どうしても、違和感がある」
「違和感ですか?」
「うまく言えんが、人間と話している気がしない」
そして溜息を吐く。
「君に言えた義理ではないがな。君も相当、感情を表に出さない男だから」
ランガーは、黙って聞いていた。
「だが、あれは……そうだな。まるで作りものの彫刻のようだった」
ロイドの言葉に、ランガーの胸がざわついた。
「それは、兄としての勘ですか?」
「当主、いや、今までの経験値のようなものだ」
ロイドは、はっきりと言った。
「だからと言って、何か確証があるわけではない。ただの感覚だ」
「……」
「だが、君にだけは伝えておこうと思った」
ランガーは、深く息を吸った。
「承知しました」
その声は、落ち着いていたが、内心は穏やかではなかった。
(違和感、か……)
数日後。
ランガーは、街外れの小さな事務所を訪れていた。
表向きは調査会社、実態は探偵事務所だった。
「久しぶりだな」
出迎えた男は、慣れた手つきで茶を入れる。
「例の件ですか?」
「いいや、今回は仕事ではない。個人的な依頼だ」
ランガーは、説明を始めた。
「モントローズ・グラハム。侯爵家嫡男だ。私生活を含め、極力目立たぬ形で調べてほしい」
「分かりました。いつまでに?」
「出来るだけ早い方がいい」
男は肩をすくめた。
「相変わらず人使いが荒いな」
それから、数週間後。
再びその事務所を訪れたランガーに、探偵は一枚の報告書を手渡した。
「面白いものが出てきた」
「何だ」
「侯爵家嫡男はな」
探偵は、淡々と続ける。
「定期的に、ある男爵家嫡男の屋敷を訪れている」
ランガーの目が、鋭くなる。
「訪問だけではない。泊まっている。しかも、かなりの頻度だ」
「その男爵家とは?」
「ノーフォーク・エゼキュエル男爵家嫡男。
社交界ではほとんど目立たない存在だ」
ランガーは、報告書に目を落としたまま、しばらく動かなかった。
(これは……そういうことなのか? しかし証拠はない。間違いで彼女を傷つけるわけにはいかない)
しかし、違和感は、確信へと変わりつつあった。
彼は、報告書を握りしめた。
(ルシアン……)
事実を確かめなければ。
それが、彼女の未来を左右するものであるなら、なおさら。




