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暴言と浮気を繰り返す婚約者  作者: ヴァンドール


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13/22

13話

 午後の陽射しが、応接室の窓から差し込んでいた。


 あの日から、随分と日が過ぎた。

 ピエール様が屋敷を去ってから、私は意識的に平静を装って過ごしていた。


 庭を歩き、本を読み、いつも通りに振る舞う。

 それでも不安は付き纏う。 

 本を読んでいても全く頭に入ってこない。


(あーこれではまた、前の私に逆戻りだわ)


「ルシアン」


 驚いて、顔を上げた。


 お兄様が、珍しく執務室ではなく応接室にいた。

 その隣には、ランガー様の姿もある。


 二人並んでいるのを見るのは、いつもと同じなのに、どこか違う空気を纏っていた。


「少し、話がある」


 お兄様の声は、落ち着いている。

 だけど少しいつもと様子が違う。


 私は、椅子に腰を下ろした。


「ピエール・スタンリーの件だ」


 その名前を聞いた瞬間、胸がどきりと波打つ。

 だけど、平静を装った。


「はい」


 お兄様は、真剣な眼差しを向け、それから続けた。


「実は今回の件について、私とランガー殿は、すでに動いていた」


 言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。


「動いていた?」


「お前から相談を受けた時点でな」


 兄は、淡々と語る。


「噂の出所、融資先への妨害、婚約者としての圧力。すべて、事実確認をしていた」


 心臓が、強く打った。


「こんなに早く、私のために……」


「心配いりません」


 ランガー様が、静かに言った。


「貴女は立派に一人で立てた」


 知らなかった。

 自分のことで精一杯だった。


「ロイド殿は、貴女から彼が屋敷に突然訪ねて来たことを聞き、すぐに領地にいる父君へ報告したんだ」


 ランガー様の言葉に、はっとする。


「正式な抗議をするために」


 私の胸の奥が、じん、と熱くなった。


「それで、伯爵様が、王都に来て、ピエールに釘を刺したそうだ」


「伯爵様がわざわざ?」


 兄は頷いた。


「スタンリー伯爵が動いたのは、こちらからの抗議が届いたからだ」


 応接室が、静まりかえる。

 私は、膝の上で指を握りしめた。

 自分の知らないところで、事態は進んでいた。

 それも、私を守るために。


「お兄様……」


 涙が溢れそうになる。


「婚約は破棄の方向で進める。これでお前は晴れて自由だ」


 お兄様は少し考えてから、優しく口を開いた。


「お前が、自分の足で立った結果だ。よく頑張ったな」


 その言葉が、胸を打った。


「だが、もっと早く気づくべきだった。ごめんな」


 兄の視線は、真っ直ぐだった。


「いいえ、お兄様。それは違います。長い間、ずっと気づかれないよう、隠していたのですから」


 私の言葉に、お兄様は一瞬だけ目を伏せた。


 そして、小さく息を吐く。


「それでもだ」


 とても悲しそうな声だった。


「お前が平然としていたからいつものことかと見過ごしてしまった。本当は傷つき、怯えていたことも知らずに」


 その言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。


「お兄様は、何も悪くありません」


 私は、首を横に振った。


「私が、怖くて言えなかっただけです。ずっと、波風を立てないことが正しいと思っていました」


 ランガー様が、静かに口を開いた。


「それでも、貴女は立派に立った」


 その声は、とても穏やかだった。


「恐怖を抱えたまま、貴女は立ち向かった。それは誰にでも出来ることではありません」


「はい」


 小さな声だったけれど確かな返事をした。


 お兄様は、ほんの僅か、表情を和らげた。


「婚約が正式に破棄されるまでは、多少の動きはあるだろう。だが、もう一人で抱え込む必要はない。何かあれば、すぐに言え」


「はい」


「もう怖い思いを感じないでください。彼なんて、全く怖くはありません。本当に怖いのは失うものがない人間です。彼にはまだ失うものがある。だから大丈夫ですよ」


 ランガー様は、安心させようとして、優しく言ってくれた。


 これまで感じていた恐怖は、完全に消えたわけではない。

 けれど、確かに前とは違う。


(私は、一人で立った)


 そして同時に。


(独りでは、なかった)


 今ならそれが、はっきりと分かる。


 お兄様は立ち上がり、私の頭に、そっと手を置いた。


 子供の頃と同じ、変わらない仕草だった。


「大丈夫だ、ルシアン」


 その一言が、胸に深く染み渡る。


 私は、涙を溜めた瞳で思わず微笑んだ。


「はい」


 発した声は小さかったが、それは、今までで一番強い返事だった。


 いつからだろう、大きな音にびくつくようになったのは。

 いつからだろう、顔色ばかり窺うようになっていたのは。  

 だけどもう、それらは全て過去となる。


 


 


 


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